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東京をきく──モノ・コト、そしてオトの再発見

おしゃれブラザーズ・吉永ジェンダーが主に運営するレコード空間。場所は上野の飲食店が軒を連ねる雑居ビルの一室で、すぐ側には不忍の池がある。店主の衣装はラフな普段着で肩肘張った雰囲気はない。話口調も穏やかで話していて心地がよい。アートが好きな人たちが集まりやすい場所ではあるが、決して美術談義をするわけではない。同じ空間に集まった人たちが自然と語り合ってしまう。レコードを通した過去や記憶の物語。

今回私は、東京ビエンナーレを文字として記録するプロジェクトである、アートライティングスクールの一環で、美術評論家・福住廉と何人かの受講生とともに会場へ向かった。

正直、怖かった。私は雑談が苦手である。それも初対面の人ならなおさらつらい。普段、一人では決して入らないような怪しげな雑居ビルの中だからだ。街の路上には風俗店のキャッチも多い。路地を覗くとビルとビルの合間をネズミが走る。ホースで路面に水をかけ、何かを清掃している人。路上に立つガールズバーの女性からは気だるさを感じる。それを突破した先に会場である、「第五藤井ビル」(台東区上野2-10-8)がある。

3階の扉を開けてしまえば、もはや臆することはない。吉永ジェンダーがいる。レコードを持っていったら、彼にクリーニングをしてもらえる。それを聴きながら、思い出を語る。レコードを持っていかなくても、店内にある良質なレコードを選んで聴くこともできる。自分で選べなかったとしても、おすすめを聴かせてくれる。

当日は、「およげ!たいやきくん」や「パーマン」「与作」「め組のひと」などの曲を聴いた。音に耳を澄ませつつも、店主によるレコードの音の良さを話してもらえた。音の味わい、曲を通した交流。そのとき、隣には1人のペインターがいた。彼の名は、陽草杜斗(ひなくさもりと)。ライブペイントをするアーティストである。彼はその次の週に、「東京をきく」のイベントとして、この会場でライブをやるらしい。名刺をもらったので、連絡することにした。

1週間後、また彼に会いに行った。自作である20分間の曲とともに、自画像を描いていく。リズムによる揺れと一発勝負。木炭と固形ペンキで描く。自作だという画材ポーチ。腰から取り出す仕草も表現の一部に感じられた。描く行為が彼のパフォーマンスであり、完成形よりも過程の面白さ。若手のアーティストたちが集まっている空間で刺激的だった。

そして、おしゃれブラザーズのもう一人、海野貴彦。彼は若手作家たちを引き連れてやってきた。画家で映像作家・大漁舟隆之は、「東京大屋台」(三軒長屋「旧邸」中庭)の話を聞かせてくれた。制作中の苦労、進行具合が思うようにいかないこと、熱中症で制作がストップしてしまった日々のこと。吉永ジェンダーも自作のカレーを振る舞いながら、選曲やプロジェクトに参加する経緯を話してくれた。

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集まった人による即興の弾き語りも始まる。さまざまなバックグラウンドを持った人たちが同じ場所で交差する。東京ビエンナーレとは、進行形の芸術祭である。閉幕までの間、制作者や地域住民、そして土地の管理者が共同で作っていく。鑑賞者という言葉はあまり相応しくない。私たち自身も、進行の渦に入り込んで一緒になって制作してこそ、東京ビエンナーレなのだ。

福田幸二


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