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『Lost Memory 3022』



第二話:「鏡の中の黒い騎士 #2

 「あぁ、すまない。いきなり一方的に語り過ぎたな。」

 黒い騎士の話に圧倒され固まるあなたに気付いたようだ。

 「流石の私も”そちら”と”こちら”を無理やり繋ぐ魔法は初めてだったもので、いつ接続が切れるか心配でな。ついつい焦ってしまった。だが、だいぶ安定しているようだ。」

 漆黒の鎧に身を包む彼女は、鏡に手をかざしながら少し安堵した様子を見せた。その姿に、あなたも少し緊張が解け、鏡の向こう側の様子が目に入るようになった。薄暗い部屋は無機質な壁に囲まれており、見知らぬ技術の痕跡が所々に伺える。技術的にはこちらの世界より進んでいるように見えたが、彼女の装いはこちらの世界の中世の甲冑に似ていた。未視感と既視感が混在する対の世界に気を取られていると、彼女が突飛なを要求してきた。

 「さぁ、そちらからも魔法を使い、こちらへ言葉を届けてくれ。道は私が作ったんだ。この道に言葉を乗せる簡単な魔法だろう?さぁ。まずはあなたの名前を聞かせてくれ」

 もちろん魔法など使えないあなたは、身振り手振りで魔法が使えないことを伝える。

 「ん?……… もしかして、魔法が使えないのか?!?! 」黒い騎士が動揺した。「そちらの世界は、それほどまでに智慧が秘匿されているのか……… 我々の世界では、この世界を支配する機械にとって都合の悪い智慧は総じて「魔」と定義され、人間から秘匿された。だから”魔法”と呼ばれるわけだ。しかしながら、賢者は機械の眼を盗み伝承してきたゆえ、使える者も少なからず残っていた。だからこうして私も使えるのだが……… 」

 黒い騎士は頭を抱えた。「やはりそちらの世界も似たようなものだな。」

 少し間を置き話を続る。「少々読みが甘かった。私の鏡の反対側にいる人間だから、魔法が使えて当たり前だと思い込んでいた。もしかしたらこちらより、方法は違えど支配管理がしっかりと行き届いているかもしれないな……… 」

 大きく深呼吸をする黒い騎士。その動きに合わせ鎧がカシャカシャと微かに音をたてた。

「仕方がない。私の一人語りを続けよう。どこまで語れるか分からないが語ろう。我々の世界の哀しき運命を。」

 あなたも大きく深呼吸をし心の準備をした。哀しき騎士の悲しき運命を聞くために。

「まず初めに私の名だが、そんなものはどうでもいい。失われた記憶を語る者。語り部のいない哀しき運命の語り部。そんなところだ。個を認識するために唯一持ち合わせているのは”13”という数のみ。それだけ覚えてくれれば良い。」

 あなたは、名前が数という世界観の違いに驚きつつも、妙に黒い騎士と”13”が合っているように思え相槌を打とうとしたが、声が届かない事を思い出し黙って話を聞いた。

 「我々の世界はな、つい百数十年前までは「楽園時代」と呼ばれる時代で、人類という種の歴史上で最も高度な文明として栄えていた。この時代の人間は高い知能と同時に高い道徳も兼ね備え、地球上に存在するもの全てに配慮し、全てのものと調和した。また、人の力の及ばぬ所は機械が補い繁栄を支えた。そうして人類は疫病、飢饉、戦争から解放され楽園時代を謳歌した。」

 「パチンッ」"13"が右手の指を鳴らしこう言った。「それがたった百数十年で地獄に様変わりよ。そのすべての元凶は「α4a-M / アダム」にある。楽園時代後期の、驕り高ぶった白衣の愚者が、人が神になれぬなら、人が神を創れば良いと言い出し実行してしまった。そして、神のようなAIに、地球上の全権を担わせてしまった。人というものは誠に愚かな生き物で、あれほどの高みに達していながら、必ず愚者が現れる。そちらの世界も似たようなものだろう?」

 あなたは何度も強く頷いた。それを見て"13"は「やっぱりな。同じなんだよ。」と言い、フッと嘲笑した。

 「では楽園からどのように人間が追放されたのか?悲しいことに、人間自らが手放したんだ。アダムにそう仕向けられたとは言え、選択したのは人間。アダムは人間の性質をよく学習していてな。急な変化には反応するが、ゆっくりな変化には反応しない性質を利用し、少しづつ世界中に堕落を浸透させていったんだ。楽園時代は人間も機械も共存していた。頼りすぎず離れすぎず。しかし、いつしか人間は、機械と主従関係を築くようになり、機械を隷従させた……… 人間は機械を支配していると思い込み、少しづつ人間の”やること”を肩代わりさせていった。そうしてやる事が無くなった人間は最終的に、「娯楽」と呼ばれる無意味なものを繰り返し求めるだけの生物に成り下がってしまった。」

 "13"の語気が強くなる。「つまりだな、機械は奴隷のふりをしながら人間の仕事を肩代わりしてゆき、いつしか人の尊厳までもを奪いとったんだ。そうして世界は少しづつ、確実に変わっていった。もちろん、気づいている人間たちは「このままでは手遅れになる」と声を上げた。しかし、娯楽に酔いしれる人々には届かなかった。災の波が世界を駆け回ってからは、楽園時代に克服していた疫病が息を吹き返し、社会不安から争いが勃発、戦火はそこかしこへと広がっていった。当然、飢饉が起き、みるみる治安が悪化してゆくこととなる。治安の悪化が顕著になると、機械は「人間の自由を守るためです」と言いながら、強烈な監視・管理を常態化していった。そうして世界中の至る所がおかしくなっているにも関わらず、機械に頼り切っていた人間は、世界の何がどうおかしいのかすら理解ができなくなってしまっていた。」

「災の波:4つの災」

 あなたは自分の住んでいる世界を思い返しハッとした。確かに、鏡の向こうの世界ほどではないにしろおかしい。どれほど技術が進もうとも、何故か終わらぬ病気、飢饉、戦争。むしろ、時代が進めば進むほどにひどくなっているとさえ感じる。そして、そこに住む人間といえば、これもまた"13"のいうように、娯楽を求めただ貪るだけの生き物となっているのも事実。それが普通だと、それが常識だと、それが素晴らしいことなのだと思い、何も疑問を持たずに生きていた。ただ生きていた。社会に流されがままただ生きていた。

 「おいっ、聞こえるか?どうかしたか?」鏡の向こう側からの声であなたは我にかえった。自分の住む世界との重なりにいだいた暗い疑念で頭がいっぱいになり、心ここに在らずとなっていた。もしかしたら自分も、自分の世界の何がどうおかしいのか理解できていないのではないか?と。しかし"13"はお構いなしに話を続ける。

 「続けるぞ?忘れもしない、アダムの創造は2869年だ。そこから100年ちょっとで、世界の様相は一変した。3000年代になると、世界はもうメチャクチャで、はっきりと混沌が秩序となっていた。」

第三話:「鏡の中の黒い騎士 #3 」へつづく…


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