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【試し読み】若者のキャリア支援を行なう「ハッシャダイソーシャル」活動の記録『人生は選べる』プロローグ公開

 人生における選択肢は決して平等ではない。幼少期から学生時代に何を学び、何を体験したのかということは、その後の成長に大きな意味を持つ。その機会が多様であればあるほど人生の選択肢は広がり、人生は豊かなものになる。しかし、厳しい環境に置かれている若者ほど、「機会」は限られ、選択肢は少なくなる――。
 そんな世の中に疑問をいだき、格差をなくそうと奮起した二人の男とその仲間たちが生んだ「挑戦」の記録を鮮やかに描いた記録『人生は選べる Choose Your Life「ハッシャダイソーシャル」1500日の記録』(篠原匡著/朝日新聞出版)のプロローグを試し読みとして公開! 末尾で目次も公開しています。

篠原匡『人生は選べる Choose Your Life「ハッシャダイソーシャル」1500日の記録』(朝日新聞出版)
篠原匡『人生は選べる Choose Your Life「ハッシャダイソーシャル」1500日の記録』(朝日新聞出版)

プロローグ ふたりの伝道師

 深い雪に覆われた冬もようやく終わり、緑の草花が一斉に芽吹き始めた4月のある日。勝山恵一は簡単な自己紹介を済ますと、30人ほどの若者に語りかけた。

 ここにいるみなさんに、一つ質問をします。「なぜ学び、なぜ働くのか」。この問いに、どう答えるでしょうか。これは、僕が19歳のときに「恩師」と言える人から投げかけられた問いです。

 そのときはうまく答えられませんでしたが、いまはこう考えています。「自分の人生を豊かなものにするために、幸せに生きるために学び働く」と。

 人間、誰しも生まれ、死んでいく。これは誰にも当てはまることです。そんな一度きりの人生を、つらく、苦しみながら生きたいという人はいないでしょう? 人生を豊かに、幸せに生きる。そのために、学び、仲間を作り、働く。僕は、そう考えている。でも、まわりをみれば、豊かでも幸せでもないという人はたくさんいます。それはなぜなのか。

 勝山の目の前には、パイプ椅子に座った丸刈りの「少年」が並んでいた。メモを手に、背筋を伸ばして座っている子もいれば、退屈そうに背中を丸めている子もいる。

 一様に硬い表情をしているのは、こうした講話に慣れていないからか、私語が禁じられているからか。数多くの修羅場をくぐっている勝山も、今日は183センチの体がすこし小さく見える。

 いつもと違う聴衆に、すこし緊張しているようだ。

 少年たちの反応を見極めながら、勝山は言葉をつなぐ。

 豊かでも幸せでもないという背景には、さまざまな事情があると思いますが、突き詰めれば、「選択格差」が根底にあると僕たちは考えています。

 世の中にはいろいろな格差があるけれど、「その選択肢を自分が主体的に選んでいるのか」「そもそも選択肢があるのか」という選択の有無が人生の豊かさに直結する。

 例えば、松岡亮二さんの『教育格差』によれば、4年制の大学を出た男性の割合は父親が大卒かそうでないかで2倍の差が出ます。地域による格差も大きく、大都市に住んでいる人の方がそうでない人よりも高い。

 この進学を巡る差は、本人の能力によるものなのでしょうか。僕は違うと思います。それでは、何が両者をわけているのか。それが、選択格差だろう、と。

 いまの日本には、結果の平等はありません。であるならば、機会は平等に与えられるべきです。でも、現実を見れば、家庭環境や住んでいる地域によって、目の前に現れる選択肢は異なっている。

 目の前に現れる選択肢に気づき、その中から最適な選択肢を選ぶかどうかはその人自身の問題です。ただ、その選択肢が限られている人が少なからずいる。ここに、問題があると僕たちは考えています。

 パイプ椅子に座っている若者の多くは、限られた選択肢の中で小さな選択ミスを繰り返し、この場にいる。少年院に送られたという現実を踏まえれば、彼らの前に現れる選択肢はそれほど多くないのかもしれない。

 だが、そんな若者でも自分の人生を選択することができる。そのためにも、人との出会いやきっかけを大切にしてほしい。そう訴えて、勝山は60分の講話を終えた。

「すべての若者が自分の人生を選択できる社会にしたい。すべての若者が自分の置かれている環境の中で、自分の人生を最大限に選択できる社会にしたい」

 そう訴えかけて。

 この日、新潟県長岡市にある新潟少年学院では、ハッシャダイソーシャルによる講話が開かれていた。テーマは「Choose Your Life」。人生における自己選択と自己決定、その重要性を語りかける講話である。

 ハッシャダイソーシャルは、全国の高校や児童養護施設、少年院などの若者に、無償でキャリア教育を提供している一般社団法人。行く先々の学校や施設で彼らが繰り返し語っているのは「Choose Your Life」、自分で自分の人生を選択するということの重要性だ。

 勝山が講話で語ったように、人生における選択肢は平等ではない。学歴、勤務先、雇用形態、経済状況、性別、居住地、所属しているコミュニティなどによって、目の前に現れる機会は大きく異なる。

 こういった選択格差の影響を強く受けるのが、若者である。大人になって何をするかは別にして、幼少期から学生時代に何を学び、何を体験したのかということは、その後の成長に大きな意味を持つ。その機会が多様であればあるほど人生の選択肢は広がり、人生は豊かなものになる。

 ところが、厳しい環境に置かれている若者は、教育や体験、出会いなどの「機会」などが限られている。

 ハッシャダイソーシャルは、そんな若者に対して、選択と自己決定の重要性を説く。不安や悩みを抱える若者の相談に乗り、人生を楽しく、希望をもって切り拓ひらいている大人の姿を見せる。将来に不安を感じている若者に寄り添い、彼らの可能性を解き放つ。新潟少年学院には、主に18歳から19歳の若者が収容されている。ここに送られてきた理由はさまざまだが、最近は違法薬物や「振り込め詐欺」と呼ばれる特殊詐欺の比率が高い。

 令和2年の「犯罪白書」によれば、少年院を出院した後、少年院や刑務所などの刑事施設に送られた人の割合は、出院5年以内で22.7%に達している。この数字を高いとみるか、そうでもないと見るかは判断が分かれるところだが、少年院を出た後も社会に適応できず、犯罪行為を重ねる人は一定数いる。

 その背景には、本人の気質もあるだろうが、少年院を出たあとの選択肢という問題もある。自らの可能性を閉ざすような生き方をしてきたうえに、「少年院を出た」という事実が、さらに可能性を閉ざしているのだ。

 ここで述べた少年院は、ある種、特殊な事例だが、家庭環境や経済事情のために選択肢が限られている若者は少なくない。そして、日本が相対的に貧しくなる中で、貧困状態に置かれている若者は増えている。

 今回、新潟少年学院の壇上に立った勝山は、相棒の三浦宗一郎とともに、ハッシャダイソーシャルの代表理事を務めている。彼らもまた、限られた選択肢の中で自らの生き方をつかみ取り、いまの活動にたどり着いた。

 いまでこそ人なつっこい笑顔で誰からも好かれる勝山だが、10代のころは京都のヤンキーで、すれ違う誰にもメンチを切っていた。コンテンツの企画やファシリテーションに天才的な才能を発揮している三浦も、家庭の事情で、15歳から自動車工場の製造ラインで働きながら学校に通った。

 ともに非大卒の若者だが、恩師の死や仲間との出会い、人生を変えたい、変わりたいという想いを通して、現状維持の人生、言い換えれば「なりゆきの未来」を打破し、自らの可能性を広げていった。まさに「Choose Your Life」を体現している存在である。

 二人はともに1995年生まれの28歳と、彼ら自身が若者と言える年齢だが、同世代の仲間とともに、10代、20代の若者の前に立ち、自己選択と自己決定の重要性を訴えている。格差の拡大と、それに伴う選択格差に疑問を感じた20代の若者が、社会を変えようとしているのだ。

 そんなハッシャダイソーシャルの活動は多岐にわたる。

 教育困難校や進路多様校、定時制高校、通信制高校、児童養護施設、少年院などの施設を回る講演活動に加えて、高校生や高校中退者などを対象にしたオンラインプログラムや対面でのワークショップ、さらには18歳の新成人や全国の教職員に向けたイベントなどを開催している。

 また、最近では詐欺などの消費者トラブルに合う若者を減らすため、『騙されない為の教科書』という冊子を作成。全国の高校に配布するというプロジェクトも始めた。

 こういった講演やワークショップ、教科書の配布などはすべて無料。その原資は、彼らの活動に共感した人々の寄付である。勝山と三浦がハッシャダイソーシャルを立ち上げたのは、二人が24歳だった2020年3月のこと。もともとは「ヤンキーインターン」を手がける株式会社ハッシャダイの一員として全国の高校を回っていたが、ハッシャダイがスクール事業を縮小するのに伴って、一般社団法人という形でスピンアウトした。

 ヤンキーインターンとは、半年間にわたる東京での営業研修を通して、地方で暮らす中卒や高卒の「ヤンキー」がビジネススキルを習得することを支援するプログラム。高卒→大卒→就職というルートを外れた若者にとっては自身のキャリアを再構築する機会に、企業にとってもテレアポや飛び込み営業など泥臭い営業を厭いとわない人材を採用する機会になる。

 そのインパクトのあるネーミングとともに、支援の手が届きにくい非大卒の若者に対する実践的なキャリア支援として、ヤンキーインターンは大きな注目を集めた。

 ただ、ヤンキーインターンに参加してくるのは、ネットで検索する意欲とリテラシーを持った若者が中心で、彼らが本来、手を差し伸べたい若者、すなわち選択の機会が限られている若者にリーチできない。

 そこで、2018年ごろから全国の高校や施設を回り、自分たちの言葉で伝えるというアウトリーチ的な活動を始めた。それが、ハッシャダイソーシャルの源流である。

 それから6年。ハッシャダイソーシャルは若者だけでなく、教育問題や貧困問題に関心を持つ同世代、教育現場で苦悩している教職員など、彼らの活動に共感する人々から支持を集めている。僕たちは、自分の人生を選択できているのだろうか。そもそも、僕たちの人生には選択肢があるのだろうか―。二人が社会に投じた小さな波紋は、さまざまな人を巻き込みながら、大きなうねりになりつつある。

 勝山と三浦はなぜ語るのか。

 なぜ若者は二人の言葉に耳を傾けるのか。

 勝山と三浦の向こう側にいる若者はなぜ悩み、苦しんでいるのか。

 そもそも二人は何者で、なぜ人々はその輪に加わるのか。

 これから始めるのは、札付きのワルだった男と自動車工場の元工員、その仲間たちが巻き起こしている「挑戦」の記録である。

※最後までお読みいただきありがとうございました。この続きは、篠原匡『人生は選べる』(朝日新聞出版)でお読みいただけます。

<目次>

プロローグ ふたりの伝道師

第1章 勝山と三浦

1 地元の呪縛
全国の学校を訪ねる理由/ロクでもなかった僕/貧困地区の現実/暴力と育児放棄/あきらめている大人
2 閉ざされた未来
「教師になる」という夢/トヨタ工業学園という選択/どこにもなかった居場所/暗闇の中の希望
3 自暴自棄
地下格闘家をどついた顛末/大切な人との出会いと別れ/そして、19歳の絶望
4 広がる視界
人生の価値/「楽しい」と「楽しむ」の彼我の差/10mの閉じた世界
5 暗闇に差した光
生まれ変わっていた義理の兄/漢字が読めなかった僕/初めての成功体験/ヤンキーインターン
6 こじ開けた扉
大海原の40日/トヨタをやめて始めた旅/アポなしでDMMに飛び込んだ日/「ソーシャル」の源流
7 思わぬ援軍

第2章 声なき声

1 始まりの場所
ある大学生からのメール/沖縄から始めた理由/ある高校教師からの申し出/言葉を知る意味
2 重すぎる試練
自閉症の弟
3 見えない出口
精神疾患の母/「あのころに戻りたい」
4 本当の毒親
逮捕された母/「教員」という目標
5 透き通った監獄
湧かない気力/承認欲求と自己嫌悪
6 児相に電話した日
兄と母にされたこと/「あんたなんていらないし」/児童養護施設での生活
7 負の連鎖
妹への暴力/母親の二股/ストレスのはけ口
8 なんとなく不登校
成長していた同級生/定時制に通う人々
9 捨てられていた私
私の居場所/育った環境が違ったら
10 つかの間の安息
キャッチと万引き生活/母親の自殺
11 19歳のリスタート
急に感じた焦りと不安
12 辿り着いた場所
ヤンキー高でできた仲間/「でも」がなかった言葉/人生を変えたインスタのDM/コミュニティを飛び立った日

第3章 大人たちの葛藤

1 見せたい背中
彼らのアプローチ/学校現場の苦悩
2 教師の資格
「進路カフェ」を始めた理由/教師のしんどさ
3 「困難校」の泥濘
水風呂の女子生徒/不可欠な福祉の連携
4 無力感の根源
複雑な生徒の家庭環境/言語化された生徒の感情
5 学歴エリートの憂鬱
打たれ弱いエリート
6 傷だらけの天使
子どもたちが児童養護施設に来る背景/そもそものエネルギーが足りない
7 伝染する生き様
キャリア支援に力を入れる理由
8 非行少年に響く言葉
感想文に書かれていること/少年たちの耳と目/法務教官になったわけ
9 先生の居場所
スナックハッシャダイ

第4章 広がる波紋

1 プロジェクト・ゼンカイ
「内省」「刺激」「振り返り」という三要素/大学生が高校生を支える仕組み
2 出戻った理由
ドロップアウトした過去/自分自身がこじ開けられる
3 「他人の目」からの解放
「環境」で変わった自分/「ゼンカイの仲間は認めてくれる」
4 鏡の中の自分
突然の病気であきらめた夢/高校生と話して感じたこと
5 「つながり」の安心感
「大学に入ったらTAになる」
6 「常識」の向こう側
ぶっ飛んでいたクラスメート/ゼンカイ卒業後はTAに
7 動き始めた僕の中
タイの孤児院に行った理由/ゼンカイのその先
8 「働く」ということ
オーストラリアの大学をやめたわけ/「職業に就く」=「仕事」?
9 「あり方」は無限大
「大人」を見て感じたこと
10 手に入れた「トリセツ」
肯定で返してくれる場の雰囲気/自分自身で決めた人生の選択
11 僕なりの継承 
田島颯との出会い/TAに手を挙げた理由/受け取ったものを高校生に

第5章 偶然の必然

1 「古巣」との邂逅
出会いが生み落としたプロジェクト/三浦の覚醒
2 トヨタがかかわる理由
「社会に対して芯を食っている」
3 ゼンカイから得たもの
経営陣を説得したロジック/社会を変える熱量
4 いつか芽吹く種
高校生を変える場の力/ゼンカイを体現した男
5 友人でも仲間でもなく
実現したい学びの場/いい場をつくる4つの仮説/教育格差を感じた瞬間
6 彼らが掲げる旗
彼らを押し上げる方が社会は変わる/「地方×公教育」/前提としていない参加者の成長
7 演じるより素敵なこと
充実した大学生活の落とし穴/ハッシャダイソーシャルとの出会い/「人の人生を応援したい」
8 追いかける後ろ姿
想像とは違った教員生活/父親が教えてくれたこと
9 僕の自己選択
居場所はeスポーツのコミュニティ/大学に行こうと思った瞬間/偏差値25からの逆襲

第6章 共感の連鎖

1 18歳の成人式
本気の大人の本気のイベント/18歳が発した偽りのない言葉/吉田侑司の参戦/ビーバー快諾の奇跡
2 存在しなかった「プランB」
オレたちのグーを出そう/会場全体にかかった魔法/電通テックでは得られなかったもの 
3 なりたい大人
わき起こった衝動/嘘のない言葉
4 心に灯った炎
胸に刺さったビーバーの言葉/人生で初めてのアクション
5 大人になるということ
同年代に受けた衝撃
6 呪縛からの解放
「自分のため」だから頑張れる/恥ずかしさの本質
7 「共感」の正体
社会が必要としている関係性/すべてがフラットだった「成人式」/スマートに熱い男
8 彼らに重ねた自分自身
「ここで縁を切りたくない」/自分を変えた父の死/「彼らの目はまだキラキラしている」
9 絶望が希望に変わる時
卒業生を断らない理由/「ヤンキーインターン」の継承
10 二人の故郷
「継続して努力できる人間だった」/心境の変化

第7章 Choose Your Life

1 「仲間」とともに歩む未来
決められたレール/誰もが感じていた「選べなさ」/その言葉が実装される日
2 僕たちの「ありたい自分」
成功体験と失敗体験/イシューでもビジョンでもなく「スタイル」/未来はいまの積み重ね
3 それでもなお、人生は選べる
三浦宗一郎と出会った奇跡/活動が広がる中での戸惑い/僕たちの活動を社会に

あとがき


凡例
本書の内容や登場人物の肩書きは取材(2023年1月から10月)時点のものである。個人が特定できないよう、細部を一部改変している。敬称は省略した。

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