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何が幸せなのかは自分で決めようと思った話

唐突ですが、私の実家には雛壇がなく
そのことで悲しい思いも惨めな思いもすることはなく育ったのですが
社会人になり、
実家に雛壇がないことや
ひな祭り時期に自分で折り紙でお雛様を作っていた
という話を周囲にすると
「かわいそうに!」と言われることが多くて
「私ってかわいそうなのか?」とびっくりしたことがあります。

で、母になった今も我が家には
雛壇や兜なるものがないんだけど。

それは、雛壇がないからといって
父や母を恨むこともないし(むしろ感謝しかなくて)
ちゃぶ台を囲んで
おじいちゃん・おばあちゃん・お父さん・お母さん・お兄ちゃん・お姉ちゃん
みんなでご飯を食べて談笑して
土曜の昼はインスタントラーメンを食べる・・・
そんななんの変哲もない日々が幸せだったと感じるから
そのことに尽きます。

子育てをしているといろんな人生の先輩から声をかけられます。

「靴下履いていないの、寒そう・・・かわいそうに」
「ママに付き合わされて連れ出されて・・・かわいそうに」

新米ママのうちはその一言一言に傷ついて、
私ってだめな親なのかもと思ってたこともあったけど
ママ歴が4年にもなると図太くなってくるもので
はいはい〜と他人の話を受け流せるようになってきました。笑
※もちろんありがたいアドバイスや、声がけをいただくこともあり励みになることも多々あります!

かわいそうかどうか、
それが子(や親)にとって幸せか不幸かは
他人が決めることじゃない。自分で決めるものなんだ。
という思考になった時に私は楽になりました。

もし、同じように
他の方の声にモヤモヤを抱いている方がいたとしたら
あなたの幸せはあなたが決めていいし
ママが笑ってくれること(幸せなこと)が子の幸せだと思う

と伝えたいです。

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