見出し画像

【空腹時閲覧キケン!】米国出身フードイラストレーターが描く「日本のおいしいもの」が人々を魅了するわけ

 生クリームの上で今にもプルンと動きだしそうなプリンと、色とりどりのフルーツたち。今すぐ、絵のなかの四角いアイスクリームスプーンを手に取り、ごっそりすくって口のなかをバニラとカラメルの香りでいっぱいにしたい……。アメリカ・ミネソタ州出身のフードイラストレーター、ケイリーン・フォールズさんのイラスト×エッセイ×ガイド本『日本のいいもの おいしいもの』(2022年6月刊/朝日新聞出版)の表紙に描かれた「プリンアラモード」を眺めていると、そんな衝動に駆られる。

ケイリーン・フォールズさんの心をとらえたのは、このキュートなフォルム。「アラモード」はフランス語で「流行の」の意味ってこと、ご存じでした?

 このプリンアラモードは、東京・高円寺の「トリアノン洋菓子店」のもの。日本語と英語の紹介文は、こうだ。

「(前略)プリンアラモードを含めて、喫茶店メニューによくあるナポリタンやドリアも、横浜のホテルが発祥。トリアノンでは自家製のボリューミーなプリン、アイス、生クリーム、そしてフルーツをのせた王道プリンアラモードをいただけますよ」

赤い大きな看板が目印の「トリアノン洋菓子店」。広いイートインスペースでレトロな家具に囲まれ、ケイリーンさんもにっこり

 日本のデザイン事務所で、食品パッケージのフードイラストなどを描いていた2018年、コンビニでこんな食べ物と出合ったことが、水彩のフードイラストを描くようになったきっかけだった。

「レジの横に、三色団子が置いてあったんです。お部屋に持ち帰って水彩で描いてみるとかわいいし、何と言っても描き終わったら食べられる。もう、ちょっと、これは最高じゃないですか?と(笑)。日本には建物とか、風景とか、植物とか、描きたいモチーフがたくさんありますが、あちこち出かけて大好きな日本の食べ物を、食べて、描いて、ができたらいいなと思って、水彩では食べ物専門に描くことを決めたんです」(ケイリーンさん)

 日本のデザイン事務所では、今もスーパーマーケットなどでよく見かける商品のパッケージに描かれたフルーツのイラストなど、イラストレーターとして大きな仕事も数多く手がけてきた。食べ物のおいしさを、写真以上に理想的な状態で伝えられるフードイラストの魅力も、身をもって感じていたという。ただし、クライアントのさまざまなリクエスト通りにイラストを描くうち、自分ならではの絵のタッチがなくなってしまったと感じるようになった。

「じゃあ、使ったことがない画材なら、自然に自分のタッチが見つかるんじゃないかと思ったんですね。そこで描くようになったのが水彩画。仕事ではパソコンを使ってイラストを描いていましたが、デジタルに比べるとアナログな水彩は、一発勝負で修正がむずかしい。だから自然に自分のタッチが見つかるかもしれない、と」

ケイリーン・フォールズ著『日本のいいもの おいしいもの』(朝日新聞出版)
ケイリーン・フォールズ著『日本のいいもの おいしいもの』

 そうして見つけたケイリーンさん「ならでは」の水彩のフードイラストは今や300点以上にのぼり、SNSに定期的に投稿するうち国内外からも注目を集めるようになった。同書では、そのうち80点のイラストを厳選して紹介。描いた食べ物のチョイスも、またユニークだ。

 回らない寿司店、築地青空三代目の4950円のお寿司から、果実園リーベルのスリーベリーパフェ(2400円)、吉野家のねぎ玉牛丼(544円)、赤城乳業のガリガリ君 ソーダ(76円)まで、おなじみのチェーン店の人気メニューもあれば、マニアしか知らない店の隠れた逸品もけっこう。東京の町を隅々まで知り尽くしたすごい食通がバックにいるのかと思いきや、意外にも描く食べ物の見つけ方はこうだった。

「たまたま食べたものがおいしかったから、きれいだったから描きたいという奇跡の出会いもありますが、ほとんどは事前のリサーチで決めた店。例えば今日はどうしても大福を描いてみたい、食べてみたいという日があるとしますよね。そういうときは、グルメサイトを見たり、SNSに誰かが上げた写真やレビューを見たり。とにかくいろんなリサーチをして、大福のビジュアルが美しいだけでなく、大福やお店にストーリーがあったりする店を絞り込んでいくんです」

欧米では「豆」を甘く調理することがない、とケイリーンさん。言われてみれば、そうかもしれません。でも、豆から作るあんこは和菓子には欠かせません

 そうしてターゲットを見つけたら、実際にお店に足を運び、写真を撮って実食。家に帰って、お店のあれこれや、食べたときのおいしさを思い巡らせ、写真を見ながらだいたい4~5時間かけてイラストを仕上げるのがパターンだ。また「空腹時閲覧キケン」なおいしそうなイラストに仕上がっているのは、こんな理由も。

「あまりリアリティーから離れることはないですが、実物の色はもう少し鮮やかだったとか、ここの部分がすごくおいしかったからもうちょっと目立ってほしいとか、そういう意識はちょっとだけ加えながら描いていますね。資料写真は、私のイラストのでき具合の半分くらいを占めると思う。だからネットの人の写真から絵を描くことはせず、自分で写真を撮ってイラストのベースにします。リサーチしたその店やメニューのストーリーも隠し味になるのか、実際行って食べてみるとだいたいがすごくおいしくて、あ、これにしてよかったと思うことがほとんどです」

ケイリーンさんいわく「欧米にないもの」のもう一つが、グリルのついたテーブル。初めてのお好み焼きは彼女にとって「新鮮な経験」だったそうです

 例えば、今回の本に収録されたなかで特に思い出深いメニューは、東京・錦糸町「Teppan職人」のミックス天(1380円)だ。できたてのお好み焼きにマヨネーズのストライプをシュッシュと描き、最後に鰹節をトッピング。まるで薄い鰹節がお好み焼きの上で踊っているような様子に驚いて、心をがっちりつかまれた。

これが、鰹節の幅(!)や踊り具合を電話で聞きまくってたどり着いたTeppan職人のミックス天。お店では、プロの職人が目の前で焼いてくれる

 アメリカにはない、テーブルで客が調理するという日本独特のレストランで、目の前で繰り広げられるこの動きを何とかイラストで表現したいと、あちこちのお好み焼き屋さんに、「『鰹節の幅はどれくらいのサイズですか?』『よく踊りますか?』など、電話で聞きまくって決めました」

(文/福光恵)


みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!