あのね、不思議だなって思ったの
かのじょ自体が、ほろほろしている。コロナ禍の一コマ。当時の記録から。
いえ、ほんとにたいした話じゃないんです。
1.わたし、夢を見たの
起きてきて、夢を見たという。
母がじぶんを手伝いに神奈川まで来てくれた。
なぜか、お義母さんはバイクにまたがりどこかに向かって乗って行く、、とおもいきや、その後ろ姿がこてんとコケタっ。
あっ!、お母さん、大丈夫っ?!、という夢だった。
お義母さんは、当時も「いつ逝ってもいいよぉ」と言ってた。
娘としてはそれは夢として済ませられなかった。
なにかを予知しているのかしらとわたしに聞いた。
いや、信心深くないあなただ。言って払拭したいのだろう。
ようやく昼ごろになって用事に出かけた日だった。
クルマがヘンなのです。やけに重い。なにかぎこちない。
降りて見てみる。と、後輪の1つがパンクしてた。
ああ、、これだったんだ、と納得した。
実は自分に何かが起こると予見したんだねとわたしがいう。
いつもなら怪しげな話には付き合わないかのじょ。妙に頷く。
仕方無い。。起こったことは起こったことだ。
タイヤのお店へそのままソロソロと運転して行った。
すぐに交換してくれた。
お店の人は4個すべての全交換を提案せず(わたしたちはするものと覚悟してた)、
このタイヤ1個の交換だけで十分です、他はまだ使えますっ、と言う。
おお、、この人プロだっ。(そんなお店、次回もぜひ参ります、寄らせてくださいほろほろ)
神奈川にも良い人っているんだなぁ・・といたく感動した。
2.わたし、不思議だなって思ったの
自分が出勤の日の朝でも、かのじょ、ちっとも忙しそうでない。
慌てている姿を一度も見たことが無い。
口ではたいへんとか言ってる。けど、動作は平安朝のごとく。こんな話をしてきた。
わたしね、不思議だなって思ったの。
1万年前だったかのひとがね、すごいの、発見されたのよ。テレビで見たの。
アルプスの氷河で当時のまま凍ってた。すごいわっ。
頭にオノだったかヤリだったかで致命打を受けて絶命していた。
アルプスの山を尾根沿いに必死に逃げたんだけど、ついに追っ手に追いつかれたのよ。
そして絶命した。すごいわっ。
きっと、かれには家族がいたわ。母なり妻なりが家で待ってたのね。
でもね、かれは帰って来なかったの。
数日しても帰って来なかった。ひどく心配したんだわ。
1年経っても帰ってこないの。きっと家族は悲しんだと思うの。
とっても悲しいことがある日突然起こるわ。そして家族は悲しむ。
それがいたるところの日常だったんじゃないかしら。
ひとはずーっとそんなふうに、日常のこととして、帰っては来ない者にお別れをして行ったんでしょうね。
クジラもネコも、人知れず死に場所に行くそうね。
そんなふうに、ひとも死を受け入れてきたんだなぁって思うの。
むかしから事件も事故もいっぱいあったでしょう。
でもね、毎日テレビは人が死ぬと騒ぐわ。
それって、どうにもならないことなのに騒ぐの。ちょっと不思議だなぁ~って思ったの。
いままでだってパンデミックは始終あったはずだし、体力の弱いものがある日、倒れたわ。
家族はとても悲しんだ。
でも、それがいつか来るべき日だったのね。
残った家族はそれはそうとして、さよならをしたの。
誰かが突然失踪したの。ついに帰ってはこないの。。。
そんなふうに、ずっと命が突然さらわれていったんだと思うの。
なのにね、テレビは4日間もPCR検査を受けれず自宅で急死したなんてことはあってはならないっ!と言うのよ。
責めるの。家族じゃなくて、他人が言うの。
でも、はじめてのパンデミックでどう基準を設けたらいいのかもよくわからなかったわけだし、
物資も保健所の能力も限られていたんだと思うの。
もちろん、検査も受けれずに死んでしまうことは家族にとってはとても悲しいことだけど、
でも、他人が騒いで犯人捜しをするってへんだわ。不思議なの。
静かに世界をよく見ているひとだと思う。
ほろほろと立ち上がり、ゆるゆると話し出す。
なんと、朝の出勤直前でも。信じられます?
あなたも、そんな静かなひとが話しかけてくるのだから、どんなに深い話かと思うでしょ?
いいえ、たいそうな意味は無くて、
自分が不思議だなぁ~と思ったら声に出す、そういう少女さん。
でも、気を抜いて聞いてると、びっくりするほど霊験あらたかなご神託をのたまったりもする。
意外と気を抜けない、そのほろほろよ。
3.わたし、不思議なの
障害者施設で働いた頃。帰って来て、こう言いました。
あのね、わたしね、不思議なの。
Nさんがね、さいきんぼぉーっとしてるの。目がドロンとしちゃった。
新しいお薬飲むようになってからみたいだわ。
Nさんはね、可愛いのよ。
目がね、クルクル動きながら、「おい」とか「ほら」って言いながらわたしを指で指図するの。
「おぅ」とか「ああ」とか言ってね。わたしに指図するのよ。w
自閉症からしらね、施設はみんな重い障害者ばかりだから、Nさんも言葉をほとんど話せないんだけど、
よくああだこうだと言いながら動いていたのよ。
帰る頃になると、「しゃいなら」って、ぺこりとあいさつするの。ほんとにかわいいの。
でもね、この間、飲むようになったお薬のせいだと思うんだけど、
袋をみたら、それはドーパミンやセロトンの阻害剤だったの。
脳内のホルモンの量を抑制するんだと思うけど、動きがすごく大人しくなっちゃった。
息子の動きが激し過ぎるからといって、きっとご家族が先生に相談したんだと思うけど、
お医者さんは安易にお薬出しすぎたかもしれないわ。
怖いわ。人の脳の働きを勝手に変えてしまうんだもの。
もうNさんは、「おい」も「ほら」は言わなくなったの。
部屋の隅っこでじぃーっとうつむいてばかりで、目が死んでる。。
いいのかしら、そんなお薬を処方して?
Nさんはときどき「う“”-っ」って辛そうな顔をすることがあるの。うずくまるの。
わたしは、調子が悪いのか、ただ唸っているだけなのか区別がつかないのであまり気にしてなかったのね。
でも、せんじつ、あって気が付いたの。
わたし、閉経のときの更年期障害がひどく辛かったのね(わたしにそんな素振りはしなかったんですが・・)。
子宮からの女性ホルモンが減って行き、その代わりを何年もかけて脳から別なホルモンが代行するようになるんだけど、
その移行期というのかしら、その間、ひどく辛かったの。
でね、Nさんのうずくまる姿を見てて、あっ、これはNさんがすごく辛がっているんだって、
あの時のわたしのように辛いんだって気が付いたの。
勝手にホルモンをいじっちゃだめだわ。Nさん、可愛そう。。
そんなことを言っていて数日たってからかのじょが再びNさんのことを報告してきた。
Nさんの家族はなにかの危険を感じて勝手にお薬を辞めちゃったというのです。
あまりにも大人しくなりすぎて、我が子がただならぬ状態であると思った。
Nさんはね、飲まなくなったら、また以前のように「おい」とか「ああ」とか指で指図するようになったのよ。
可愛いのよぉ、Nさんって。
ニコニコしながらうろうろしてるの。
帰るとき、「しゃいなら」ってまた言ってくれたわ。
もちろん、ご両親は高齢だから、息子が元気にあっちこっちと動くのはたいへんだとは思うの。
このコロナ禍ですもの。夜中に動かれてもたいへんだし。
だから、先生に相談したんだと思うの。
でもね、神経内科なのかな、そこの先生はじゃあと阻害剤をかんたんに出してしまったことになるの。
お医者さんって、患者側に頼まれれば知ってる手段を処方するしかないんだと思うけど、
そんなふうに勝手に人の質を変えていい権利はないと思うの。
Nさんは自分の意志は出せないから、お医者さんも本人に確認しようもない。
でも、処方した。わたしには不思議なの。。
Nさんがまた元のように元気で騒いでくれて嬉しいとかのじょは言った。
ご両親はいつまでかれをみてあげれるのかな?
お母さんは高齢で、またすごく心配性の方だそうです。
やがて、また、お薬をということになっちゃうんだろうかってかのじょは言う。
4.声を差し出す者
パンク事件のあった夕方、かのじょは九州の母に電話した。
こんな夢を見たの、でね、パンクしてたの。
かのじょの母はいつも心底娘の話に耳を傾ける。
小さい頃、母のエプロンを前から両手でつかみ、母を見上げて話しかけてたようにかのじょも母に話す。
もしお前が居なかったら、わたしは・・と言った母だった。
ひどく辛いときも自分を見上げて話してくれるお前がいてくれたから、わたしは頑張れたんだよといった母。
だから、かのじょはいくつになっても、その言葉を忘れない。
その母は、もう子どものようになってしまっているけれど。
かのじょは毎日、「あのね、わたしね」で始まるおはなしをわたしにする。
可笑しかったこと、辛かったこと、不思議に思ったことを一つ一つを心に包みきれずに言う。
きっとそれは、学校から帰ってきては駅前食堂をやってた母にしていた習慣。
何十年一緒にいても、女子の表現はなんと男とは違うのかと驚く。
わたしにどうかして欲しいわけではないのです。
だから、とってもたわいない話なのです。
けれど、それを聞いた男は何故かこうしてあなたに伝達しなくっちゃと思う。
あなたたちは、言葉を発することをいのちとする人たちで、
そして、男はこうして書き残すほろほろ。
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