イグアナ21

年明けから、ドタバタと忙しくなった。
とりあえず、アパートで断捨離。ほとんどリサイクル業者に引き取ってもらった。
何も無くなった部屋で、こんなに広かったんだと、改めて思う。ひと月半、真一郎達が突然住むことになるまで、家具も必要最低限のものしかなかった。ひと月半の間にかなり物が増えていた。窓の下にケージの後が残っている。「うちに来る?」という提案は、間違いではなかった。最後に小さなボストンバッグひとつが残った。

今日は、母がどうしても実家から私を送り出すと聞かず、吉田との愛の巣に泊まることになった。
「よし!」私は玄関のドアを開けた。1月の冷たい風が顔を撫でる。ますくをして、しっかり防寒服に身を包み、駅へと向かった。

半年ぶりの実家だった。分譲マンションで出るのはもったいないからと、吉田が引っ越して来る形になって、私はそんな中に居られないと一人暮らしを始めたのだ。

このご時世であるからこんなむちゃな事をする家族はほとんどいないだろう。

非常事態宣言解除から、半年経ち、マスクをしている人はいるものの、いつもと変わらない年明けだった。

マスクを奪い合ったあの頃を思い出し、結局自分が一番大切なんだと思い知った。小さな思いやりさえ持つ余裕がなかった。周りから浮いた存在の私でさえも、視野がせまくなっていた。

だけど、真一郎とみどりさんのお陰で、私は、ひととして、大切なものを見失わずに済んだ。電車から見える風景も見納めだ。悔しくて歪んだ風景も今では懐かしい。

ピンポーン

「おかえり。」

母の笑顔が眩しく写った。

「ただいま!あれ?吉田くんは?」
「卓くん、今日は夜勤やで。シフト変えられたのに今日は、母娘水入らずで過ごしてってさ。明日は、私と優子をあちらに車で送るって。」
「夜勤明けで大丈夫なん?」
「大丈夫やて!仮眠とるし、安全運転するって。言い出したら聞かへんからな。優子もし事故で死んでも恨まんといてな!」
「もう!その悪い冗談辞めてよ。まぁお母さんのお腹には大事な命がいるから慎重に運転するやろうけど。」

母のお腹を触る。前より少し大きくなっていた。
「みんな、あんたが無事生まれるのまってるで。お母さんもお父さんも、お姉ちゃんもな。」

2人きりの夕食。私の好きだったオムライス。チキンライスに薄焼き卵を巻いたのに、ケチャップで、ハートマーク。子供の頃は、このオムライスが大好物だった。
「久しぶりやなぁ。私の好きだったオムライス。」昔と変わらぬ味にジーンとした。これを食べたら嫌なことも忘れられたから。
「今度は優子が自分の子供につくるんやで。子供の笑顔は、親の幸せやからな。」

「あのおー結婚式明日やし、まだキスしかしてないんですが。」
「あはは。真一郎さん、本当に優子のこと大切に思ってるね。素敵な人と出会えて私も嬉しい。天国のお父さんもきっとよろこんではるわ。」

静かな時間は流れた。

口火を切ったのは私だった。

「お母さん、今まで育ててくれてありがとうございました。私幸せになるね。」

無駄な事は何も無い。今までもそして、これからも。

この記事が参加している募集

スキしてみて

今はまだ修行中の身ですが、いつの日か本にしたいという夢を持っています。まだまだ未熟な文章ですがサポートして頂けたら嬉しいです。