イグアナ15

その日から、真一郎は、朝早く出て夜遅く帰るようになった。年末の大掃除を業者に委託する会社や、一般家庭が増えたためだ。

下手すると土日も仕事に駆り出されて、夜ぐったりなり、泥のように眠る。これはブラック業者では無いだろうか?と、私は何度も言うが、年末で少し忙しいだけだ。と、答えるだけだった。私は、とても心配になった。過労のため、倒れはしないかと、内心はくはくしていた。このひと月で辞めると、社長には報告してあるから、最後まで責任をもって仕事を全うしたい。どれだけ、誠実な人なのだろう。

私の誕生日が、明日という時、彼は、笑顔で、
「明日は、定時に帰るよ。優子さんの生まれた特別な日だからさ。僕の手作りディナーでお祝いしよう!」

12月23日、とても寒い朝だった。
「今日は、一般家庭の1件だけだから、早く帰れると思う。買い物は、僕がして来るから。優子さんはみどりさんのお世話よろしくね!」

みどりさんは、すっかりに懐いていた。名前を呼ぶと、反応してケージから出せとアピールする。私はみどりさんを抱いて、玄関で真一郎を見送った。

ところで、失業保険の申請をして来年までにゆっくり仕事を探そうと思っていた。パソコンで、カフェの情報を検索し、いくつかメモをして置く。年明けに、問い合わせるつもりだった。
ほとんど家にいて、みどりさんと過ごす。ゆったりとした時間が流れた。

その日の午後、突然母と吉田くんが訪ねてきた。
「もう!突然こんといてほしいなぁ。」と私。
「そやかて、いつ行くからって言うてもあんまりいい返事返ってこうへんやろ!」母の隣で吉田が、申し訳無さそうに手を合わす。それを見て母は、更に興奮して、「娘の家や。入るで。」私をおしのけて玄関へ入った。
玄関の、男性用のスニーカーを見て、母は、更に興奮する。
「何も連絡こんと思てたら、彼氏とおったんか!どんな人や?ちゃんと説明してもらおか!」
とりあえず、母達を中へいれた。玄関先で、話せることではない。
部屋に入った途端、母は、悲鳴をあげた。
「何その緑のトカゲみたいなの!」
母の悲鳴にケージの中でみどりさんが、怯えているように見えた。
「そんなに驚かなくてええやん。この子はグリーンイグアナで、見てくれは怖そうだけど、大人しいんやで。外に出したるから触ってみる?」
母は、ひぇーと叫び、断固拒否。

みどりさんも怯えているようだったので、ケージからは出さなかった。

「今日は、あんたの誕生日やからな。プレゼント用意してたけど、来ないって言うから寒い中来たんや。あんたのこのひと月の間になにが起こったか説明してもらおか!」

とりあえず、コーヒーを入れ、心が落ち着くのを待ってから、今までの一部始終を話した。母は、目を丸くして驚いていたが、最後まで話した後には目に涙を滲ませていた。

「優子に、良き理解者ができたんやなぁ。」しみじみと言った。そうそう、とトートバッグからリボンをかけた包みをだして、
「これ、あんたに私と卓くんから誕生日プレゼントや!最近急に寒くなったからなぁ。風邪に気をつけや。」

包みを開けてみると、赤のセーターだった。
「ちょっと派手かと思ったけど、明るい色着てたら気持ちも明るくなる。」

「ありがとう。」私は素直に感謝した。

その時、突然スマホがなった。見慣れない番号に不安がよぎる。恐る恐る電話に出る。

けたたましくサイレンの音が、聞こえてくる。それを遮るように、「こちら、花町消防署の救急隊ですが、中村真一郎さんの御家族様でしょうか?」予期せぬ相手に声が出ないでいると、横から
「貸して!」吉田が代わりに話を聞いてくれた。動悸が止まらない。何か事故に巻き込まれたのだろうか?
電話を切った吉田は、真顔で言った。
「仕事中、中村さんが倒れたらしい。花町総合病院へ搬送途中だという話だ。優子さんすぐ病院に行った方がいい。俺たち車で来てるから、送ってやるよ!中村さんの保険証やら着替えやら用意して!」私は頭は真っ白だった。言われるがまま用意をして玄関を飛び出した。
母は、とりあえず家に残ることになった。

この記事が参加している募集

スキしてみて

今はまだ修行中の身ですが、いつの日か本にしたいという夢を持っています。まだまだ未熟な文章ですがサポートして頂けたら嬉しいです。