ふたりはエスプリ__20191106233246

エピローグ いつかのあたしたちは

「サナちゃん!」
 小さな部屋に、ふたり暮らし。
「ねぇ見てサナちゃん、誕生日プレゼント! あ、あとね、遅れちゃったけどハッピーハロウィン!」
 ファンシーな寝間着姿の天野セナは、満面の笑みを浮かべた。
 リボンでラッピングされた袋をひとつずつ、両手に持って。
「どっちが誕生日で、どっちがハロウィンのプレゼントなの?」
「どっちがどっちなのか忘れた! えっへん!」
 セナは何故かドヤ顔だった。
 それから少しして、彼女は首を傾げた。
「ん? サナちゃん? 瀬奈ちゃん?」
「馬鹿ね、いいってばサナで。どうせ頭こんがらがるでしょ」
「あ、じゃあサナちゃん。サナちゃんはこれからもサナちゃん」
「ふふっ。本当……あんたって可愛い」
 グツグツと煮えたぎる鍋を囲みながら、サナは頬を赤らめた。
「明日も寒いっていうけど頑張ろうね! ほら! ほら、頑張れのハグ!」
 と叫ぶと、彼女はプレゼントを持ったままサナに抱きついた。
「う、うん……嬉しい」
「わーい今日のサナちゃん素直だぁ」
「……中身、見てもいいの?」
 セナはコクリとうなずいた。
 誕生日プレゼントと称された、小さいピンクの袋をサナは開けた。
 そして彼女は一瞬だけ固まった。
「……胃薬」
「うん」
「えらく生々しい実用性を伴ったアイテムだね」
「それがねぇ」
「まさか、こっちの袋を開けるとファンタジックになるとか……?」
 恐る恐るサナがもう片方の袋を開けると、彼女はワナワナと震えだした。
「やたらでけぇと思ったら、ほ……ほめウサちゃんの部屋着と、ほめウサちゃんのぬいぐるみチャームのダブルコンボ……!」
「そうね。チャームはカバンに着けると可愛いよね」
「あ、あぁあんた……ま、まさかあたしのスマホを覗き見してたの……!?」
「ごめんねぇ」
 セナは肩をすくめながらもニヤニヤしていた。
「でもサナちゃんがこのキャラ好きなの分かるよ。ほめウサちゃんは何でも褒めてくれる子だし、おまけにモフモフしてるからね」
「そ、そうだぞ。この子はモフモフだから好きなのであって、ピンク色してるから好きなわけじゃないんだからな!」
 妙なところが頑ななサナがあまりにも「サナちゃん」らしく映り、セナは顔をほころばせた。
「で、このうっすらコスプレ衣装じみた服は何よ、あたしに着ろっていうのか……!?」
「それは、サナちゃんがもっと元気になってから着る服だよ? 可愛いサナちゃんは、ボクが見てて楽しいから!」
 潤んだ瞳で微笑むセナは、横に座るサナの頭を撫でた。
「ちょっ、それは後にしなさいよっ。うどんが伸びるだろうが」
「えへへ」
 悪天候が続き、心身とも参っていたエスプリは「楽しいこと」をしようと考えた。
 それが……この、やや変わった誕生日会である。
「あははは、すごーい、何だこれ。うどんときしめん一緒に食べるの面白いねぇ」
「……けんちんに見えてジャガイモ入ってるっていうのもどうよ」
「あぁ何か肉じゃが感あるよ! ウケるわ。サナちゃんありがとう!」
 世の中の大多数からすれば、なんてことのないもので。
 女友達同士で密やかに、かすかにズレた日常を過ごしているように見えているだろう。
 それでも、ハフハフ言いながらうどんをすするセナの姿は、サナだけのものだった。

 あの日、サナは「アイドルではなくてエスプリになるの」と言った。
 それを誰にも邪魔されたくないから、ネタにすることでお金を稼げることになったとしても、自らの想い人のことは公にはしないのだと。
『目的ならもういいの。あたし、本当はあんたをそばで見ていたかっただけなんだから』
 わざわざ芸能界に留まる理由なんてないのと言って、新たな道へ進むパートナーを見送った。
 あれがエスプリの解散の日であり、Lシスのデビューライブの日だった。

「……『サナちゃん』、なぁ……うーん。本当は瀬奈ちゃんなんだよね。でもそれはボクと被るしわけ分かんないよ」
「『ボク』、なぁ」
 すかさずサナが返した。
「……『あたし』って言って、しおらしくしてるのは性に合わないのよ」
「あんた元からしおらしくなくない?」
「うぅ、ひどぉい」
「あからさまな泣き真似すんな」
 彼女たちは、鍋をつついてカラカラと笑った。
 何よりも普通で、何よりも特別だった。
「あのねぇ、ボクだって女子だぞ」
「そうか? 男になるとか言ってた奴が?」
「だって髪伸ばすもん。ふたりで白いドレス着たいんだもん」
「白い……ドレス……!」
 その意味を知ってしまったサナは、頬だけでなく耳まで真っ赤になった。
「で、でもセナは、アイドルやりたいからどうしても、芸能界辞めるのは嫌だって」
「嫌だよ? それと、サナちゃんと約束をすることのどっちもが欲しいっていうのはいけない?」
「あのなぁ、あたしが胃薬とほめウサを同時に欲しがるのとはちげぇんだよ」
 セナはふと、パートナーの瞳を見つめた。
 微笑んでいるのに、少しだけ泣きそうな顔をしていた。
「同じだよ、きっと……必要なもので、大切なもの」
 いつも耳をつんざくような大声で喋るはずのセナが、穏やかな口調で言った。

 だからこれからもそばにいて。


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