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目の前にゴミをポイ捨てされても黙って掃除を続ける 世界一清潔な空港の清掃人の矜持

 今年の夏も暑い。とても暑い。そんななか、エアコン掃除をしてくれる方がいる。ゴミ収集をしてくださる方がいる。昼夜を問わず、介護をしてくれる方がいる。日本中どこまでも、荷物を運んでくださる方がいる。その仕事をしてくださっている人たちに敬意を払う、そんな「あたりまえのこと」ができているだろうか? 仕事って何? 誇りって何? 夏休みを前に、親も子どもと一緒に考えたい。そこで、8年連続清潔さ世界一の羽田空港を支える凄腕清掃人・新津春子さんの著書『世界一清潔な空港の清掃人』(朝日文庫)から、新津さんの心温まる言葉を、一部抜粋・改編して紹介する。

新津春子著『世界一清潔な空港の清掃人』(朝日文庫)
新津春子著『世界一清潔な空港の清掃人』(朝日文庫)

 羽田空港ターミナルの清掃員として働き始めてすぐのことです。

 お客様が私の目の前にゴミをぽいっと投げ捨てて行きました。すぐそばにゴミ箱があるにもかかわらず。「お前が拾って当然だ」という態度です。そう考えてすらいなかったかもしれません。

 清掃員はまるで召し使いか透明人間。そんなふうに扱かう人は少なくありませんが、そのような仕打ちをされても、清掃員は何も言い返すことはできません。憤りの感情は飲み込んで、黙ってゴミを拾い、清掃を続けます。

 父親は第2次世界大戦の時に中国に取り残された残留日本人孤児で、中国生まれの2世。17歳のときに家族で日本へ移ってきて、日本語も満足に話せない高校生の私に見つけることができた仕事は、清掃のアルバイトだけでした。私が学費や生活費を稼かせぐことができたのは清掃の仕事があったおかげです。私は自分でこの仕事を選びました。

清潔な羽田空港で清掃する新津春子さん(朝日新聞出版)

 清掃の技術をひとつひとつ身につけていって、羽田空港で働き始めたのは24歳のときです。今の第1ターミナルができて少し経たったころです。それから1998年に国際線ターミナル(第3ターミナル)ができて、2004年には第2ターミナルができました。最近では、2014年3月に国際線ターミナルがリニューアルされましたね。利用者がどんどん増えて、空港はどんどん大きくなっていきました。

 今も若い人によく言うのですが、私は、空港に一歩入ったら、自分の家だと思って仕事をします。そして、誰でも自分の家にきたお客様にそうするように、今日のお客様はどうかな、この人は何か困っているのかな、何を聞こうとしたのかなって、ひとりひとりのお客様をちゃんと見るようにしています。

 だから、清掃員を透明人間だと思っている人に出会うと、すごく悲しくなってしまうんです。私たちも人間なんですよ、って。

 でも、その人個人を責めても仕方たがない。そういう環境で育った人だと思うから。

 たとえば、「勉強をしないと掃除夫にしかなれませんよ」というような親に育てられた子どもは、清掃の仕事は尊敬しなくていいと思うようになってしまうでしょう?

 そういうふうに大人になってしまった人たちを一人ずつつかまえて説得しても、考えを変えることはできないと思います。そうしたいとも思いません。

 それよりも、社会の価値観そのものを変えていきたいと思うのです。

 そのためには、私たち清掃員がいい仕事をするしかありません。自分の仕事に誇りを持って、納得できるまできちんとやり遂げること。それを続けていれば、気づいてくれる人は必ず現れます。

「ここのトイレはいつもきれいですね。ありがとう。きれいに使わなくちゃね」

コロナ前、早朝の羽田空港で(朝日新聞出版)

 羽田空港でトイレ清掃の現場に入っていたときに、利用者の男性から言われた言葉ですが、こういう言葉を聞くと、本当にうれしい。自分が褒められたからうれしいのではなく、清掃の仕事をきちんと認めてくださっているのがうれしいのです。

 今、羽田空港(第1・第2旅りよ客かくターミナル)には1日約500人の清掃員が働いていますが、みんながそういう気持ちで仕事をしてくれているからこそ、「世界で最も清潔な空港」に2年連続(2014年当時)で選ばれることができたのだと思います。

 清掃は面白い仕事です。毎日違うお客様が来て、そこでひとときを過ごす。どうしたら気持ちよく過ごしてもらえるか、考えて、工夫して、それがお客様に伝わったときは本当にやりがいを感じます。技術を磨いていく喜びもあります。清掃員は「職人」。そういう誇りを持って仕事をしています。


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