イグアナ20

海岸線沿いを電車が走り抜ける。冬の海が波飛沫を上げ岩にぶつかる。
房総半島は、都心に比べれば暖かいというのは私の勘違いだったのか。

「今日は、荒れてるなぁ。僕達を歓迎してるのかなぁ。いつもは穏やかな海なんだ。」車窓を流れる景色を眺めながら、真一郎は呟く。
「真一郎さんの生まれ故郷、千葉県だったのね。都心から意外と近いのに、今まで帰省とかしなかったのね。」
「だって、親父がお前の気が済むまで帰って来なくていいって言うからさ。もう五年以上帰ってない。この前さ仕事辞めて親父の後継ぐって言ったら、電話口で鼻をすする音が聞こえたんだ。その後あってほしい人がいるって言ったら、横からお袋が受話器を奪ったらしくて、今度はもう質問攻めだよ。でも喜んでくれたよ!」綻ぶ真一郎の顔がお日様のように見えた。
「ところで優子さんに聞きたいことあったんだけど、優子さんのお母さんって関西の人?」
「そう。父が生きていた時は大阪に住んでたの。だからさ。母と喋ってたら、私も関西弁になる。ちちは、私が小学校3年の時にガンでなくなったの。夜も昼もいないから何やってたんだろと思ってた。実は大学病院の看護師だって最近知ったの。父がなくなった後私達はこちらにでてきたからね。」私は太平洋を見つめる。

「苦労したんだ。お母さん!母子家庭でよくこんないい子に育てあげたな。僕なんてのほほんとしたもんだったから。でも、これからはもう大丈夫。」
「ホントかな。これからお父さんの後継いで、一人前になる迄かなりかかりそうだけど。うん!私もカフェの勉強頑張ってする!お互いに一人前になってお父さんのカフェを盛り立てて行こうね。」私は拳を振り上げておー!
幸いにも近くに乗客はいなかった。

最寄り駅に降り、改札を抜けると、潮の香りが走り抜ける。

駅から脇道に沿って緩やかな坂道が続いた。その道路沿いにログハウスが見えた。明るい黄色の看板が近づいてくる。
【Cafeしおかぜ⠀】

真一郎のご両親のいるお店。

私は背筋をぴんと伸ばした。
木の階段を上りドアを真一郎が開ける。
香り立つコーヒーと、焼きたてパンの香り。店内は陽だまりのようだ。

「いらっしゃい。空いたお席へどうぞ!」明るい声が奥から聞こえた。

出てきたのは真一郎の母だった。

「あらまぁ、もっとゆっくり来るって言ってたのに早く着いたのね!あら、ちょっと背が伸びた?あら、隣のお嬢さんが…真の婚約者?」真一郎の母は、慌てふためく。
私は深く頭を下げて、
「はじめまして、田中優子と申します。」笑ったつもりの顔がひきつり熱くなる。
「あらまぁ、綺麗なお嬢さん!真が連れてくるって言うから、どんな娘かと思ったわ。ちょっとお父さん!真が帰って来たよ。」
厨房から、ゆっくり父親が出てきた。
陽だまりに花が咲いたみたいに明るい笑顔。

「おかえり〜!一人前に婚約者なんて連れてきて。またお前にもったいないくらいのお嬢さん。真、これから彼女のためにお前をビシビシ鍛えるからな。」
「分かってるよ!僕に守るべきものが、沢山ある。だから僕を鍛えてください。しかし、何年も見ないうちに親父、頭薄くなったなぁ。」
「うるさい!お前も歳を取ればこうなるんだ!」少し上に禿げた頭を擦りながら、
「優子さんだっけ、こんなバカ息子で本当にいいの?もっといい男いっぱいいるだろうに。」

「私は真一郎さんに出会えて救われました。ずーっと本当の自分を隠して生きてきたから。真一郎さんのお陰で自分の居場所を見つけられました。感謝します。この世に真一郎さんを生まれさせてくれたご両親に。」
いつの間にかケージからみどりさんを出して抱いている真一郎に、目をやる。両親は驚くかと思われたが平然としている。
「やっぱりそれ、連れて帰ったのか?」真一郎の父は苦笑いする。
「当たり前だろ。家族なんだから。」
母親も呆れ顔だ。

「もう驚かないわよ!幼稚園の時弁当箱にイモリを入れて帰って来た時は腰抜かしたけど。優子さんは、こういうの平気なの?」
「はい!爬虫類大好きなので。」
私は真一郎からみどりさんを受け取って膝の上に乗せた。

「なるほど!似たもの同士ってことね。優子さん、今日は、泊まっていける?」母親は私に優しく微笑んだ。
「はい」私は顔を赤らめて返事する。
「今日はもう店じまいしましょう。」
明日は、大晦日。毎年このカフェは常連客とカウントダウンして、新年を迎える。

今年もカウントダウンは、決行するらしい。私は新年までここに留まることにした。

夕食は4人で、協力して、作る。
「優子さん、手際いいね。」
「そんなことないです!真一郎さんの方が料理も上手いし、私もっと勉強しないとなぁって思ってるんですよ。」
「だったら、真とここで勉強すれば良い。言っておくが、俺は厳しいよ。」「そうだ。優子さんさえ良ければそうして欲しい。あのさ、年明けから、優子さんカフェの修行する所探すって言ってたんだ。」

「なら、ちょうどいいじゃないか。こんな素敵なお嬢さんと離れ離れになって、もし、お前よりいい人が出来てみな?釣った魚は大きかったって泣くのが目に見える。真、優子さんと離れちゃダメだ。」父親は、真顔でいう。
「私、真一郎さんを裏切ったりしません。でも、ここで修行させて頂けるのなら、どんな辛い事も乗り越えられそうです。」

「じゃ、決まりだ!年明けに、荷物まとめてこちらにおいで!カフェの弟子入りと嫁入り、まとめてやろうじゃないか!」

話はトントン拍子に進んで、年明け早々、結婚式を挙げる事となった。

私はとりあえず、引っ越しの準備もあるし、母に報告するため、アパートに戻る。母は、特に驚いた様子もなく、「良かったなぁ。おめでとう!私もこれで安心して出産準備に専念出来る。」
「その前に、私と一緒にバージンロード歩いてな。小さな教会で結婚式挙げるから。まだお腹も大きくないし、大丈夫やろ?」
「仕方ないか、優子に半年前一緒にバージンロード歩いてもろたし。まさかこんなに早く優子が嫁に行くとは思ってなかったけど。優子、幸せになりや!」母の目から涙がスっーと流れた。

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今はまだ修行中の身ですが、いつの日か本にしたいという夢を持っています。まだまだ未熟な文章ですがサポートして頂けたら嬉しいです。