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【特別公開!】「この本を書くことで、やっとのみ込むことができた」長井短さん初の小説集『私は元気がありません』刊行記念エッセイ特別公開

 俳優、モデルとしても活躍されている長井短さん初の小説集『私は元気がありません』が2024年2月7日(水)に発売されました。
〈渡す時には「これだ」と思っていた物語が、返ってくる時には「少し違う」になることを確認しなくてもわかるくらいには小説を書くことができた。「ここ超つまんないな」とかって思う度に落ち込んで、何クソ今度こそって赤。〉
 本作表題作にも通じる、”静止すること”への恐れを本という形になることにも抱きながらも、「何クソ今度こそ」と『私は元気がありません』に何度も向き合った、長井さんの本気がひしひしと伝わってくるエッセイを特別に公開します。

長井短著『私は元気がありません』(朝日新聞出版)
長井短著『私は元気がありません』(朝日新聞出版)

冒頭一部を下記にて公開しております!

長井短さん『私は元気がありません』刊行記念エッセイ

「静止する“私”こと」

 最後に原稿を読んだのは1月4日だった。あれから1ヶ月くらい経った今、読み返していない。家に届いた見本もパラパラ捲るだけだ。だって、もう赤入れられないから。原稿の直しは全部で3回。その度赤く染まった紙の束は今、美しい装丁に包まれて微動だにしない。それはついに発売されるってことの証明で、嬉しいはずなのに、運動をやめた文字たちがちょっぴり怖かった。

「小説TRIPPER」に渡した初稿、初校、再校。書籍化するにあたっての改稿、初校、再校。物語はどんどん姿を変えた。今、本に掲載されているものとまるで違うお話だった瞬間もある。渡す時には「これだ」と思っていた物語が、返ってくる時には「少し違う」になることを確認しなくてもわかるくらいには小説を書くことができた。「ここ超つまんないな」とかって思う度に落ち込んで、何クソ今度こそって赤。

 覚悟を決めて封筒の口を閉じたのは郵便屋さんが到着してからだった。もう引き返せないとなってぽっかり空いた昼下がりをどうしよう。舞台稽古に通うカバンの中に読みかけの本があることを思い出して、とりあえず読もうと紙に触れた。真っ白の紙に、黒い字がずらっと並ぶ。ついこの間までは見えなかった無数の赤が見えるような気がした。静止している字たちの残像が、紙の上を滑る。全ての小説家が、この作業を踏んでいる。どんな偉大な作家もきっと、返ってきたゲラをしわくちゃにしながら、時には消しゴムで紙を破ったりもしながら、過去の自分と向き合っているのだ。えー。みんな凄すぎでは? 私、一回目でこんなに参っちゃってんのにさ。何十回も何百回もやってる人いるわけでしょ? 心ぶっ壊れないの? ようやく気分が上向いて、もう何十回も読んでいる大好きな本を手に取った。この本も、きっといつかは真っ赤だったのか。20年以上前に出版されたこの本を、作者は今読み返したりするんだろうか。その時、この人はどう思うんだろう。私は、どう思うんだろう。字の代わりに顔が真っ赤になるんだろうな。それでもしかして、この世に散らばる自分の本を集めて、真っ赤に焼いてしまうかもしれない。

 出版前からあまりに後ろ向きな発言で、買うのやめようと思わせたらすいません。でも、こんなこと考えちゃうくらい私は、自分が変化し続ける生き物だってことを認識して受け入れることができた。この本を書くことで、やっとのみ込むことができたのだ。だからこそ、最後のゲラを封筒にしまえたんだと思う。静止させるわけではなく、今を焼き付けるという意味で、あくまでこれは今ここで、他のいつでもないということ。それはどうしようもないってこと。

 もしも私の本が百年後、どこかの古本屋さんに並んでいて、百個年下の三十歳が読んでくれたとしたら。その人はどう思うかな。引くかな。キレるかな。わからないけど本の中の私は今ここ。いや少し違う。2024年1月4日、地点の私。次に書く小説はその時の私。同じ名前を使っていてもiPhoneみたいに中身は違う。それって変な汗かくけれど、変わっていくのは私だけじゃない。みんな一律お揃いで、だけど自由に変わっていく。100個年下の30歳が100個年下の100歳になる時には、逆に好いてくれるかもしれない。世界は変化で出来ていて、いつか全て忘れてしまう。だから、ここに本があるのだ。運動する人間をピン留めして、自分の震えに気づけるように。2024年1月4日の私を読むたび、きっと私の身体は震える。生きているんだと感じる。それは読者も同じだろう。そんなに愛さなくってもいいから、今日といつか。読んでくれたあなたが、震えながら生きていることを感じる手がかりになれば嬉しい。

■長井短さんが『私は元気がありません』に関連して執筆されたエッセイはほかにも!!

「長井短、初の小説集刊行記念エッセイ~私はなぜ物語を書くのか~」幻冬舎plus連載「キリ番踏んだら私のターン」

「「恋に落ちる瞬間」を秘密にして恋に落ちないために」AM連載「さよならありがともうマジでバイバイ」

「◯年×組 私は元気がありません」ほんのひきだし「書店との出合い」

長井短(ながい・みじか)
一九九三年生まれ、東京都出身。俳優、作家。雑誌、舞台、バラエティ番組、テレビドラマ、映画など幅広く活躍する。他の著書に『内緒にしといて』がある。小説集は本作が初となる。

■長井短・著 『私は元気がありません』
■2024年2月7日(水)発売予定
■1760円(本体1600円+税10%)
■ISBN 978-4-02-251964-1
■内容紹介
なんでみんな平気なの?怖くないの?私は、自分のお気に入りの私から離れたくない。最高だったって瞬間を過去にしたくないの。
「長井短」にしか描けない言葉が躍る、恋と友情、怒りと怠惰の小説集。
変わりたくないというピュアな願いが行き着く生への恐怖を描いた表題作に加え、“アップデート”する時代についていけない女子高生が“暴力的”な恋に落ちる「万引きの国」、短編「ベストフレンド犬山」を収録。


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