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太田和彦が呑んだ“東京” 江戸っ子は「粋」を気取るが酒には弱い、東京居酒屋の魅力とは?

 居酒屋をめぐって47都道府県を踏破した太田和彦氏が、居酒屋を通して県民性やその土地の魅力にせまった『居酒屋と県民性』(朝日文庫)から、東京の居酒屋と県民性について、一部抜粋・再編してお届けする。太田さん推薦の居酒屋も必見だ。

太田和彦著『居酒屋と県民性』(朝日文庫)

【東京】江戸っ子の飲み方

 人口も都市規模も格段に大きな首都東京は日本一の居酒屋都市だ。特色は、長い歴史をもつ古い店が特に下町にたくさんあること。その反対に最も新しいスタイルの居酒屋があること。そして日本各地の地酒を並べた銘酒居酒屋が多いこと。それはブランド好きゆえで、東京の客は酒にうるさく、知ったかぶりの一家言が多い。

 そのうえで特徴は、あまり料理料理しない小粋なさかなをよろこぶ。せっかちな江戸っ子は注文したものがすぐに出てこないと機嫌が悪く、料理に凝るよりは味のはっきりした明快なものがいい。小鉢の簡単な肴でかけつけ三杯をキューッとやるいなせな「粋」を信条とし、飲むスタイルを気にするのが東京流で気取って飲む。しかし口ほどにもなく酒は弱く、三本も飲めば寝てしまい、長尺勝負の秋田あたりにはとてもかなわない。江戸っ子は口では勝つが酒では負け、東北人は口は負けるが酒では勝つ。

 さらに東京は日本中の郷土料理が集まっており、それは日本中から来ている地方出身者に故郷の味や人情を提供するためでもあるが、地方都市の名店が東京で勝負してみたいと出店するからでもある。それは世界規模にもふくらんで各国スタイルの酒場もいくらでもある。それゆえ食材はありとあらゆるものがそろい、料理人はいくらでも腕をふるえる。

 では東京で飲めばどこに行く必要もないかと言えば、断固それは違う。逆説的だが「東京ではない所で飲んでいることが、酒をうまくする」。地方の息吹や人の声、季節感の肌ざわりは、そこに行かなければ決して味わえない。その山に登ろうと思ったらそこに行くしかないのと同じで、この本の主旨もそこにあると理解いただきたい。

 ここ数年の東京の居酒屋傾向は、都心の盛り場を離れた住宅地に、大人を相手に高水準の酒料理を提供する郊外型上等居酒屋の増加だ。若い客相手のダイニング居酒屋と、大人相手の本格派の併存といえよう。

 もう一つの特筆は、東京には伊豆諸島など南の果てまで離島が連なること。走る車は品川ナンバーだ。離島は台風などでひとたび交通が途絶えれば、食料調達も病人も妊婦もすべて島内で解決する自立心があり、それゆえ独自の食材調理が発達する。また狭い島内ゆえ、むやみに反発し合うことのない協調心をもち、海を渡って人が来てくれるのがうれしく、来島者を温かくもてなす気持ちがある。私はいろんなイベントやキャンプで何度も訪ね、そのたびに島の人々と交流を重ねた。幾年か前、本格的に八丈を知ろうとながく滞在して書いた6編(『ニッポンぶらり旅 可愛いあの娘は島育ち』集英社文庫所収)は思いのこもった内容になった。

 八丈島はかつて飢饉対策で米による酒醸造は禁じられていたが、1853年、流罪された薩摩藩人により薩摩芋による焼酎製造が教えられ、それまで酒のなかった島人にうるおいをもたらした。八丈島には今も4つの酒造所がある。さらに南の青ヶ島で原初的製法を守る「青酎」はカビくさい香りがいわば焼酎のブルーチーズ。絶海の孤島の秘酒は特製くさやチーズにぴったり合う。

【太田和彦さんオススメの東京の名店】

 東京の名店は紹介しきれないが、ここでは江戸=東京の気風を残す「東京らしい=東京以外では似合わない」老舗四店と離島の一店を紹介しよう。

●東京根岸 鍵屋(かぎや)
 酒屋の創業は安政3(1856)年、昭和初期から店の隅で飲ませ始め、戦後居酒屋になった。当時の建物は道路拡張で「江戸東京たてもの園」に移築保存され、今の店は大正時代の家。裏路地に置いた置行灯あんどんが白暖簾のれんをぼおっと照らす光景は昔の東京を思わせる。酒のかんつけも、15~16種の肴も戦前と全く変わらない東京の居酒屋の神髄。女性だけの入店はお断わり。
 
●東京湯島 シンスケ
 創業大正14年。黒格子に清潔な縄暖簾とさかばやし(杉玉)。店内は白木造りに真っ直ぐな一枚板カウンター。湯島天神ほこら以外、飾りものは一切ないきりりとした空間は東京風の美学だ。客は近所の東大、芸大の先生から仕事早仕舞の職人まで、皆ここで酒を飲むことに誇りをもって通う。話題は相撲と落語。3代目はお燗番、4代目は包丁だ。
 
●東京神楽坂 伊勢藤(いせとう)
 神楽坂の黒塀に囲まれた古い民家。店内真ん中の囲炉裏いろりに炭火がおこり、端座の主人が黙々と燗をつける。ビールや焼酎はなく、酒は燗。座ると出てくる一汁三菜。冷房なし団扇うちわあり。冬はストーブあり。声高の話は禁止。昭和20年の創業店は戦災で焼け、今の建物は昭和23年だが、店は戦前と全く変わらない文化財級の居酒屋。
 
●東京神田 みますや
 創業明治38年。今の建物は関東大震災後、昭和3年のもので2階建て銅貼りの看板建築は堂々たる東京の居酒屋の押し出し十分。壁に並ぶ黒札品書きは<こはだ酢><どぜう><桜鍋>など東京の正統的な肴ばかり。100年を超えた、現存する最も古い東京の居酒屋でありながら大衆居酒屋であることを通す東京居酒屋ファンの聖地。
 
●八丈島 梁山泊(りようざんぱく)
 周囲を太平洋に囲まれた島は魚の宝庫。小粒の青唐辛子を浸した醬油で食べるトビウオなど刺身は爽快そのものに八丈島酒に合う。春の海藻を魚くずと固めた<ブド>、島オクラを板摺いたずりした<ネリ>。<明日葉てんぷら>はあくまで衣薄く、名物<くさや>は漬汁から出した“新鮮”がすばらしい。そして最後は絶品<島寿司>だ。交通費をかけて一泊で訪れる価値のある、東京の誇る名居酒屋。


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