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時代なんて、簡単に変わってくれないから

5月。
時代が平成から令和になりました。

時代が変わったと多くの人が感じていると思いますが

本当にそうでしょうか?

いまだに変わっていない部分だって、たくさんあるはず。
特に、日本におけるヘルスリテラシーは先進国の中でも底辺のレベルです。

・緊急避妊薬の販売が市販化されていないこと
・医療費、介護保険料の財政圧迫
・寝たきり高齢者の増加

数えだしたらキリがありません。
みんな、病院に行けばなんとかしてもらえると思っています。

中でも、性別関係なく性やそれにまつわる問題や病気についての理解と認知が、あまりにも低い。

こんな話を友人の篠原舞さんとしていたところ

・正確な情報を届けるメディアを作りたい
・不安や問題に寄り添えるような空間を提供したい
・どんな選択も否定せず、見守ってくれる人たちがいることを知って欲しい

という理念が一致し、このたびヘルスケアメディアをたちあげることにしました。

それから、もうひとつ。
篠原さんにも黙っていましたが
私には、叶えたいことがもうひとつあります。

ただ、それを説明するには、20年前まで話を遡らなければなりません。
少し長くなりますが、お付き合い頂ければ嬉しいです。


チェック柄のミニスカート

あれは、私が11歳の頃。
季節は秋。

そろそろ初恋が始まるような年頃ということもあり、あの日はお気に入りのチェック柄のミニスカートを履いていた。

小学校からの帰り道

いつものようにマンションのエレベーターに乗ろうとしたところ、知らない男が一緒に入ってきて、後ろからガツンと頭を殴られ、押し倒された。

必死に抵抗しようとするれど、たかが小学生。
殺されるかもしれないという恐怖で、声も出せず、身体も硬直して動かないまま。

スカートと下着が破かれる音がして、下半身に違和感と痛みを感じたあと、私は、そのまま気を失います。

目が覚めた時には、男はもういなくなっていた。
私は寝たままの状態でエレベーターの天井を見つめたまま。

グレーのようなベージュのような何とも言えない壁の色味。
エレベーターのくすんだあかり。

エレベーターの表示を見ると、当時住んでいたフロアについていた。
どうやらボタンは押していたらしい。

なんとか起き上がり立ち上がろうとするけど、腰にも足にも力が入らず立ち上がれない。
何度やっても立てない。

ふと下を見下ろすと、スカートはビリビリに破けていて血まみれ。

当時、私は性犯罪については何も知りませんでしたが、何かよくないことに巻き込まれたんだろうという確信だけはあった。

もう仕方がないので、ハイハイで自宅まで進む。

当時住んでいた部屋は、エレベーターから一番遠い場所にあったせいか、その距離が途方もなく遠く感じた。

やっと家について壁をつたって膝立ちになり家の鍵をあける。
ドアの前でうずくまっていると母が来て

い、いま……知らない男の人がね……

と、蚊の鳴くような声で話し始めた瞬間、母の顔色がみるみるうちに真っ青になっていく。

看護師という仕事柄、亡くなった人の顔もたくさん見てきたが、あれほど顔色の悪い人をみたことがない。

母はなんとか事の次第を私に聞こうとするが、もう頭の中が混乱してうまく話すことができない。

なんとか一段落ついて、立ち上がれるようになった時

これは警察に行ったほうがいいことなんだけど、行ける?

と、言われた。

母にそう言われてしまっては、子どもの私はお付き合いしなくちゃいけない。

早く着替えたかったし、シャワーも浴びたかったけど、母は警察から帰ってきてから、と私を諭す。


カツ丼ではなくおにぎり

母の運転で警察へ。

中に入ったら女性の警察官が出てきて「怖かったでしょう、もう安心してね」と言われた。
そこでようやく、さっきのはやっぱり危険なことだったんだと再認識する。

続いて、話をする部屋に通される。
そこには、おにぎりが用意されていた。
カツ丼じゃないの?と一瞬思ったけど、刑事ドラマの見過ぎだった。

そうか私は被害者、加害者じゃない。

そこでようやくお腹がすいていたことを思い出す。
貪るようにおにぎりを食べてふと外を見ると、すっかり真っ暗になっていた。

おにぎりを食べてる間に、女警察官は巧みにさっきあったことを私から聞き出し、メモをとっていく。
母は俯きながら隣で黙ってそれを聞いている。

それから女警察官は
「お母様、ちょっとこちらへ」
と、母だけを別室に案内する。

私の前には、私の相手をするためにやってきたであろう若い女警察官がやってきた。
きっと私には言えない大人だけの話が必要なんだろうと察し、その警察官と他愛もない会話を始める。

母が帰ってくる。
そこで着替えをするように言われ、着ていた服は警察に回収された。
当時、私にはこの意味がわからなかった。

家に帰る頃には、私の混乱も落ち着いていた。
何より、普段の私に戻ることが周りの人にとって一番いいことなんだろうと、子どもながらにわかっていた。

ただ、どうしようもない変化がふたつあった。

ひとつは、タンスの中からスカートが全部消えたこと。
きっと、母がこっそり処分していったのだと思う。

私もスカートを履くことは、ああいう目にあうリスクが増えるとなんとなく認識していたので、それに同調することにした。

可愛いよりも安全が最優先。
この頃からそんな価値観がうまれた。

以前、可愛いに関してこんなnoteを書いたのだけど、その理由もここにある。

写真を見返すと、高校生まで私服でスカートを履いているものが1枚もない。持っているスカートは学校の制服だけだった。

そして、ふたつめは、始まっていた生理が止まったこと。
今回のショックで止まってしまったのでしょう、という医師の判断だった。

結局、私の生理が再開するのは、中学生になってから。
その後も不順を繰り返すことになる。


2度目のショック

時は流れて中学3年生の冬。
高校入学を控えて学校では性教育が始まった。

初潮や月経、セックス、避妊、コンドーム、性犯罪……

私は非常に健全な中学生だったので、このあたりではじめてこれらの単語と意味を知った。

それは同時に、11歳の私の身に起こったことをちゃんと理解することでもあった。

私の身に起こったことは性犯罪であること。
被害者の多くが女性であること。
これがきっかけで妊娠してしまうこともあること。
性感染症のリスクがあること。
月経や妊娠に対し心的ストレスとなってのちのち影響してくること。

これは、私にとって非常にショックだった。

だって、私に起こったことを、大人たちは誰もきちんと説明してくれなかったから。

知らなくていいこと、知る必要のないことだと解釈されてしまったんだろう。
私は、自分の身に起こったことを、ちゃんと知りたかったのに。


性教育の帰り道。
自分の今の状況や、過去からの影響について考える。

ひとつは、生理周期が非常に不規則なことだった。
これに関しては、この件だけが原因じゃなく、のちのち判明するPMSや子宮筋腫も影響しているせいでもあった。

保健の教科書には28日周期でくるなんて書いてあったけれど、そんなふうに生理がきたことなんて一度もない。

だからそろそろ生理なの…と言える友達が羨ましかった。
そろそろってなに?来る気配とかあるの?って。

それから、PMS(月経困難症)に関する諸症状にも頭を抱えていた。

この頃から、生理前〜生理中の下腹部痛・頭痛・吐き気に悩まされていてロキソニンが欠かせなかった。
あまりに酷い時は学校を休んだりもしていた。

もう、ベッドから起き上がれないのだ。

大学生になってからPMS・子宮筋腫どちらも診断されたけれど、やっぱりねとしか思わなかった。

ただの答え合わせだった。


心と頭の避難場所

中学生当時の私は隠キャで、クラスでもなるべく目立たないように過ごしているタイプの生徒だった。

友達だっていない訳じゃないけれど、群れるのは好きじゃない。
だから、ずっと本を読んでいた。

本はいつもそばにいてくれる。
私を否定しないし、傷つけたりもしない。

新しい情報や知恵、価値観を与えてくれる本、そして、その集合体でもある図書館が大好きだった。
もともと読書が好きなこともあって、中学〜高校時代は毎週のように図書館へ通い詰めた。

性教育を終えたあの日。
私は、ある決意をする。

自分の身に起こったことは、自分で情報を集めるしかない。
当時、私に何が起こったのかを、自分で検証することにした。

新聞から新書まで性犯罪やその対策に関する資料を集め始める。

そこで最終的にいきついたのが、医療だった。

とても難しい内容だったけれど、性や性教育に関する語彙がごまかされずにちゃんと書いてある。

どうして妊娠するのか
どうして犯罪になってしまうのか
どうして女性ばかりが被害に遭うのか

ただ、こういう本はだいたい貸し出し禁止で、自分でノートにメモをとるしかなかった。

そして、そのノートは誰にも見られてはいけないこともわかっていた。
この頃から、看護師っていい仕事かも…と気になり始める。


看護師という仕事を選んだ、本当の理由

看護師をしているとよく聞かれるのが

どうして看護師になったんですか?

という質問だ。
過去にも、いくつかnoteで言及しているが

私が看護師になった理由
看護師を目指したきっかけに、ストーリーを求めている人へ

本当の理由は、この件だ。
でも、人に言うようなことじゃない。

だから、適当にそれっぽいことをいってごまかしてきた。

出来るだけ、女性の多い職場で働きたかった。
もう、もう二度と、あんな目に遭うのはたくさん。

セクハラもパワハラも極力避けたかった。
その点、看護師の職場だって0じゃないが、圧倒的に女性が優位。

大きな組織であればあるほど、この辺りへの管理・対応が徹底している。
だから、大学付属病院に就職することを見据えて、そういう大学に進学した。

他にも

・将来、妊娠できるんだろうかという不安
・生涯独身でも困らない、女性性を活かせる仕事
・キャリアに逃げられる職種

という理由で看護師を選んだ。

働いてみると大変なこともあるが、私には結構合っている職種だった。


看護師になってわかった、オトコのこと

CARE ME!では、男性のセクシャルな問題にも触れていくつもり。

というのも、看護師になってよかったことのひとつに、男性も自分の性やセクシャルな問題に関してコンプレックスを抱えていることを知れたから。

むしろ、女性よりもデリケートでナーバス。

むしろ、プライドとエゴが強いので、なかなか現実や病気を受け止められない人が多い。そうすると、治療もなかなか進まない。

包茎やEDをはじめ、彎曲症や無精子症…
みんな口に出して言わないだけで、こっそり病院に通って治療、場合によっては手術を受けている。

男性同士、女性同士のほうが、それぞれのセクシャルな部分の違いを比較検討なんてする機会もないから、そのあたりもアプローチできたらいいな。


人生を充実させるために、必要なこと

記憶も経験も、消すことはできません。

私自身、このことを書こうと思いはじめて7年。
結局、こうやって言葉にするのに20年もの時間を要しました。

正直、あの時の光景や気持ちがフラッシュバックして
PCを叩く手が何度も止まりましたね。

それだけ、心や身体へのダメージは大きく
消えることも癒えることもない、ということ。

もう、一緒に生きていくしかないんです。


だから

そういう自分を、自分でケアすることが必要なんだと思います。
残念だけど、自分の周りの環境を100%安全にするなんて、できないもの。

ヘアケア、フェイスケアと同じように
心と頭も自分でケアする習慣を。

さすがに心と頭にクリームは濡れないけど
情報や知識、コンテンツを入れてあげることが
そのままケアになるはずです。

そういう思いで、新しいメディアを立ち上げることにしました。


ここで、CARE ME!の目指すところをお伝えさせてください。

1、かかりつけの病院のようなメディア

CARE ME!の記事はすべて看護師が執筆しています。自分の身体についてどうしようもなく不安になったとき、悩みを抱えているときに看護師に相談に乗ってもらっているような、かかりつけの病院のようなメディアを目指します。

2、どんな意見や選択も否定しない

医療にも健康にも正解はありません。大切なのは、自分で情報を見極め、自分の意思で決めること。CARE ME!はみなさんが決断する上で材料となる情報を提供し、「こうするべき」という意見を押し付けません。

3、本当に読んで欲しい人と一緒に読める

自分の身体について自分自身が誰よりも知っていることが理想ですが、同時に家族やパートナー、周囲の人などにも知ってほしい場合もあると思います。そんなときにシェアできる情報を発信します。


もうひとつ、叶えたいこと

この記事の最初に、もうひとつ叶えたいことがあるとお話しました。
それは、自分で考えて行動できる人を一人でも多く増やすこと。

これはそのまま、自分で自分をケアすることに繋がりますし、人生の終焉を迎えた時、自身の人生への満足度が高いです。

だって、全部自分で決めてきたから。
自分の選択を肯定し続けた結果が、今の人生だから。


ただ、誤解してほしくないのは、品行方正に生きなさいと言いたいわけじゃないこと。

別に、避妊に失敗してもいい。
だって、男女双方に理由があるもの。

中絶手術だって必要だよね。
愛し合っていても、みんなそれぞれ事情があるもの。

タバコを吸いながらの低用量ピル内服は推奨されませんが、看護師の友人でタバコを吸いながらピルを飲んでる人だっています。

そう、プロだって自分の身体となれば、そのコンプライアンスはこんなもの。

誰だって、失敗や過ちはあります。

でも、このメディアに出会った人は、失敗しても受け止めて、次から回避できるようになってほしい。

自分を守るのは自分。
知は力なり、を実践できる人になったらいいなと願うばかりです。


おわりに

時代が変わるのは
年号が変わるからじゃありません。

わたしたち、一人ひとりの意識が変わり
行動が変わっていくからです。

そのために、まずは自分のケアをしっかりと。
そして、それを自分のしあわせに繋げてください。


どうか、あの頃の私と同じような女の子に
そして、性に関する不安や問題で悩んでいるすべての人に

このメディアが届きますように。
どんなライフイベントも肯定される世の中になりますように。

そして

みんなが自身の人生を、自分でケアしていけますように。


ナースあさみ

貴重な時間を使い、最後まで記事を読んでくださりどうもありがとうございます。頂いたサポートは書籍の購入や食材など勉強代として使わせていただきます。もっとnoteを楽しんでいきます!!