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王子の中庭 1

しんと静まり返った夜のゲントの街。
画面はその夜景からプリンゼンホフ宮殿の内部へと切り替わる。
宮殿の控えの間では、マリアとマックスが踊っている。
(BGM:”Magical Lovers N°1”)
見事なステップだ。二人とも抜群の運動神経とセンスをもっているのがよくわかる。もしも見物人がいたとしたら、ただ息をのんで見つめるほかないだろう。だが、その広々とした一室には二人のほかは誰もいない。二人もたとえ誰かに見られていても気が付きもしなかっただろう。それほど彼らは二人だけの踊りの世界に没入していた。

ところが、そこへいきなり幼い子供たち二人が駆け込んでくる。マリアとマックスは同時に動きを止め、子供たちの方を見遣る。

「ああ、王子様、お姫様!」乳母が慌てふためいて追ってくる。「お戻りください。こちらへ!」
王子様と呼ばれたのは四歳になるフェリペ、お姫様とは三歳のマルガレーテだ。どちらも息をのむほど愛くるしく美しい子供である。まさに絶世の美女とうたわれた母親マリアの美貌を絶妙に引き継いでいる。
ただ、どこか悪戯っぽく蓮っ葉な感じをもつ兄のフェリペとは対照的に、妹のマルガレーテはとても三歳児とは思えないほどの落ち着きと思慮深さを感じさせる面持ちだ。

その二人と乳母とが、追いかけっこでもしているかのように走り回る。
「ガオ~ッ!」とライオンの真似をして妹にとびかかるそぶりをして見せるフェリペ。
一方、マルガレーテは、それを怖がるふりをしつつ、ちょっと当惑気に苦笑している。
乳母はといえば、途中で二人を追いかけるのを諦め、マリアとマックスに向かって申し訳なさそうに頭をさげるばかりだ。

「いえ、気にしなくてよろしい」マリアは微笑みながら乳母にうなずいてみせる。「後ほど私たちがこの子たちを寝室に連れて行って寝かしつけるゆえ、そなたはもう下がってお休みなさい。ご苦労でしたね」
乳母は長い溜息をつきつつお辞儀をし、いまいちどチラッと子供たちの方に視線をやってから、かしこまって退出する。

「これ、フェリペ」マリアは息子を優しく叱る。「やめなさい。なにをしてるの?」
「ライオンだぞぉ」フェリペは母親に向かってもふざけてみせる。「ガオ~ッ!」
「ライオンなら、あちらの庭に本物がいるじゃないか」マックスがしゃがみこみ、助けを求めるようにすがりついてくるマルガレーテを抱き寄せながら息子を諭す。「何をいまさら?」

「だって、三頭のライオンが逃げ出したんだよ」と、フェリペ。
「そうなのか?」マックスは怪訝そうにマリアを振り返る。
「ああ、昔の話ね。もう二百年以上も前の話だわ」と、マリアはうなずく。「誰に聞いたの?」
「知らない。昼間、庭にいた大人たちがそう話してた。ベッドに入った時、そのことを思い出して眠れなくなっちゃったんだ」フェリペも悪ふざけをやめて答える。「それで、三人のひとが噛み殺されたんだって。ほんとなの?」
「ええ、ほんとよ。でも、今は大丈夫。ちゃんと定期的に檻の点検もしてるし、ライオンを飢えさせたりしないよう気を付けているから」
「そうだよ、フェリペ」マックスも息子をなだめる。「だから、安心してお休み」
「やだ!」フェリペは突如として泣きそうな表情を浮かべて駄々をこねる。
「お父様、しばらくでもいいから、お兄様と一緒にいてあげて」マルガレーテはマックスにささやきかけるように言う。「ほんとに怖いみたいなの」
「よし、わかった、わかったよ」マックスは娘にウィンクしてみせ、それから彼女を抱いたまま立ち上がる。「じっとしてると、ここはちょっと寒いね。居間の方へ行こう」

映像プロモーションの原作として連載中。映画・アニメの他、漫画化ご希望の方はご連絡ください。参考画像ファイル集あり。なお、本小説は、大航海時代の歴史資料(日・英・西・伊・蘭・葡・仏など各国語)に基づきつつ、独自の資料解釈や新仮説も採用しています。