承久の乱の動画(高校レベル&文学部レベル)

承久の乱をテーマにした日本史オンライン講座を録画して、Youtube に公開しています。「大人のための高校日本史・後鳥羽上皇と承久の乱」は一般的な知識を得たい人向け、「研究者に学ぶ日本史・後鳥羽上皇と承久の乱」は文学部レベルの知識を得たい人向けに作っています。

三代将軍源実朝が公暁に暗殺され鎌倉幕府は危機に陥ります。1221年、後鳥羽上皇は義時追討をめざして挙兵しますが承久の乱で敗北します。北畠親房は神皇正統記の九条廃帝の治世で承久の乱をとりあげ、後鳥羽上皇の挙兵の是非を論じています。

源実朝と後鳥羽上皇は実朝の後継者に皇族将軍を迎える構想を持っていました。実朝暗殺によって構想は破綻、幕府は混乱し、摂家将軍を擁立します。後鳥羽上皇は鎌倉幕府を朝廷の統制下に組み込む好機ととらえ、挙兵に踏み切りました。承久の乱の敗北によって朝廷は軍事力を解体されてしまいます。後鳥羽親政から承久の乱までの過程を、大学講師が解説し高校教師が質問しながら学んでいきます。

超ハイレベル日本史は「研究者と学ぶ日本史120分版」から、20分程度ずつ切り出したものです。

後白河上皇が亡くなると、源頼朝は征夷大将軍に任命され、大姫・乙姫を入内させようとします。こうした源頼朝の行動にはどのような意味があったのでしょうか。「研究者と学ぶ日本史」の一部です。

源頼家の追放による混乱を収束させ、源実朝は権威の回復に成功した。実朝は後継者に皇族将軍を迎えようと考え、後鳥羽上皇はこの構想を歓迎する。ところが、実朝が暗殺され事態は急変した。

後鳥羽上皇は北条義時追討の院宣を発し、鎌倉幕府の改革をめざした。京都の御家人の多くが上皇に従ったにもかかわらず、承久の乱で京方が敗北したのは何故か。その原因を探ります。

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K.Matsumoto

日本史オンライン講座

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