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大学3年間、追っていたのは夢ではなく「○○」になっていた。


0.まえがき ┃『総崩れしました』

はじめまして、伊藤有栄(いとうあさか)といいます。
イベント開いたり、プロジェクトつくったり、
それなりのことはしてきた大学生です。

突然ですが、今までやってきたこと、『総崩れしました』。
1年間休学して、復学して来年からは3年生です。

そして、色んなことをしてきましたが、決めました。
就活辞めて、タイムリミット1年間、「事業化するために走ります。」

『今更』です。
ちなみに、事業つくるのに必要な人脈も、お金も、能力もありません。

なぜなら、私はFラン女子大生で、
特に頭がいいわけでも、器用でもない上に、
「それなりのこと」しかしてないので、「それなりのこと」しかできません。

ただ、私はどんなリスクを考えても「諦めきれませんでした」。

なぜなら、大学生活で「それなりのことしかしていない」ので、
このまま何もしなければ「後悔が残る」からです。

事業化するなら、今から動かないと「諦めがつかなくなりました」。

そして、後悔が残るほど諦めきれない気持ちになったのは、
私の「過去の経験」と「変えられない想い」からきています。

これから書いていくことは、Fラン女子大生の私が、
なぜ就活目前にして、「事業をつくるために動こうとおもったか」の経緯についてです。

「総崩れしている」ことに気付いた話。

1.価値観 |『夢を実現すること』

みなさんにとって、「夢」の定義って何ですか?

「夢」=個人の価値観によって形成された事象。
と私は捉えています。

中高時代、部活しかやっていなかった私は、
高校生の時の夢は、「ディベート甲子園で優勝する」でした。

私は、人より頑固で責任感や正義感が強いので、曲がったことが嫌いです。
「優勝する」という夢1つでも、顧問の先生にやってもらうのではなく、
「自分たちの力で勝つこと」に、こだわりました。

これでいえば、「自分たちの力で勝つこと」というこだわりは、
自分自身の頑固な性格や責任感、正義感の強さから来ていると思っています。

その「こだわり」は自分自身でもあり、自分自身の価値観でもあるといえると思っています。

つまり、夢とは「こだわり」を含めてこそ「夢」。だと思うのです。

先の例で言えば、「ディベート甲子園で優勝する」という夢は、
結果として「優勝できればいい」のではなく、
「自分たちの力で勝つ」上での、「優勝」でなければならなかったのです。

逆に言うと、「自分たちの力で勝つ」ことができなければ、「優勝」という結果を出したとしても、夢がかなった状態とは言えないと思います。

例えば、「運や顧問の先生にやってもらったから勝った、優勝した。」となっても私は夢がかなったと、喜ぶことはできない。という具合にです。

このように、「ディベート甲子園で優勝する」という夢1つでも、
個人によって夢は変わってくると思います。

それは一人一人価値観が違うので、
「こだわり」も個人で変わってくるから、
例えば、「優勝」という同じ言葉でも
「優勝」という夢は、人によって意味合いが変わってくるということです。

ですから、私の場合「夢」とは
「こだわり」を含めたその人自身の価値観が反映されたものだと思うので、
必ずしも、「結果がでる=夢が叶う」ではないと思っています。

2.総崩れ ┃『気づけば、「結果」を追っていた』

そして、『総崩れ』は起きたのです。
今までやってきたことが、「夢に対しての行動じゃない」と思ったからです。

最近よく、
「生き急ぎすぎ」と言われます。
「着実にやっていった方が結果が出せる」と言われます。
「できることを確実に増やしていった方が助けられる人も増える」
と言われます。


間違いないと思います。
ですが、私にとっては、間違いということに気づきました。

今まで、一般論に納得して「間違いないな」と思って
「できる」ことを一生懸命やってきました。

それなのに、私が「できること」を着実にやることに対して、
違和感をもっていたのは、

自分は、できることで着実に力をつけて助けられる人を増やすことではなく、自分が助けたい人たち(ターゲット)に対して向き合っていること、
動けていること、その中で力をつけていることが、

自分にとっての「こだわり」の1つだと思ったからです。

それは、自分の経験の中で「助けられないから」を理由に
「後回し」にされることで、後回しにされる側の辛さと孤独を知っているからかもしれません。向き合ってくれている存在がいるだけで救われることを私は知っているからだと思います。


助けたいと思う人たちを、自分ができないと思うことでも、向き合って行動していたいというのが、私の「こだわり」です。
「できること」から救いに行って結果を着実に出せても、その間「できない」を理由に向き合ってもらえない人たちがでてきます。

向き合ってもらえない辛さを知っているから、
自分が助けられる人から助けようではなく、
「助けられる力がないと思っても、自分が助けたいと思う人に対して、
行動すること」が、私の「こだわり」であり、夢であるということに気がつきました。

どうしても私たちは数字的な見える結果にフォーカスします。
「できる」「できない」の基準も結果として表面に現れた時につきます。

だからこそ、「あとから結果だせれるのならいい」「後から救えるのなら問題ない」と考えます。
しかし、それは私からすれば「価値観が反映されていない結果」に過ぎないのです。

つまり、向き合えなくなる時点で、私の場合、
私の夢は、夢ではなくなります。

私は、『今までの大学生活で追っていたのは、価値観が反映されていない結果で、夢に対して追っていなかった』ことに、最近気付いたのです。

今までは自分のできる範囲で、イベントやプロジェクトを作っていました。
それは確実に自分のできることで、見える結果として表れました。

ただ、それが直接的に自分自身が助けたいと思っている人たちを救うための行動につながっていたかというと自信がありません。

そういう意味で、やってきたことが今になって『総崩れ』しました。
だからこそ、自分が助けたいと思う人たちに対して向き合い続けて動けるのは、「事業を作って直接的に価値を与えること」だと思いました。
結果として、失敗しても成功しても救いたい人たちに対して向き合い続けることはできるからです。

私は、「生き急いでる」わけでもありません。
私は私の夢を手放さないようにした結果、生き急いで見えるのです。

これからは、生き急いで見える夢を大切に動いていきたいと思います。

それは私自身の価値観と私自身を大切にすることにもなるとおもうからです。







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