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イノッチ、有働アナとMCを務めた「あさイチ」が気付かせてくれた大切なこと【ジャーナリスト・柳澤秀夫連載】

 2010年3月にNHKの朝の情報番組「あさイチ」が始まったとき、視聴者の方をはじめ、いろんな人に驚かれた。本当に記者の柳澤と同一人物か、どうして報道とは畑違いの番組を引き受けたんだ、と。

 それまで私は、情報番組には縁もゆかりもなかった。記者として、カンボジア内戦や湾岸戦争など、文字どおり切った張ったの世界を取材してきた。解説委員になったあとも、担当するのは硬派なニュース番組だった。

 それが、56歳にもなって、アイドルグループV6のメンバーである井ノ原快彦さんと有働由美子アナウンサーとともに、生活情報番組のMCを務め、オヤジギャグを飛ばして、二人に「おじさんっ!」とツッコミを入れられるようになるとは。まわりも驚いたかもしれないが、誰よりも本人が驚いていた。

 けれども、いま思えば、記者の世界がすべてだと思っていた私に、別の世界があることを気付かせてくれたのが「あさイチ」だった。

■初めてかみさんにほめられた「あさイチ」

 番組スタート当初の特集テーマを少し振り返ってみたい。

 第一回「身近にいっぱい? リコール製品+エコ・トラブルにご用心!」
 第二回「スゴ技Q 王子が手ほどき幸せの洗濯術」
 第三回「旬旅10 いってみたい箱根」

 そして俳優の高橋克典さんをゲストに迎えた「プレミアムトーク」を挟んで、「“若返り美容”最新事情」「お得で楽しい 宿泊費不要のスーパー旅行術」と続く。

 どれもこれも、それまでの私の世界には一切登場しない話題だった。ちんぷんかんぷんの度合いは、カント、ヘーゲルと同じだった。

 こんな世界があるんだ、と「あさイチ」で取り上げるテーマは、私にとってまるで異文化に映った。

 番組開始から3カ月ほどたったころ、「あさイチ」は「40代のセックスレス」を特集した。さすがにこのときは、MC席の隅のほうで小さくなっていた。女性視聴者をターゲットとする番組で性生活についてコメントするなんて、とてもできない。困った。とりあえず女性たちの話を聞くことに専念しよう。そんな気持ちだった。

 有働アナウンサーを中心とした、赤裸々な、かつ真面目なセックス談義の特集は、大きな反響を呼んだ。「よくやってくれた」という好意的な意見があった一方で、「朝からセックスなどと連呼するな」という批判のメール、ファクスも少なくなかった。
 
 数日後のことだ。かみさんがぼそっと言った。

「あれ、よかったよ。あの番組」

「セックスレス特集」のことだった。かみさんはこんなふうに続けた。

「私なりにずっとテレビを見てきたけれど、女性が言いたくても言えなかった思いと正面から向き合った番組はこれまでなかった。ちょっと過激だったけど、『あさイチ』はそれをやってくれたんだね」

 私は驚いた。我が家では、夫が出演した番組を妻が見てあれこれと感想を言うようなことはなかった。それが、このときは、かみさんが自分から感想を伝えてきた。

 そうか、と思った。「あさイチ」はこんなふうに視聴者に届くんだ。かみさんも一人の視聴者であり、一人の女性なんだ。おかしな言い方かもしれないが、自分の知らないかみさんがいるような気がした。

 男は、女の世界を知らない。世界の半分は女なのに。

 そのとき気付いたのだ。自分はこれまで、男性の視点でしかものごとを見て来なかったということに。政治・経済・社会といった男社会が作り上げた枠組みの中でしか世の中を見て来なかった。その外に広がる女性の世界、女性たちがどんなことを思い、悩み、夢見てきたかということは、はなから捨象していたのだ。

 頭をガツンと殴られたようなショックだった。かみさんも含め、女性の世界に目を向けて来なかった自分が恥ずかしくなった。

(構成:長瀬千雅)

注)番組名、肩書、時制、時事問題などは、本執筆当時(2020年3月時点)のものです。

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