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これまで約6万5千人の子供が誕生した世界最大の「精子バンク」 5~10%しか合格できないドナーたちの実態

 北欧で成功した精子提供ビジネスの中でも、もっとも成功し、世界最大の精子バンクとして知られるのが「クリオス・インターナショナル」(以下、クリオス)だ。1980年代、ビジネススクールに通う大学院生だったオーレ・スコウ氏は独学で精子凍結の技術を確立し、民間病院での「精子需要」というニーズに見事マッチした。現在、スコウ氏からCEOを継いだピーター・リースリヴ氏に、同社の「ドナー選び」などについてジャーナリスト大野和基氏が聞いた。大野氏の新刊『私の半分はどこから来たのか――AIDで生まれた子の苦悩』(朝日新聞出版)から一部抜粋・再編して紹介する。
タイトル画像:anamejia18 / iStock / Getty Images Plus(※写真はイメージです。本文とは関係ありません)

大野和基著『私の半分はどこから来たのか――AIDで生まれた子の苦悩』(朝日新聞出版)

■ドナーになるための厳しい検査

 ドナーとして申請できる年齢は18歳から45歳までだが、合格するには厳しい検査を経なければならない。最も重要な要素は精子の質が良いことだ。インターネットから申請すると予約をとってクリオス本部まで足を運び、まず精子の質を検査される。

「モティリティ(motility=運動性、運動率)が最初の決め手になります。方向性をもって生き生きとして動いていないといけません。そのあと1ミリリットル当たりの精子の数です。これは機械が数えてくれます」とリースリヴ氏は説明する。

 身体検査以外では、家族の既往歴も詳細に聞かれる。さらに重要なことは46種類の深刻な遺伝病の検査だ。これはアメリカのACOG(米国産科婦人科学会)のガイドラインに従っている。この検査で自分でも知らない遺伝病がわかることもあるという。ただ遺伝子検査の結果でわかった遺伝病について、知らずにいる権利もあるという。

「今ドナーになるための検査で、遺伝病がわかることが大きな問題になっています。治療法がない遺伝病の場合、それを知ることで一生その事実を背負って生きていかなければならないからです。知りたくないと言われれば、教えません」(リースリヴ氏)

 精子は最短でも半年間、マイナス196度の超低温で液体窒素を使って凍結されてから解凍されるので、解凍後の質も同じように調べられる。実際に使われるのは解凍後の精子だ。これは極めて重要なことである。凍結期間は基本的に6カ月以上だが、イギリスは3カ月まで短縮したので、イギリスに凍結精子を送る場合は3カ月以上凍結した精子を送ることになる。

 以下は、具体的な内容についてのリースリヴ氏との一問一答だ。

クリオスCEOのピーター・リースリヴ氏(写真:大野和基氏提供)

――精子を買う人側に何か制限はありますか。

「国が規制している場合もありますが、クリオスは何の制限も設けていません。われわれは新しい家族の形成方法をサポートしています。シングル女性でも同性愛カップルでも子供が欲しい場合は我々に頼ってくることが多いと思います」

――最終的にドナーとして合格する割合はどれくらいですか。

「5~10%と非常に厳しいです。世界中で十分なドナー精子の供給があるのはアメリカとデンマークだけです。デンマークにはドナーになりたい人がたくさんいるので、少しでもわれわれの基準に達しない精子は拒否します。精子の運動率や健康診断で合格しても多くのドナー候補は遺伝病検査で引っかかることがあり基準に達しません」

――デンマークは献血人口が世界最大で、精子ドナーの46%は献血者で、利他的なモチベーションが理由の一つであるといいます。合格したドナーが一回の提供でもらえる金額はいくらですか。

「法律で最高70ユーロ(日本円で約9500円)と決められています。精子の質以外で、もらえる金額に影響する要素は、匿名提供にするか非匿名提供にするか、赤ちゃんのときの写真を公開するかなどです。どこまで個人情報を精子購入者にオープンにするかによって金額は変わります。平均は30ユーロ(約4000円)くらいです」

――非匿名提供のドナーの場合、より多くもらえるのでしょうか。

「そうです。そういうドナーをリクルートするのは難しいし、彼ら自身の人生にも影響するからです。あとからその精子で生まれた子から連絡される可能性も十分あります。ただ、昔は匿名提供のほうが多かったのですが、最近の若者は進んで非匿名提供を選ぶ傾向にあります。ただクリオスでは非匿名提供のドナーになる場合は最低年齢を25歳にしています。しかも医師による『成熟度評価』を受けなければなりません。非匿名で精子を提供することがどういうことか深く理解していることを医師によって確認されないと合格しません」

――最初は「非匿名提供」だったのがあとから心変わりして「匿名提供」にしたいと言った場合、それは可能ですか。

「それはできません。最初の決断がすべてです。逆に、顧客から匿名ドナーについての情報開示が要望されることもありますが、匿名ドナーを選んだ以上それはできません。もちろんデータベースには指紋を含めすべての個人情報が入力されています。精子提供するときに指紋の一致も行います。本人確認の間違いは許されないからです」

――クリオスがドナーに対して非匿名提供してもらえるよう説得することもあるのでしょうか。

「プロのカウンセラーが、カウンセリングを行い、自分が非匿名か匿名のどちらのタイプに向いているか、判断するのを手伝います。しかし非匿名にするよう説得することはありません。決断はあくまでもドナー側です。非匿名を選んだ場合、子供が18歳になったときにドアがノックされる可能性があることも説明します。ドイツでも法律が変わって、子供が生まれたら、親は役所に連絡してすぐにドナーのIDを得られるようになりました」

――私はサンフランシスコの「23andMe」という世界的に有名な遺伝子検査会社で検査をしましたが、「遺伝的につながっている」という「親戚」が世界で400人以上いることがわかっています。名前も住んでいる地域も顔もわかっている人がいます。そのように今は簡単に遺伝子検査が安価でできるので、匿名提供は事実上できないと言っても過言ではありません。

「デンマークでは他国と比べると、精子ドナーであることについてスティグマと捉える意識がかなり低いと思います。ドナーになるのは利他的な行為であって、子供ができない人を助けているというのが一般的なデンマーク人の見方です。献血や臓器提供は善意で行いますから誰も非難しません。それと精子提供も同じであるべきです。精子提供もこれらと同じようにヒーロー的な行為とみられるべきです。子供を持つのが困難な人を助けているのですから」

■匿名ドナーにも非匿名ドナーにもなれる

 クリオスは2019年2月に日本に相談窓口を開設している。日本語のウェブサイトにアクセスし、精子ドナーを選ぶことができる。ドナーの登録者数は世界最多で約1千人いる。100カ国以上に精子を販売し、すでに6万5千人以上が生まれている。

 日本語のサイトにアクセスしてドナーを検索しようとすると、まず身元開示ドナーか身元非開示ドナーかを選ぶ。前述したとおり、これはドナーが匿名提供するか、非匿名提供するかによる。匿名提供のドナーにしたあと、非匿名に変更することはできない。

 最初に考慮すべき最優先事項は、今後生まれてくる子がドナーに連絡を取れるようにするかどうかである。非匿名提供をしているドナーはあとから連絡してくる可能性を理解しているので、それについて悩む必要はない。

 次に考慮すべきことは、ドナーについてどの程度知りたいかということだ。それによって詳細プロフィールか基本プロフィールのどちらかを選ぶことになる。番号で管理されている基本プロフィールには人種、民族、瞳の色、髪の色、身長、体重、血液型、職業、教育の情報が記載されているが、基本プロフィール付きドナーは匿名ドナーにも非匿名ドナーにもなることができる。

 詳細プロフィールは仮名で登録・管理されており、本名ではない。基本プロフィールに加えて、学歴、家族の出自、性格、趣味、ドナーの子供のころの写真、手書きのメッセージ(ドナーになった理由など)、また一部のドナーは成人してからの写真も提供している。

「ドナー独占権」という興味深いオプションもある。普通ドナーは複数の家族の子供のドナーになる可能性があるが、「ドナー独占権」を選ぶとそのドナーは他の家族の子供のドナーにはならない。この価格は1万2千ユーロから3万6千ユーロ(約163万~490万円)になるが、他の異母きょうだいができないという保証がある。個人がネットで提供している精子は何の検査も経ていないので、遺伝病などあまりにもリスクが高いことを考えると、クリオスが提供するサービスは品質が保証されたものであると言えるだろう。


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