イグアナ18

病院からはタクシーで、家までかえる。病み上がり、電車と歩きは大変だろうと、判断したから。

「タクシー代分でお肉買えるよ。病院食は味気ない!」真一郎は、そういったけれど、荷物もあるし、うちの前まで送って貰った。

「お大事に!」タクシー代のお釣りを渡しながら運転手が微笑んだ。
「運転手さんも、インフルエンザ流行ってるから気をつけて!」
ビニールのカバー越しにそう行って、車から降りた。

ビューンと冷たい北風が顔を撫でていく。ブルンと身震いし、私は玄関の鍵を開けた。

家は最近ずっとエアコンをつけっぱなしにしてある。イグアナは、寒さに弱い。私も寒いのは嫌い。

「ただいま、みどりさん。あなたのご主人様が帰って来たよ。」

みどりさんは、じっとこちらを見つめている。早く出せと、言っているみたいだ。
うがいと手洗い、着替えを済ませ、真一郎は、ケージからみどりさんを出した。
「改めて、おかえりなさい。この前は本当に心配したよ。それから素敵な誕生日プレゼントありがとう。これ高かったでしょ?手紙だけでも良かったのに。」
赤いセーターの胸元の、イグアナのブローチに目をやる。
「ごめんね。誕生日一緒にすごせなくて!」
「いいの。母と吉田くんが昼間来てくれたし、あの手紙は目の前で読まれたら真一郎さん恥ずかしいでしょ!」
真一郎は、顔を真っ赤にしていた。みどりさんを撫でながら、
「まぁね。でも、あれが僕のねがいであり、今の気持ちだから。」私は頷いた。あっ!私は立ち上がり、タンスの小引出しから茶封筒を取り出して、
「これね、清掃業者の社長さんが直接家まで届けてくれたよ。今月の給料とほんの少しだけど賞与だって。ブラック業者かと思ったけど、私の考え違いだったみたいね!」
「あの社長さんは苦労人なんだ。従業員と共に現場に出て働いていた。あの背中を僕は親父の背中と重ねていたような気がする。」真一郎は、遠い目をした。
茶封筒を開けて、目を丸くする。

えー!

私も少し覗くと、1万円札が沢山入っていた。数えてみると335000円。

「これは貰いすぎだ。社長に電話してみるわ。」

真一郎は、電話をかけながら、何度も頭を下げていた。
その間に私はコーヒーを入れる。久しぶりのコーヒーカップがテーブルに2つ並ぶ。
電話を切って、真一郎がテーブルの前に座る。
みどりさんをケージに戻し、
「休み無しで働いてくれたし、これから引っ越しやら色々お金いるだろうからってさ。また、いつでも戻って来てって!」
「真一郎さんの真面目で一生懸命さを買ってくれてたんだね。」
真一郎は、いつの間にか私の隣に座っていた。
コーヒーを一口すすり、
「でさ、あのぉー優子さんの気持ち聞かせて欲しいんだけど。」

モゾモゾする真一郎にうふふっとわらう。が、真顔になって
「私もあなたが望むなら、この先ずっと一緒に生きていきたい。あなたのご両親にお会いできたらあなたに出会えたこと感謝します。うふふっ何だか恥ずかしい。」
真一郎は、私の肩にそっと手を回した。そして、
「少しだけ、目を閉じてて!」
私は頷いて、静かに目を閉じた。
唇と唇をあわせる。
湯気立つコーヒーにの香り。

「僕の初キッス。」真一郎は、耳まで真っ赤になっている。
「嘘だぁ。初めてにしては慣れてるよ。」
「みどりさんとは毎日してたけどさ。僕の趣味変わってるから、今まで彼女なんてできたことないんだ。優子さん本当に僕で良い?やめるなら今のうちだよ!」
私はクスッと笑う。
「何言ってんの!人の初キッス奪っといて!私も真一郎さんと同じだから。」
私も顔が熱くなる。
再び、私達は唇をあわせた。長い時間抱きしめ会った。

みどりさんは、そんな私達を見つめている。

幸せになってね!

私にはそう聞こえた。穏やかな時間が流れた。
「改めて、誕生日のお祝いしよう!」すくっと真一郎は立ち上がった。
「もう病み上がりなんだからね。無理しないで!」
「無理はしないよ。臨時収入入ったからさ、優子さんのお母さんたちも呼んですき焼きでもしよう!僕優子さんのお母さんにご挨拶してないし。」
「分かった!連絡を入れるよ。だけど真一郎さんは座っといて、私が、準備するから。」

夕方、母と吉田が訪れた。

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