その時を待ちわびて

 耳が巨大化しはじめてかれこれ数週間が経つ。
 両耳が日毎にに膨れ上がっていく恐ろしさったらなかった。耳は五メートル近く伸びてもなお成長をやめない。頭を動かすことは勿論、歩くこともままならなくなった私は入院生活を余儀無くされる。
 一千万人にひとりの確率で発症するというその病の特効薬はたったひとつ。運命の相手の声だという。
 そういうわけで私の病室では、常に人の声が流れ続けている。世界中から収集される音声サンプルの中に、けれど今のところ私の運命の相手はいない。静かな声、甲高い声、やさしい声、美しい声、無機質な声、しゃがれた声、甘い声、華やかな声、いじけた声、粘着質な声、悲しい声。数十秒単位で入れ替わる声を聞き続けるだけの日々はおそろしくストレスフルだった。せめてこれが全部一発ギャグだったらいいのにな、と半ばうんざりした気分で私は聞いたこともない言語に身を傾ける。
 そうして毎日夕方頃になると私の病室を訪れる人がいる。キリちゃんだ。今日の彼女は機嫌よく鼻歌なんて歌っている。だけど私の耳は相変わらず大きくなり続ける。そう、キリちゃんは私の運命の相手ではないのだ。こんな形でそんな事実を突き付けられることになるとは思わなかった。
 けれど、運命ではないその人が今日も私の一番好きな声で発売を心待ちにしていた小説を朗読してくれるから、私は自分の運命に絶望しきることができないでいる。

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