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ハブはこわいけど ~北海道からの沖縄移住記 202011月~

 北海道で雪が降りだしても、沖縄では湿度の低い爽やかな風が吹き、陽ざしはぽかぽかとやわらかい。日曜日のお昼時、Tシャツにサンダルをひっかけて図書館に出かける。通りがかった海がきれいすぎて車を停め、音楽を流しながら浜辺で小一時間のんびりする。こんな冬の身軽さが、私が沖縄から離れられない最たる理由だと思う。どこへ行くにもこんなに荷物がいらない。たとえ雨でも、沖縄の人は傘すらあまり差さない。
 最近は夜風があまりに気持ちいいので軽いランニングを始めた。休みの日は、山の中の舗装された道を走ってみる。沖縄では、アノ肉食動物——つまりクマと遭遇する危険はない。実家の当麻町では、農作業をしながら、畑に隣接する森の生き物の気配に常に気を張っていた。沖縄本島で出会う大きめの動物は、せいぜいマングースくらいなものだ。けれどサイズの問題ではなく、いつ足元に忍び寄るか分からないハブは本当に恐ろしい。海でも山でも、沖縄では毒のある生き物に知らずに近づいてしまうことの方が怖い。本島で最も標高のある与那覇岳を歩きながら、ハブを恐れて森に近づかない人生と、例え不運な目に遭ってもその濃密な緑の美しさ知っている人生のどちらがいいか、なんて極端なことを考える。そういえば海の浅瀬をパシャパシャと歩いていた時、くっきりとした白黒の縞模様のウミヘビに出くわして友だちと一緒に凍りついたこともあった。ウミヘビはハブほど積極的に襲ってはこないらしいけど、膝より浅い所ですら海は怖いところだと思った。
 沖縄の方言では崖や絶壁のことをバンタといい、このバンタという名が付く場所は絶景の名所として有名だったりする。うるま市から橋で渡れる離島・宮城島には、この連載の名前にもある「果報バンタ」という場所があり、広々とした太平洋と、崖下には美しいビーチが見える。見つけてしまった魅力的な場所にはどうしても行かずにはいられない。ハブの気配に怯えながらも、泥水と枯れたアダンの葉が足に絡みつく悪路を、夢のように美しい海辺を求めて降りて行った。そこへ行く道があるかも…!そんな好奇心が、簡単に恐怖を忘れさせてしまう。


あさひかわ新聞2020/11/17号「沖縄移住記25 果報(カフー)を探して」掲載

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