表現の概念が食べ物になる話【オリジナル短編小説】

私のテーブルに、フルーツサイダーと"冒険小説の概念"が添えられた

まだ戦争が耐えなかった頃、情報規制に基づいて多くの本や映画、芸術品が検閲された
食料確保の為に政府が物質を食べ物に変換する発明をし、検閲された作品たちは次々食べ物に変換されていった
その際、作品の素材が食べ物に変換するだけでなく、その中に込められた作品の概念が実態を持つようになった
以来、動植物に加えて「作品の概念」が食料の仲間入りを果たした

しかしあの時の喧騒の日々が嘘のように、今の人々は終わりを待つようにゆったりと時を過ごしている
この50年で何もかもすっかり変わってしまった
人々は変換された作品の在庫を少しずつ消費しながら終わりが来るまで漫然と過ごしている

「私」は勉強も満足にさせてもらえず、ずっと縫製工場で働いていた
亡くなった旦那は検閲が始まる以前に大学に通って沢山の本を読んでいた
私は残された人生、今の自分を甘やかすようにこうして概念を食べ歩くのが日常になっている

「冒険小説の合成肉」

ひと口食べて感じたのは"若さ"
未知なる情報を真に受けた時のようにこってりとしてて、大人への反発心のような弾力がある
けど、こってりとした味の奥からローズマリーのような青臭さが顔を覗かせる
合成肉でも、作品に吹き込まれた魂にかかれば、早熟さが際立つ味わいを持つようになる
そして、噛めば噛むほど、発見があるように深みが増してゆく

じんわりと胸に染み込んでくるのは
少年たちが木々の間を駆け巡っている情景
裸足で、元気いっぱいに体を動かして
豊かな緑の力を浴びて、風のように走ってる

縫製工場で忙しかった私にとって、味わえなかった若き日の追体験をしてるようで胸一杯になる

こんなにも愛らしくて力強い情景を筆者はどのようにして文字に起こしたのだろう、私には成しえない技術だ
私が縫製工場で、誰が為に布を縫い付けていたように、筆者は文字を縫い付けて紡いでいた

死ぬ前に食べられて良かった
いつか幕が下りるその日まで、私は意味をなくした文明の記憶の欠片をこの舌でゆっくり味わい、求め続けるのだ

私はフルーツサイダーで少年の力強さを胃に流し込み、お会計を済ませて店を出たのだった

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