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ハミ、エイティガールモスクで記念写真を撮って公務員のあんちゃんと別れる 1987.9

空色と深緑色のタイルで彩られたモハメド・ビシル廟の隣には、まったく違った洋式の木造建築があった。

歴代の執政が眠る台吉墓だ。「台吉」とは、清代に清王朝がモンゴルの王侯・貴族に与えた一種の爵位。

清朝末期から中華民国初期に建てられたもので、漢族、モンゴル、イスラムの各様式が混在しているのが興味深い。

モハメド・ビシル廟と台吉墓に向かい合って平屋のモスクっぽい建物があった。中に足を踏み入れたところ誰もおらず、コンクリートの広間となっていた。広間の縦横に、赤い柱が約5メートルおきに並んでいる。周囲の壁には、花を活けた花瓶のような文様が描かれていた。

帰国後に調べるとハミ最大のモスク「エイティガール寺院」であることがわかった。初代ハミ王であるウバイドゥッラーの治世に作られたモスクで、広間は東西60メートル南北38メートルに及ぶ。赤い柱は108本もあるらしい。

ここまで私を自転車に乗せて連れてきてくれた公務員風のあんちゃんは、相変わらず建物の外で暇をつぶしていた。きっと仕事中なので、これ以上付き合ってもらうのは申し訳なく、ジェスチャーで感謝の気持ちを伝えた。

別れる前に「エイティガール寺院」の前で肩を組み、自動シャッターで一緒に写真を撮った。

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