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    「キリちゃん」と「私」にまつわる連作ショートショートです。

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その青は、かくも遠く美しく

※ワンライで書いたssを書き直した作品です。 「先輩、これ何ですか?」  私は足を止め、そのショーケースを指さす。そこには黒と白の、恐らく何らかの生物をかたどった二対の陶器が展示されていた。質問を受けて振り返った先輩の、咎めるような目が私を射抜く。閉館間際の文化資料館に人の姿はまばらだったものの、私の声はちょっと響き過ぎたらしい。 「これ、何ですか?」  わざとらしく一段声を落とし、もう一度尋ねる。 「知らないの? 二匹のハリネズミ伝説」  僅かに右の眉を上げた先輩は、そも

    • それはきっと

      ※人肉食にまつわる話です。閲覧に注意してください。 倫理観の消え去った世界で、何に愛情を見出せばいいだろう。 ぐつぐつ音を立てて煮える鍋の前でふとそんな言葉を思い出した。彼女がそれを口にしたのはもう随分前のことだったけど、まるで泣き出す寸前の子どもように響いたその声を私はなぜだか鮮明に覚えていた。 上の空でいたからだろうか。気づくと私は彼女の趣味が隅々まで行き届いている清潔なキッチンをひどく汚していた。それは私が不器用で、料理なんてしたことがなかったせいかもしれないし

      • モラトリアムが明けた暁には

        ※ワンライで書いたssに、大幅に加筆修正したものです。1時間でここまで書けるように精進していきたい。 わたしは夜が嫌いだ。 暗闇は怖いし、昼間のように友達と遊ぶこともできない。それにお母さんは夜、わたしがこっそり外に出ようとするとものすごく怒るのだ。本当に夜ってなんにも良いことがない。憎らしいったらありゃしない! そういってわたしがベッドの中であまりにも不貞腐れるものだから、お姉ちゃんは仕方ないなあと苦笑して「じゃあ私がいいことを教えてあげよう」と微笑んだ。  それか

        • 抵抗

           キリちゃんの背が毎日一センチずつ縮んでいるらしい。キリちゃんの身長はだいたい一七〇センチ弱といったところなので、夏が終わる頃には彼女はこの世からすっかり消えてしまうことになる。なんてことだろう。  彼女が十センチほど縮んだ頃、私たちは連れだって靴屋に足を踏み入れた。馬鹿みたいに踵の高い靴を彼女に薦めたのは私のどうしようもない悪あがきに過ぎなかったのだけど、キリちゃんは何も言わずにそのチェリーピンクのピンヒールに足を通してくれた。私も色違いのコバルトグリーンを買う。ふたりそろ

        その青は、かくも遠く美しく

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          【お知らせ】2/23 文学フリマ広島に出店します

          人生で初めて本を作りました! 『おだいじに』というタイトルの作品集です。収録作品のほとんどはnoteに以前投稿した作品に手を加えたものになります。とはいえ、大幅に書き方を変えた作品もあれば書き下ろしもあるので、既に私の作品を読んだことがあるという方にも楽しんでいただけるのではないかと思います。 不穏で寂しくめちゃくちゃな、とにかく可愛い女たちがたくさん出てくる良い本です。 感染症の影響が懸念されますが、ぜひ縁があれば手に取っていただきたければと思います。 第二回文学フリマ広

          【お知らせ】2/23 文学フリマ広島に出店します

          かたおもい

          あの子の欲しがるものが欲しい。 幸い私はお金持ちでおおよそのものはたやすく手に入れることができた。 キャラメリゼ、ミラーボール、ポンデリングにテディベア。 あの子の欲しがるものはどれもこれも可愛い。きれいな空色のハンカチで涙をぬぐってあげたときのあの子の笑顔はもっと可愛い。 あの子の欲しがるものを誰よりも知っている私は純白のつるつるした生地を丁寧に仕立てながら確信する。このドレスに包み込まれたあの子はきっと最高に可愛い。それなのに結婚式で趣味の悪いピンク色のドレスに身を包む

          かたおもい

          その時を待ちわびて

           耳が巨大化しはじめてかれこれ数週間が経つ。  両耳が日毎にに膨れ上がっていく恐ろしさったらなかった。耳は五メートル近く伸びてもなお成長をやめない。頭を動かすことは勿論、歩くこともままならなくなった私は入院生活を余儀無くされる。  一千万人にひとりの確率で発症するというその病の特効薬はたったひとつ。運命の相手の声だという。  そういうわけで私の病室では、常に人の声が流れ続けている。世界中から収集される音声サンプルの中に、けれど今のところ私の運命の相手はいない。静かな声、甲高い

          その時を待ちわびて

          約束

           どうやら寝ている間に冬に取り残されてしまったらしい。  ちょっとうたたねをしていたくらいの気分でいたのだけど、気づけば辺りには人っ子ひとり居らず、私はひとりきりで炬燵の中で身を丸めていた。いつもであればお花見やらゴールデンウィークやらの話を済ませている時期であるはずなのに私ときたらたったひとりでダウンジャケットを脱ぐこともできずにいる。冷蔵庫の中には白菜とチルド肉まんが常備されているしいつまで経っても芋焼酎の湯割が美味しい。ひとりきりの冬はおそろしく長く静かだった。  今日

          Find me

           このところ毎日顔が変わる。  例えば日曜日の私は小学六年生の頃の担任にそっくりだったしは水曜日はオードリー・ヘップバーンにそっくりだった。統一性は全くなく、毎日毎日異なる顔になり続けていくうちに元の顔はすっかり忘れてしまった。それにしてもこの現象には弊害が多い。ある時見知らぬ女性とキリちゃんが二人並んでタピオカミルクティーを飲んでいるのを見かけたので声を掛けてみたらキリちゃんが驚きのあまりタピオカを吹き散らしたことがある。なんと彼女は見ず知らずの他人をすっかり私だと思い込ん

          「記念日に花束って憧れるな」

           脳天にホームランボールがヒットしてからというもの記憶力の低下が著しい。他人の顔と名前はちっとも一致しないし朝食べたものを昼に忘れているなんてことはざらだ。最近など自分の家の場所を思い出せなかったのだからやりきれない。  そんな私は当然のようにキリちゃんと恋人になった記念日も忘れてしまう。落ち込む私にキリちゃんは君が忘れても私が覚えてるから大丈夫だよとケーキの箱を取り出す。え、今日? と私が驚くと今日は私がチーズケーキを食べたいだけだよと朗らかに笑うから力が抜けてしまった。そ

          「記念日に花束って憧れるな」

          悪趣味

           気に入っていたアイスが生産終了になってしまった。半日ほどスーパーとコンビニをはしごして、私は泣く泣く現実を受け入れる。世間からの歓迎を上手に受けられなかったらしい甘納豆味のカップアイスのことを私は存外愛していたのだ。ところがどうしたことだろう! キリちゃんの家の冷凍庫には私が求めてやまなかったカップアイスが大量にストックされているではないか。喜びのあまり踊り狂う私に向かって彼女は全部食べていいよ、と告げる。せめて一緒に食べようよと慌てる私に、キリちゃんは不味いからいいやと含

          目玉焼きに粉チーズかける君はチェーホフなんて読まなかった

           キリちゃんが七人に分裂してしまった。混乱を避けるため、彼女たちは週に一日にずつ交代で外出することにしたらしい。  当初七人が演じるひとりの「キリちゃん」は端から見れば完璧に、つまり分裂前と何一つ変わらないように見えた。けれど不思議なもので彼女たちの間には時間が経過するにつれて徐々に個体差が生じるようになった。例えば月曜日の彼女は目玉焼きに醤油をかけるけど火曜日の彼女は決まってケチャップをかける。金曜日には読書中に必ずジャズを流すけど土曜日は絶対に静かな場所を選ぶ。それはどれ

          目玉焼きに粉チーズかける君はチェーホフなんて読まなかった

          その綻を待っていた

           文学と音楽を人間がいつまで経っても手放せないのは容赦なくやってくる夜のせいなんだよ、と秘密めいた調子で私に教えてくれたのは高校時代の先輩だった。私たち以外誰もいない部室でなめらかに微笑んだ一学年上の彼女はチョコミントと安部公房とロックンロールをちょっとどうかしているんじゃないかというほど偏愛していた人で、だから私はしばらく思考を巡らした後に「また何かの歌の歌詞ですか?」と尋ねたのだけど先輩は「まだ見たことないんだねえ」と小さく笑ってそのまま会話を終わらせてしまった。 「見る

          その綻を待っていた

          To be continued!

          キリちゃんはいつだって私のピンチに駆けつけてくれる。例えば私は階段から足を滑らせた後にやって来るはずの衝撃からも、脳天に直撃していたはずの植木鉢からも、心臓を撃ち抜く筈だった弾丸からも、全身をめちゃくちゃにするはずだった脇見運転の大型トラックからも、キリちゃんの手により間一髪で救われる。絶妙なタイミングで颯爽と現れて私を救い出すキリちゃんはどんなフィクションのヒーローよりも格好良い。ただこれは最近気付いたのだけど、どうも私が直面する危機の程度は確実に大きくなっているらしい。私

          To be continued!

          ジンクス

          「キリちゃん」に贈り物をすると幸せが訪れるらしい。そんな噂が広がってしばらく経つ。実際にネットの口コミを見てみると失せ物が見つかった・生き別れの兄と再会できた・パチンコで大勝ちした・世界一美味しいカレーをつくることができた・トリプルアクセルが跳べるようになった等という投稿が山のように出てくる。 だからそれ以来彼女の周りでは人の姿が絶えない。たった半日街を歩いただけでキリちゃんの大きな鞄はビー玉だとか猫缶だとか枕だとかアイロンだとか鉢植えだとかですぐにいっぱいに膨れてしまう。あ

          ジンクス

          8月23日

          タオルケットに包まって小説を読んでいたらふと春の宵が恋しくなったので、ネットで「春の午後六時」を注文した(『箱男』と春の宵との相関性についてはまったく分からない)。フミちゃんに教えてもらったサイトには、他にも「秋の午前九時」だとか「冬の午前六時」だとかの魅惑的な品々が取り揃えられているからいけない。実際に店で気になる品物を見かけたとしても、手に取ってしげしげ眺めてさんざんっぱら頭を悩ませている内に何がなんだかよく分からなくなってしまいまた今度改めて買いに来ようなどと考えて品物