目覚めるとガラスの灰皿が目の前にあった。 最初はそれが何なのか、わからなかった。 バイヴが震える感覚にスマホを見ると、彼女からのメールだった。 * DM返さなくてごめんなさい。 誰にも愛される資格なんてないのに、あなたに鍵なんて渡してしまって。あなたに声を掛けられた時には、ほんとうにびっくりしたけど、もしかしたならこの人が私を救ってくれるんじゃないかなんて、ご都合主義な考えに囚われて... ...というかむしろそう思いたくて、藁をもすがるつもりであなたに賭けてみよう
シンゴは、高3の時すでにあまりにも理不尽な土下座を経験していた。それも、ペルシャ絨毯みたいな高価な絨毯の上ではない。しかも土下座だけでは済まなかった。薄汚い床を舐めさせられたのだ。 隣のクラスに、その後学校全体を統べることになるFというワルがいて、そいつが真冬の最中にクラスをひとつひとつシメルために回っていた時のことだった。 そんなこととは露知らなかったシンゴは、ドアを開け放ってクラスの仲間達に眼を飛ばしているそいつに向かって、こともあろうに「寒いからドア閉めてくれ
群集を嫌って繁華街からそれると、見知らぬ街角の路地にふらりと迷い込んだ。 ビルとビルの狭間に覗く空は、あるいは、ビルの稜線によって切り取られた矩形の空などではなく、空の明るさによって、ビルがそのシルエットを持つのかもしれなかった。 右手のビルの上半分ほどは、かろうじて夕日を浴びているが、レンガ色した建物じたいが、それをやわらかく反射することによって、道路を隔てた向かいのビルやアスファルトまでもがトワイライトに染まっている。 夕日の射さない左の手前のビルの一階部分
ある日、深沢一郎の『笛吹川』を読んでいると、テーブルにピンク色の空が広がって真ん中に穴があき、中からチワワが現われてぼくピノですと流暢な日本語でいった。 さらにピノは、世界最高の落差979mあるエンジェルフォールのあまりの落差に水が霧に変わるあたりから翼のある象が現われ一気に雲まで舞い上がって、アルビノのサメ革を使ったお財布を見せびらかせながらジグザグに雲間を歩き、桔梗屋の倉に大判小判が印刷されたアクキーがザクザクあるのを目撃した百人が、百人とも友達申請してきたので、その理
蛇のようなウツボのような、とにかくウネウネするやつを獄卒が鼻をつまんで口を開けさせ何体も無理矢理呑み込ませる 罪人たちはたまらず吐こうとして過呼吸になったり卒倒したりパニック状態となるが、七転八倒の苦しみは、これからなのだ 胃の腑に収まった小さなクリーチャーだか蛇状のやつは、鋭いギザギザの歯で、胃壁を食い破り肺臓に向かっていくやつ、大腸に向かっていくやつと腹の中が空洞になるまで肉壁や内臓を喰らい続けていく 挙げ句の果てには心臓を食い破られ、食道から咽喉を通過し
その日記は、七月二十六日からはじまっていた。あれから何年経ったのだろうか。もう俺には記憶がなかった。というか、実際はもう半分死んでいるのかもしれない。自分でもよくわからない。 とにかく全体的に体が薄くなってきている。厚みがではなく、透明度が増してきたようなのだ。 それでもとりあえずは、身体がある感覚はあるのだけど、自分の思うようには動いてくれなかった。 一番困ったのは、メールが打てなくなったことだった。 指同士がくっつき始めていたし、指が単に透けて見えているだけでなく
きょうは、気分を変えて台所でしてみることにした。 土曜日の遅い朝食だかブランチのあとでのことである。 外は、ピーカンで子どもがいる家庭では、もうとうに出掛けてしまっているはずだ。 シンクの前に裸に剝いた恭子を立たせ、こちらもマッパになって、キスしてゆく。 恭子の身体は、若木のようにしなやかでどこまでもどこまでも撓ってゆく。恭子はどこへも逃げやしないのに、その存在を確かめたくて、もう一度壊れるくらいめちゃくちゃ強く抱きしめながらくちづけをして、片方の乳房を揉みしだきながら
マキオは、きのうから姿を現わさない。 豆柴のラモンは、リビングのソファとクッションの間に挟まるようにして口を開けたまま眠りこけている。 ミユキは絨毯にゆったりと女座りして、えもいわれぬような、そうそれはあのモナリザの微笑みのような笑みを浮かべて優しいオーラに包まれている。 その穢れなき眸は、どこまでも蒼く透明なまるでオンネトーのような神秘的な光りを湛えていた。 そんな風にミユキはいつも一点を見つめたまま、微動だにしない。その視線の先は部屋の壁であったり、テレビの大画面