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歌詞について③

今日も歌詞について、自分が気にしていることなどを書く。前回はこちら。

駅へ行く道を聞かれているのに、駅とはなにか、道とはなにか、みたいな話ばかりをしている気がする。あまりそういう話を喜べる人はいない。今日こそはすぐに役立つ歌詞の書き方を目指して進もう。

文字数は気にするべきか

これ以上何を失えば 心は許されるの
どれほどの痛みならば もう一度君に会える
one more time 季節ようつろわないで
one more time ふざけあった時間よ

これは、山崎まさよし『One more time, One more chance』の冒頭だ。声に出して読んでみて、次に本物の歌声を聞いてみよう。

おわかりの通り結論から書くと、メロディと文字数の整合などまったく考える必要はない。ただ、うまくいく法則のようなものはある。

上記引用の歌声を、むりにでも文字表記すると、こうなる。

これいじょぅ なにをうし なぇば〜
こころはぁ ゆるされるの〜
どれほどぅ のおいたみ ならば〜
もいちどぉきぃ みぃにあえるぅわん
もぁたい(む) きせつぅよう〜つ〜ろぅわ〜〜ないでぇ
わんもぁたい(む) ふざ けぇあ あったぁ じ〜かんよぉ

1行目と3行目は同じメロディだ。だから言葉本来の発音ではなく、うたのために変形させた発音で歌われる。

1.これいじょぅ 2.どれほどぉぅ
1.なにをうし 2.のおいたみ
1.なぇば 2.ならば

2行目と4行目は少しだけメロディと言葉がずらされている。

1. こころはぁ ゆるされるの〜
2.もいちどきぃ みぃにあえるぅ

4行目はそのまま表題のone more timeへ進むためか、前のめりにずらして勢いを出している。そのため2行目には音のない部位に「も」が入り
こころは
いちどき
ゆる さ れ る の
みぃ に あ え る
という形で、それぞれ同じメロディに対応させている。

「もういちど」の「う」などは、極限まで削られて、次の「いちど」を際立たせるために消されそうなほどだ。

そして「みにあえる」 のあとは間を置かずに「one」が入る。英語に寄せた発音のため「time」 の「む」は口を閉じて母音は出さない。その後「うつろわないで」のあとは逆に間を空けて「one more time」を繋げて発音し「ふざけあった時間よ」のたっぷり感を演出している。

「ふざけあった時間」という言葉の音は、与えられているメロディよりも音の数が少ないため、母音を増やして対応している。すなわち

ふざけあ あった じかんよ

となる。

日本語の弱点

英語と違い、日本語はすべての音に母音がくっつくため、メロディと一対一の対応をさせると、なんだかもったりした動きのない歌詞になりがちだ。そこで和訳には様々な工夫がなされてきた。

ヴィレッジ・ピープルの『Y.M C.A.』の冒頭は

Young man,
there's no need to feel down
I said, young man,
pick yourself off the ground

I said, young man,
'cause you're in a new town
There's no need to be unhappy

となっており、直訳すると

若人よ
落ち込む必要はない
私は言ったぞ若人よ
伏せた地面から自分を引き上げろ
私は言ったぞ若人よ
なぜなら君は新しい街にいるのだ
悲しむ必要はない

となる。これを意訳したのが、西城秀樹の『ヤングマン』だ。

ヤングマン
さあ立ち上がれよ
ヤングマン
今跳び出そうぜ
ヤングマン
もう悩むことは
ないんだから

ほぼ、同じ内容である。すごい。とくに日本語は「私は言った(I said)」などの省略が可能だし、あえて直訳した"pick yourself off the ground"はそのまま「立ち上がれよ」という意味だ。抜けているのは「cause you're in a new town」だが、これは日本語歌詞では完全に忘れ去られており、YMCAが何であるか、という説明はどこにもない(かろうじて「行く先」「行こう」という二語により、なんとなく場所であろうことは示される)(元々の歌詞だって「YMCAは飯も食えてシャワーも浴びれて自分らしくいられる場所」くらいの説明しかしていないので良いのでは?)

とはいえ、だ。

pick yourself off the ground. I said, の持つ多彩な色合いは素晴らしい。「pick yourself off the」でスタッカート気味に何をするべきかを伝えてから「ground」で一気に景色を広げ「I said」で次の段階へと力強く話を進める。それに比べると

い ま と び だ そ お ぜ

は、あまりにも情報量が少ない。

だからこそ、日本語を主言語とする作詞者は、日本語をどれだけメロディに対応させずに意味を伝えるかの工夫をこらしてきた。

日本語の利点

前段でも書いたとおり、日本語はさまざまな部位を省略することができる。時制も気にしなくていいし、アクセントが違ってもいいし、単語が途中で切れても文全体で意味が通れば許される

歌詞を書くときに、メロディと一対一で対応させる必要はない。これは日本語の大きな利点である。

というところで今日はおわり。

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