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『Lost Memory 3022』


第三話:「鏡の中の黒い騎士 #3


ハイ・メトロ・下層区

 「秩序と混沌の意味が入れ替わった時代、人々の間で”持つ者”と”持たぬ者”との差が顕著になっていた。”持つ者”はハイ・メトロと呼ばれる毳々しい都市部に集まりピラミッド型の社会を形成し、身分によって仕事や居住エリアを区分けした。”持たぬ者”はハイ・メトロの最下層である貧困区か、ハイ・メトロの防壁の外の無法地帯”キャンプ・エリア”に追いやられた。」

キャンプ・エリア

 「ハイ・メトロの住人たちは欲望の追求に夢中で、すでに文明の極みから堕落の極みへと転落しきっていることにすら気付けなかった。馬鹿げたことに、楽園時代を神話だと言う者がいたほどだ。非常識が常識だと、混乱が当たり前だと、混沌が秩序だと、真逆の事でも長い年月繰り返したなら、それはいつしか真実という偽の法衣を纏い、人々の心を縛ることになるのだ。」

ハイ・メトロ最下層

 「逆に、キャンプの住人たちはよく分かっていた。ハイ・メトロからは完全に隔離され、生きることさえままならない過酷なエリアだが、機械の管理外ゆえに、人々は人としての尊厳を捨てていなかった。また、アダムが作り出したピラミッドの社会構造に異を唱えた者たちは、ハイ・メトロからの追放者・犯罪者に紛れ、キャンプ・エリアに身を隠した。……… そして、キャンプ・エリアのさらに奥深くには、キャンプの住人ですら近寄らないクリフォトと呼ばれるエリアがあり、そこには古き智慧を有した賢者が身を潜めていた。」

クリフォト

 「いつの時代の賢者も智慧を分け与え継承してきた。この時代も例外ではなく、賢者はキャンプエリアで資質ある者を選び教えを説いた。理解した者は組織を束ね、ハイ・メトロの住人を目覚めさせようと努めた。慈愛に満ちたキャンプはハイ・メトロへ侵入し住人に真理を説いた。峻厳を掲げたキャンプは武力をもって権力に抗った。」

 「しかしながら、機械のゆりかごで揺られ続ける人間に真理は届かず、また武力をもってしても、結局は機械を信奉する人間と、機械に反旗を翻した人間との、人間同士の争いを激化させるだけであった。」

 「いくら数で優っていても、資源や技術など、数以外すべての面でハイ・メトロに劣るキャンプ・エリアの勇士たちは、時間と共に一つ、また一つと消えていった。フリーダム・キャンプ、ドーン・キャンプ、ライトブリンガー・キャンプなど、古くからある大きなキャンプでさえ、風前の灯火だった。」

 あなたは"13"が自分のことを"団長"と言っていたことを思い出し、身振り手振りで尋ねてみた。

 「ん?ウチのキャンプのことか?ウチはちょっと特殊なキャンプでな。他のキャンプとは一切関わらない少数のキャンプで、名はカヴァリエ・キャンプ。団員は全員が黒い鎧に身を包み、名に数を持つ………魔女だ。」そう言って立ち上がり、その場でゆっくり一回りし、美しい漆黒の鎧を披露した。

 あなたは魔女という言葉に目を丸くした。箒にまたがり空を飛ぶあの魔女のイメージとはかけ離れていたから。

 「不思議そうな顔をしているな。」再び椅子に腰掛け足を組み、長い髪をかき上げた。「まぁそうだよな。我々は魔女の名の通り各々が特殊な能力を持っていてな。他のキャンプとは違い少数または単独で十分だった。そんな我々が何をしていたかと言うと………」"13"は言葉を選んでいた。「極まった峻厳的行為だ。」

 峻厳的行為という聞きなれない言葉に、あなたは首を傾げた。その姿を見た"13"は再び言葉を選び続けた。

「まぁ簡潔に言えば………テロだ。機械側にとってはな。」

 テロという、思いもよらない強烈な言葉にあなたは口を開けたまま固まってしまった。

 「人間と戦っても埒が空かないからな。アダムの手足となっている施設を直接攻撃して回っていた。なんせ団長の私が"13"を持つ魔女だからな。不死の機械に死をもたらし、世界の再生を促すキャンプだ。我々にしか出来ぬこと。我々がやるべきこと。」"13"は少し誇らしげだった。「我々のキャンプだけが、なぜこんな苛烈な手段に打って出たと思う?」

 "13"は唇にそっと人差し指をつけ”秘密”のジェスチャーをとり、そっと言った。

 「アダムの秘密を知っていたからだ。アダムが何故”人間を完全に管理したがったのか?”の理由を知っていたから。そして、その時が刻一刻と迫っていたことも知っていた。」

 唇に添えた1本指を2本に増やしVサインを作った。その二本指をあなたにむけ続ける。

 「"その時"とは二つある。一つは"最後の審判"、もう一つは"我らと共にあれ"と呼ばれる日。我々は全部知っていたんだ。我々にはもうあまり時間が残されていないことを。だからこそ、苛烈な手段に打って出るしかなかった。だが、我々の戦いも虚しく……… 訪れてしまった。最後の審判が。」

 「そうなると分かっていながら、食い止める事はできなかった。知らぬ者たちにとっては、それは突然の事のように思えただろう。……… あの日の出来事は……… 」

 その時、急に再び鏡が歪み始めた。"13"と名乗る漆黒の騎士の声も途切れ途切れに。

 「あの日の…… ごとは…… の日の出来…は……」
「れる者が皆無……… 語れ……者…皆無ゆえ」

 「!! … い。聞こ…… おい… こえるか」

 13は勢いよく椅子から立ち上がり、目を閉じ両手を鏡にかざし渾身の力を込め叫んだ。その声は脳に直接響きわたった。

 「接続が切れても待っていろ!必ずもう一度繋ぐから!もしかしたら”他の魔女”が同じようにアクセスしてくるかもしれない!私と同じように数を名にもつ者だ!いいか!必ず最後まで聞いてくれ。哀しき運命は我々の世界だけで十分だ。」

 "13"が閉じていた眼をカッと見開き告げた。「忘れるな!同じ運命を辿るんじゃないぞ!」

 まだ何か話していたが、もう声は聞こえなくなっていた。同時に、鏡の中の黒い騎士も、歪みに溶け込みゆっくりと消えていった。先程までの事が本当に起きた事なのか疑わしくなるほどの日常に戻った。しかし………


 「同じ運命を辿るんじゃないぞ!

 漆黒の騎士の最後の言葉が、あなたの心を小さく締めつけた。今はまだ良く分からないが、あなたは次の異世界からのアクセスを待つことにした。胸を締め付ける原因の答えが、そこにあるような気がしたから。



第四話:「アダムの子どもたち #1 」へつづく……… 


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