無頓着な女

無頓着な女

 おしゃべりで悪意はないはずなのに、人の秘密を共有することで皆運命共同体のように勘違いする女がいた。

 成宮璃理は一人っ子で友達の作り方がわからなかった。父母とも仕事で留守をしがちなのに、幼稚園の頃から家事はおしつけられるようにして受け持っていた。嫌われないことが一番居心地がいいと知った。

 小学二年生の頃、誰かの秘密を一番有力な女子グループに打ち明けることで、小さないじめを避けられたことから、人に取り入る常套手段となってしまう。

 誰かの攻撃の的になるのを避け、目立つことも、ばらされて困るような発言もせず、人から何か話を振られた時には無難に答え、困っていそうな子には「どうしたの?」と親身になって話を聞いてあげた。

 だけれど一度力を持っていそうな女子グループが出来上がると、そのグループに目をつけられるのを恐れ、いち早く取り入ることを覚えてしまったのは、当時親から「小学生にもなったんだから、これからもっとしっかりしないといけないんだよ」と急に家でのしつけが厳しくなり、両親の気に入らないことをするとご飯も抜かれるほどだったからだった。

 当然、成人となってから、そんな璃理の生い立ちなど誰も知らないため、善意ある友達は璃理のことを避けていったが、その原因を本人は知らぬままだったし気にするまでもなかった。

 ある日、女友達を合コンの穴埋めに誘い、嫌がるところを「みんな頭いいしお金持ちの家だから、全部奢ってくれるよ」と無理やり小倉駅近くの飲食店に誘い出した。

 四対四の穴埋めとして誘ったのだから、カップルは無理に成立しなくてもいいと思っていた。気に入らなかったら、その場は流して次のいい男に繋げるつもりだったし、ちょっと見込みがありそうなら次のいい男が見つかるまでの「いいお相手」にするつもりだった。

 すっかり成人になり人の世の、あまりよくない方の渡り方がわかってきただけに、璃理の毎日は楽しいものに溢れていた。

 油断していたのか、ふと癖のように出たのだろう。連れてきた女友達と目当ての男が、思いの外仲良くしているのを見ると、悪気もなく「穴埋め」として連れてきた女友達の秘密をばらしてしまった。

「この子、病気になっちゃってさー、子宮取っちゃってないんだー。だからさ、優しくしてあげてね」

 その場全員が凍りついた。どう反応していいのかわからず仕舞いで、沈黙を無理に破って饒舌に話題を変えていこうとする男も出た。

「お前、ちょっと最低じゃね?」

 一番持てなさそうに見えた男が言ったため、璃理もムッとして、語気を強める。

「優しくしてあげてねっていうのが、そんなに悪いっていうの?」

「そういうことじゃねぇって、人の……」

 反論しようとしたところに「まあまあまあまあまあ」と饒舌な男が割って入り、女性二人も「悪気があって言ったわけじゃないんだし、ねぇ?」と場を流そうとした。

 友達を差し置き、ただ自分だけが傷つけられた気持ちになった璃理はしばらく機嫌取り男に慰められ、その男と二次会に行く事となった。もちろん合コンの費用は全て男性持ち。

 ところが二人きりになった二次会で思いもよらず、男が質問してきた。

「先ほど友達を貶めたでしょ? そういうことに無頓着な人の家庭ってどんなのか凄く興味あるんだ。心理学科なんだけど今僕さ、マスローって言って、まあそれはいいんだけど、もしかして君、家庭が厳しくなかった? 今遊んでるけど結構両親の言い付けとか躾とか、そういうことで苦しんだことない? もしくはあまり構ってもらえなかったとか」

 図星を突かれた気持ちになった璃理は男の誘導に従って過去を初めて人に喋りだした。

 男にももちろん目論見がある。研究資料を集めることと、学んだことが実践で役に立つか。

 璃理は親身になってくれる男の口車に乗り、深夜でシャッターの下ろされた魚町銀天街のアーケードを抜け、ホテルまでついて行ったが、男にとっては資料の一つにしか過ぎなかった。だけれど、もしかしたら学んだ技術で心を成長させることができるかもしれないとも考えていた。

 璃理はその日、自分のことを心から理解してくれる人に抱かれた、と感じていた。

 

参考写真:GMTfoto @KitaQ

http://kitaq-gmtfoto.blogspot.jp/2016/08/0000.html

あたたかなお気持ちに、いつも痛み入ります。本当にありがとうございます。