マガジンのカバー画像

20世紀の旅の記憶-1987年 中国編

77
50代サラリーマンです。 私がまだ「青年」だった頃、1987~1999年、20世紀に旅した海外旅行の思い出を書き残しておきます。 記憶を手繰り寄せて、旅心を取り戻すために。
運営しているクリエイター

記事一覧

ハミ、エイティガールモスクで記念写真を撮って公務員のあんちゃんと別れる 1987.9

空色と深緑色のタイルで彩られたモハメド・ビシル廟の隣には、まったく違った洋式の木造建築が…

3

自転車の公務員と二人乗りでハミ王墓へ 1987.9

明朝の鉄道出発時間まで半日ある。ハミ(哈密)は新疆ウイグル自治区は西にあるので、日暮れま…

3

ハミ、屋台で激辛清真麺に咳き込む 1987.9

昨夜は列車の床に寝転がって足を伸ばせたので、気持ちのよい朝を迎えることができた。ハミ駅(…

1

列車の床に寝転がってウルムチからハミへ 1987.9

ウルムチからさらに西に行くことも考えたが、予算的に厳しそう。ここから東に転進して、天山南…

1

ウルムチでウイグル語のハンコを作る 1987.9

ボゴダ峰登山の翌朝、ぐっすりと寝たので気持ちのよい目覚めだった。上海上陸以来、ここまでの…

2

天山山脈の主峰・ボゴダ峰に登る 1987.9

ボゴダ峰(5,448m)は天山山脈の主峰。白い頂きが青空に輝いている。一日かけで雪渓までガイド…

3

天山天池、カザフ族のパオの夜 1987.9

天池は、中国人の多くの旅行者は湖の北にある展望台から、青い湖の先に雪を抱いたボゴダ山を見てその日のうちにウルムチに帰っていた。一方、日本人と香港人のバックパッカーは、湖の遊歩道を数キロ歩いたところにある、カザフ族が経営するキャンプ場で1泊した。 カザフ族は中央アジアの民族で、現在、カザフスタン共和国に約800万人、新疆ウイグル自治区に130万人が住んでいる。カザフとは「部族を離れた自由な人」「放浪者」という意味を持ち、20世紀初めまでは移動可能なユルト(パオ)に住む遊牧民族

80年代の人気行事、大学3年生・夏の海外旅行

1980年代、大学3年生の夏の海外旅行は、卒業旅行と共に人気の行事だった。中国各地で大学3年生…

7

風光明媚な観光地・天山天地へ 1987.9

ウルムチに着いた翌日には、風光明媚な観光名所・天池に向かった。中国にはもう一つ天池があり…

5

新疆の大都会ウルムチへ 1987.9

新疆ウイグル自治区のオアシス・トルファンには1週間滞在した。旅の目的地の一つがこの町だっ…

1

ホテルの中庭で見たウイグル族の舞踊ショー 1987.9

トルファン滞在最後の夜、トルファン賓館の中庭で、滞在客向けにウイグル族の舞踊ショーが開か…

3

トルファンの暑さにやられて寝込んだ 1987.9

1987年の中国旅行の記憶をたどり、この「日記」を書き始めたのが2019年1月下旬。1年が過ぎた。…

3

オアシスを潤す地下用水路「カレーズ」 1987.8

トルファンの半日ツアーは、炎天下、主に遺跡を中心に見どころを巡った。ツアーの中で一服の清…

トルファンもう一つの廃墟「交河故城」 1987.8

トルファン郊外の観光名所を巡るツアーでは、2つの都市の廃墟を訪れた。一つはすでに書いた高昌故城、もう一つが今回書く交河故城だ。 廃墟という点では、2つの故城は同じような風景に見えた。交河故城は台地の上にあり、外側が断崖になっているのが特徴。街全体が防御に秀でた城跡のように見える。街全体が細長い葉っぱの形をしていて、葉の外側が河になっている。先端はまさに「河が交わって」いる。 中国でただ一つ残る漢代からの都市遺跡であり、版築で築かれた点で世界最大・最古とされる。 版築(は