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あなたが失踪する前に


春が近づき、鼻も目もあたまもモヤモヤすると思います。

妙にこころに残っている記事がございますほろほろ。


1.失踪したっ


数年前の10月のある日のこと。ごく短いニュースが配信された。

兵庫県福崎町で行方不明者の捜索にあたっていた警察犬がとつぜん逃げたという。

翌26日も警察は37人態勢で捜索を続けた。


25日の午後1時半ごろだった。

福崎町田口の七種山で、42歳の男性警察官と行方不明の女性の捜索にあたっていた。

と、突然リードを振り払ってそのまま走り去った。

警察は情報提供を呼びかけた。「見つけたら近づかずに110番通報してほしい!」。

逃げた警察犬は「クレバ号」という2歳のオスのシェパードだった。

体長は約120センチ、体重は30キロほど。

黒色に茶色が交ざった体毛が特徴だという。

クレバ号は1月にデビューしたばかりで、おとなしく、よく言うことを聞く性格だったという。


行方不明の女性の捜索を中断し、警察は彼の捜索に切り替えた。

37人が山中、おーい、おーい、クレバ、クレバーと呼び続けた。

なぜ1頭がいなくなったぐらいで警察は大騒ぎしたのか? 

彼を襲った突然の失踪の動機は何だったのか?

いや、女性の捜索は後でいいんかい??

こんなんで、「ごく短いニュース」が配信されるん?

いくつもの謎が謎を呼ぶ!

いや、そんなたいした話では無いんです。



2.意外に見つかった


けっきょく、クレバ号は27日午前に見つかった。

警察はヘリや警察犬を投入し、彼を捜し続けた。

27日午前9時40分ごろ、逃げ出した場所から約100メートル離れた山頂付近で見つけた。

木にリードが絡まった状態でいるのを鑑識課員が見つけた。

な~んだ・・・キミ、すぐそばに居たんじゃん、クレバくん!


確保された際、クレバ号はうなり声をあげ警戒した。

けど、鑑識課員が自分で食べるために持っていたツナパンと魚肉ソーセージをあげると、落ち着きを取り戻した。

ニュースは「落ち着きを取り戻した」と書いたけど、はっきり言うとぱくぱく食べちゃったとさ。

その後、課員らに連れられて下山し、神戸市内にある訓練所へと戻った。

警察は、「見つかって良かった。今後については検討していきたい」と述べた。

あの~、女性の捜索はどうなったん?

このどうでもいいような「ごく短いニュース」が、わたしには可笑しくてならなかった。

ささやかな犬の抵抗が、世の慌ただしさの隙間をこじ開けるみたいな。


彼は職務放棄した。とんずらこいたのだ。

彼は、世界にオレは嫌なんだー!と表明した。

発見時、ううーっと警戒した様子を見せたのだとすれば、彼は確信犯だったと思われる。

前々から逃げるタイミングを計っていたのだ。知能犯だなっ。と思われる。


兵庫県警鑑識課に所属するこの2歳の雄シェパード。

彼は、晩秋の時、ふいにサラリーマン生活に嫌気がさしたのだった。

どうにも生きることの苦しさがつのったんだろう。

何に悩んでいたんだろうか?こんな生活続けていいんだろうか?

僕には、もっと合ったやりがいのある仕事があるはずだみたいなことか。

うーん、、気持ちはよく分かるぞ、クレバ!


「今後については検討していきたい」といった警察は、いったい何をどうするというんだ?

県警が直接育てている「直轄警察犬」11頭のうち、最も若手だった。

1月から容疑者の追跡や行方不明者の捜索にあたり、すでに行方不明者4人の発見に尽力してきた。

鑑識課は今後の処遇について、「優秀な犬ですが、今はまだ決まっていません」といった。

「優秀な犬ですが」。。。

彼の行く末が、とても心配だ。

まだ、彼に妻や子はいないと推察されるが、職を失えば路頭に迷うだろう。

まだ、若い身だ。どこだって雇ってくれるかもしれない。

まさか、保健所送りだなんて、そんなことあるん??



3.大騒ぎしたワケ


わたしの叔母が結婚した相手は警察官だった。

叔父は家に檻を用意し、預かった警察犬の面倒を見ていた。

叔父も警察犬をたいせつに扱っていた。名前は聞き忘れた。

叔父の家に泊まりに行くと、朝夕、海岸沿いの散歩に付き合わされた。

ワンと吠えるでもなく、非常に頭の良いことが分かった。

家に近づくと、シェパードは自分からそそくさと檻目指して行き、入った。

おお・・・自分で入るのかと子どものわたしは驚いた。


先のクレバ号の名はちゃんと申し上げると、「クレバ・フォム・フンデ・シューレ」。

フォンなんて付いてるから貴族の出だったのかもしれない。

ドイツ語かオランダ語あたりの出か。意味は分からないが、ただの「ポチ」じゃあないことだけは分かる。


警察犬って、ただの犬ではないんですね。愛玩動物じゃない。

盲導犬と同じようにひとりの人格として人間は接する。

生まれるとすぐに親から離され訓練士の元で鍛えられる。

警察官はそんなかれらを仲間というようなかけがえのない対象とみる。

だから、37人も投入し、ヘリを飛ばし、全力で行方を捜した。

行方不明の女性の捜索を軽んじたわけではないのでしょうが、

その女性は見知らぬ人間でクレバ号はリアルな身内なのです。

自分の妻や子が失踪したら血眼になって探すというような状況かと思います。

そう。完全な、身内だった。


殺人はご法度というけれど、殺人の中でももっともしてはならないことってあって、警察官を殺して逃げることだそうです。

たんなる殺人ではなくなる。

警察は総力を挙げて探し出そうとする。

もし安易に見逃し許してしまえば、次にまた身内がやられる。

そうなると、警察という権力基盤がもう崩れてしまう。

だから、彼らは血眼になって仲間を殺したやつを探し出す。

絶対にあってはならない事件となってしまい、検挙率がかくだんにあがってしまう。

だから、犯罪業界?では、サツには絶対手を出すなという掟があるんだそうな。


仲間が失踪したのだ。血眼になる。が、今回はその身内に裏切られての捜索だった。

手塩にかけ可愛がり、期待した彼が失踪したのだ。

オレはもうここは嫌なんだーっと職務放棄し、大人しいはずだったクレバが吠えた。

身内の裏切りに担当していた鑑識課の警察官は怒ったでしょう。

ひどくがっかりもした。

そんな不適格者を出してしまったおのれの教育が、、ああ・・・と。


盲導犬も吠えることが許されません。

ひとえに人間に尽くすことを仕込まれる。

飼い主はまた、それを知っていてその切ない定めが報われるようにと可愛がる。

ただの可愛がりではないのです。

切なさがかれらを繋ぐ。それが、仲間というものです。

あなた素敵だわぁ、、はい僕イケメン、、なんていう関係は、夫婦にはなれるが仲間にはなれない。(ネタが古いけど)


いや、これは雇用者側の発想だ。

犬を従うべき者として見ている。

クレバは、好きで従業員になったのではない。

仲間なんていう文字で誤魔化してはならない。

犬にも当然個性はあって、尽くしてあげたいけどやっぱり束縛されたくないという者もいるだろう。

どんな状況下に置かれても主人に尽くすというような個性は、実は稀なことだろう。

人間社会でそんな人、わたし、まだ見たことも無いし。


過去にも不適格にも関わらず登用されてしまったシェパードはいっぱいいたでしょう。

だから、クレバ号のように途中で脱落していった者も多かったはず。

その後日談が知れて来ないということは、どういう扱いがされているのかと不安に成る。

クレバ、大丈夫かっ。



4.失踪の根っこ


何をグダグダと書いているのかというと、クレバはわたしたちであると言いたかった。

今は自分がどの職につくかという選択の自由がある。

クレバ号のような悲しい定めは少ない。

でも、わたしたちの選択の自由が広がって、じゃあ、みんなハッピーかと言えば、そうじゃなかった。

もっと過酷な環境で暮らしている国のひとたちの方がしあわせ感が高いのです。

貧しい地域ではみんな助け合うしか生き残れない。

だから、食べ物を分け合う。目が他者に開かれている。


わたしたちの国では、なんでも選択できるということで、すべて自己責任となった。

個々が分断され、分離感に苦しむことになる。

部下、同僚が突然辞めたという経験のある人も多いとおもう。

あるいは、もう会社に来なくなる。

いろんな要因が重なる。

孤立という分離の苦しみもあったのだと思う。

待遇ややりがいや給与の低さは、表の理由でしかない。

マザーテレサが言ったように、「心の飢え」は豊かさのなかの貧困、なのです。

誰にも関心を向けてもらえないということも起こっている。


あなただって、ふと職務放棄をしたくなったことが何度もあるでしょう。

でも、クレバ号や盲導犬の定めに対する悲しみは、それをおそらく上回るのです。

さらにクレバ号は、内心を相手に言う力がはく奪されている。

もちろん、わたしたちも相手に自分のこころを伝えること自体が難しい。

こちらの表現の仕方と、受け取り側の受容する力との両方が必要です。

でも、わたしたちにはおのれを表現するという力を授かっている。

ダウン症や自閉症者のようにまでは、はく奪されていない。


つたない言葉ではあるかもしれないけれど、突然の失踪の前に、わたしたちには残された手段がある。

いや、上司や相手が分かってはくれないだろうと諦める前に、

たとえ受け取ってもらえなくとも、

じぶんの権利として、授かった力として表現するってたいせつなんだとわたし思う。



P.S.

画像検索すると、表彰されている警察犬の写真が多く見られました。

長くとも、警察犬は10年ぐらいで引退するのですね。

たった10年なのかと思ったのですが、考えてみれば、かれらは15年ほどの寿命しかない。

たいはんの生をにんげんに捧げるのです。

警察側もぜひに仲間を表彰したいのです。

警察と親しくなりたいような思い出はぜんぜんないのですが、どこの職場も”仲間”という言葉は特別な響きを持つ。


昨日、街をかのじょと歩きました。

ああ、、梅だと思い近づくと、なんと桜だった。

また、春が巡ります。

キミは元気にしているんだろうか。

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