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水の発言

音を立ててパイプ椅子から立ち上がっての第一声は意外に印象の薄い声だった。

「こんにちは、初めまして。水と申します。あ、みなさんもうご存知ですよね。だから初めましてっていうのも変なんですけど...」

周囲がもう少し驚くと思っていたのかも知れない。それに反して多分、思ったような反応ではなかったのだろう、水はちょっと恥ずかしそうに下を向いた。

「いま、私はみなさんとお話をするためにこのかたちをしていますが、ご存知のとおり、私はどこにでもいます。海にもいるし、空にもいるし、今、ここにいらっしゃるみなさんの中にもいます。農家のみなさんには貴重がられますが、空から落ちすぎて、地上にあふれると途端に嫌われます。フワフワした小さな白い粒になると、ロマンチックだと言って喜ばれますが、それも多過ぎると死ぬ人が出たりして、嫌われます」

覚えがあるのか、うなずいている人もいる。

「でも、私がいないと人は生きていけません。もし私が世界から消滅したら、石と岩だけの世界になるでしょう。私は人を殺すこともできるし、生かすこともできます。当たり前の事実ですが、私の価値は金よりも高いのです。」

金(きん)よりも価値が高い、と聞いて参加者の目の色が少しだけ変わった。だからと言って、空から金が降ってくる、海に行けば金だらけ、なんて誰も思わないのだろうけど。

「今まで、人は私をうまく利用していました。集落は川辺や海辺に、水の引けるところに田畑を作りました。私は自分の意思で移動ができるわけではありません。今、ここでみなさんと知り合いになったからと言って『最近、ずっと晴れが続いてて困るから、そろそろ来てくれないか』そう言われて「オッケー!すぐ行くわ」なんてわけには行かないのです。暖かくなれば小さくなって空に上って、重くなったら空から地面に落ちて、そのまま土の中に入り込んでたら、今度は植物に吸われたりします。それを食べると、植物と一緒に私がみなさんの体の中に入って、血管やら、細胞のなかを転々とします。それから、汗とか便とか尿とか、涙とか、鼻水とか、あるいは出血とか体外に出ます」

人間の半分以上は水で出来ていると聞いたことがある。今は花粉の季節だから、人々の鼻水も相当な量だろう。鼻水の水分はティッシュに吸われて、その後ゴミ箱行きだろうけど。

「それでまた空に上ったりもしますし、暗い管の中を流れて、気付いたら海ってこともあります。クジラやクラゲなんかと数年や数十年、数百年一緒に過ごすこともあります。そのまま地球の端っこに行って透明な、あるいは白い固い塊になって、数万年も過ごす場合もあります。どこに行くか、どういうかたちになるのか、どれも自分で決めることはできないし、決める意思もありません。つまり、こう言う人もいます。「テクノロジーで水を自在に操ることが可能だ」と。さっき『金よりも価値がある』と言いましたが、そんな私をコントロールしようとする人たちが出てきています。例えば、私が通常なら行かないようなところ。つまり行く時期じゃないとか、そこへは行くけど頻度が少ないとか、表面にはいないけど地面のずっと下にいるとか。そういう場所に私を都合のいいように運んで自分たちのために利用したがる人が現れました。成功して巨万の富を築いた人たちもいます。一方で、私のせいで明日にも死ぬかも知れないって、貧しい人も大勢いますね。むしろ、こういう人たちのほうが多いくらいです。でも私には関係ないし、どうすることもできない。そもそもどうするつもりもないのですが」

最後のひとことが冷たく聞こえたのか、怪訝な顔つきをする人もいる。だがさらに水は続けた。

「たとえ大金持ちが気に入らなくても去ることはできないし、貧しくて死んでしまう人がいても、そこへ行くことはできない。さっきも言いましたが、私は私の意思で動けるわけじゃありません。第一、私にはお金とか貧しいとか、まったく関係ないことです。私はどこにでもいますが、自分で選んでそこにいるわけじゃないんです」

誰かがボソリと「行きたい場所とかないのかしら」と呟いた。水はさっとその言葉を掬って言う。

「行きたい場所などありません。どこへ行きたい、行きたくない、なんて意志も当然ありません。あなたの中にいる私も、今はいるけど、すぐあなたを出て行ってしまう。それと同じで、あなたの中にいる私は、1年前は全然別のところに存在していました。サハラ砂漠に生えるナツメヤシの果実の中にいたかも知れない、ウガンダのマラマガンボ森林の洞窟にいるフルーツコウモリのフンの中にいたかも知れない、あるいは、アラスカのユーコン河畔にいるヘラジカの吐息の中だったかしれません。あるいは、愛する人が死んで焼かれた時の、焼き場の煙突から上る水蒸気の中にいたかも知れないし、赤十字病院の手術室で摘出された膿盆上のガン腫瘍の中にいたかも知れない。メキシコのヌエボラレドのカルテル抗争で殺されて飛び散ったチンピラの血液の中だったかも。繰り返しになりますが、それも自分で行きたくて行ってるんじゃありません。私の意志じゃない」

では、いまこの自分の中にある水も1年後は全然別の場所にいるということだ。いったいどこにいるんだろう。そう考えて、ちょっと旅をしている気分になった。もしかしてエベレストの山頂にだっているかも知れないのだから。

「この地球上には一定量の私がつねにどこかにあって、消滅することなく、延々と巡っています。そうやって続く長い旅の中、みなさんの中に入ったとしても、それは旅のほんの一部であって、みなさんの中をたまたまちょっと通り抜けたって言うだけです。私のかたちは常に変わるけれど、地球の中に全量が永久に存在しているわけです」

水はそこで少し間を置いて水を飲んだ。水が水を飲むのがちょっとおもしろいのか、人々は顔を見合わせる。

「私は永遠の存在ですが、みなさんのような有限の形を持つ人間は、数十年で消滅してしまいます。でもちょっと考えてみて欲しいんです。地球上に誕生するとき、自分で選んで生まれてきましたか?また、自分の消滅する場所や方法を選べますか?どちらも自分の意思でコントロールできるわけじゃないと思うんですね。それを考えた時、みなさんも、もしかすると、私とあまり変わらないように思えてくるんです。みなさんも今はこのかたちで存在していますけど、もしかすると今の形も単に旅の途中なのかも知れない。私が雨の時もあれば、雪の時もある、ラクダのコブの中身の時もあるのと同じで、 今はたまたま人間という形を取っているだけなのかも知れない。たくさんの私がいるのとと同じように、たくさんのみなさんが世界中に、地球上にいて、いまは人の形を取っているだけ。そう考えると、ここにいらっしゃるみなさんは、実は個人個人ではなく、まとまったひとつなんじゃないかと。水の立場からそう思うんです。いかがでしょうか」

誰かが言った「それって、つまり、エネルギー体ってことでしょうか」「魂じゃない?」別の誰かが言った。「そうよ、霊魂よ」みんな口々に言いだした。「自殺なら死ぬ場所も方法も選べるわよ」「だけど、誰もが死ぬ以外に人生を終わらせる方法がないのは明らかだぜ」「じゃあ、前世とかやっぱりあるのかしら」「私、嫌いな人と同じまとまりだなんてイヤよ」

「ちょっとちょっと。静かにしてください」

私は騒ぎ立てる人たちをなだめた。水はまだ話したそうにしていたけれど、ここはいったん下がってもらうことにした。さて、これからどうしたものだろう。

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これは、小野美由紀さんが3月から開催している「”書く私”を育てるクリエイティブ・ライティングスクール」の課題で書いたものです。3月のお題は「私のかたち」です。ちなみに、これは最近時々やっている、以下のスタイルで書き始めたのですが、ちょっと違うな、と思って、上のように書き直しました。小説のようにしたかったためです。

講座のため、書き直す前の文章もあげておきます。途中でこのスタイルに変更したので、これは未完成です。

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「永遠の私」

いらっしゃい。この門を通るには私の試験を受けなくちゃいけないの。分かってるわね。では、いきなりだけど問題よ。

「朝は4本足、昼は2本足で、夕方には3本足になる生き物」なんだか分かるかしら。 え? もう分かった? まあ、早いのね。すごいわ。

...

そう、答えは人間。さすがここまで来ただけのことはあるわ。でもダメよ、だって、こんなスフィンクスの謎、誰でも知ってる問題だもの。これで門が通れるわけないじゃない。これはほんの例題。今から本番の問題を出すわ。私が誰だか、当てられたら、この先に行ってもいいわ。質問は一切受け付けないけど。じゃあ、いくわよ。

××××××××××××

まず最初に普段の私の姿を説明しようと思うんだけど、とても言うのが難しいわ。だって、私はどこにでもいるの。世界中にいるわ。海にもいるし、空にもいるし、それだけじゃないの、あなたの中にもいるの。わたしのかたちは決まっていなくて、大きくもなるし、小さくもなる。つかまえられないくらい柔らかいときもあるし、とても固いときもある。基本的にいつもありがたがられる存在よ。でも、嫌悪されることもあるわ。嫌悪されるのは私が人を殺したときね。固い状態でも柔らかい状態でも、どっちでも人が死ぬわ。

けど、私がいなくなっても人は死んでしまうの。もし私が世界から姿を消したらどうなるかしら、それは本当に恐ろしい世界よ。だから人は私をコントロールしようとするわ。「人を殺すこともできて生かすこともできる私」には金よりも価値がある、つまりお金になるって、知ってしまった人たちがいるみたい。

今までだと自由に行き来している私をみんながうまく利用してくれてたんだけど、私が通常なら行かないようなところ。つまり行く時期じゃないとか、そこへは行くけど頻度が少ないとか、表面にはいないけど地面のずっと下にいるとか。そういう場所に私を都合のいいように運んで自分たちのために利用したがる人が現れたの。それに成功して巨万の富を築いた人たちもいるって話よ。

一方で、私のせいで明日にも死ぬかも知れないって、貧しい人も大勢いるの。こういう人たちのほうが多いわ。でも私には関係ないし、どうすることもできない。たとえ大金持ちが気に入らなくても去ることはできないし、貧しくて死んでしまう人がいても、そこへ行くことはできない。私は私の意思で動けるわけじゃないの。それに第一、私にはお金とか貧しいとか、まったく関係ないことなのよ。

くれぐれも言っておくけど、私はどこにでもいるけど、自分で選んでそこにいるわけじゃないわ。じゃあ行きたい場所があるのか、って言われても、そんなものあるわけないわ。あなたと違って、私はものを食べたり、栄養とか日光浴とか、生態活動してないの。どこへ行きたい、行きたくない、なんて意志もないの。

ただただ、暖かくなれば小さくなって空に上がって、空で重くなったらみんなと一緒に下に落ちて、そのまま土の中に入り込んでたら、植物に吸われて、そしたらあなたのような人間が植物と一緒に私を食べるから、体の中に入って、血管やら、細胞のなかを転々としているうちに、外に出て、出たと思ったら急に大勢の私が押し寄せてきて、暗い管の中を流されて、気付いたら海の中よ。クジラやクラゲなんかと数年や数十年、数百年一緒に過ごすことだってあるわ。なんならそのまま地球の端っこに行って白く固くなって、数万年も過ごす場合もあるの。

あなたの中にいる私も、今はいるけど、すぐあなたを出て行ってしまう。それと同じで、あなたの中にいる私は、1年前は全然別のところに存在していたの。メキシコのソノラ砂漠のハシラサボテンの中にいたかも知れない、ウガンダのマラマガンボ森林の洞窟にいるフルーツコウモリのフンの中にいたかも知れないわ。アラスカのユーコン河畔にいるヘラジカの吐息の中だったかも。

あるいは、あなたの嫌いなアイツが死んで焼かれた焼き場の煙突から上る煙の中にいたかも知れないし、日本赤十字病院の手術室で摘出された膿盆上のガン腫瘍の中にいたかも知れない。メキシコのヌエボラレドのカルテル抗争で殺されたチンピラの血液の中だったかも。

繰り返しになるけど、それって自分で行きたくて行ってるんじゃないの。私の意志じゃないの。この地球上に一定量の私がつねにどこかにあって、消滅することなく、延々と巡っている。そうやって続く長い旅の中、たまたまあなたの中に入ったとしても、それは旅のほんの一部であって、あなたの中を通り抜けたって言うだけ。

私のかたちは常に変わるけれど、地球の中に永久的に存在しているわ。あなたはどうかしら。あなたの今の形は数十年で消滅してしまうわよね。でも考えてみて、あなたが誕生するとき、自分で選んできたかしら。あなたは自分の消滅する場所を選べるかしら。それを考えた時、私とあまり変わらないようにも思うの。

あなたは今このかたちで存在しているけれど、もしかするとあなたの形も単に旅の途中なのかも知れないでしょ? たまたま人間のあなたという形を取っているだけなのかも知れない。たくさんの私がいるのとと同じように、たくさんのあなたが世界中に、地球上にいて、いまはあなたの形を取っているだけ。そう考えると、あなたはあなただけじゃなくて、大勢のあなたが存在してるんじゃないかしら。

××××××××××××

あら、もう答えを言ってもいいかって? まだ途中なんだけど、まあ分かったならいいわ。




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Yuki

結婚を20年で卒業。趣味は農民、スロー旅、映画を見ること、書き物。ワインバーを17年やり、45歳で稲作へ。元夫の武司くんと民泊やってサトナカ売ってます。ペットは鶏、夏はツバメが飛び回る部屋で暮らします。農耕の話、男女の話、結婚の話、時々小説。ヘッダー画像は伊勢神宮の神田。女です。

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