空母天城の浮揚作業

天城は三菱長崎の建造。戦後の浮揚を播磨造船所が担当した。

1946年6月29日、空母天城、海側より撮影。

1945年7月28日、空母天城は呉軍港で空襲され大破、三ツ子島海岸で転覆した。戦後、播磨造船所が呉で沈没している艦船の浮揚作業を行った。
空母天城の浮揚工事を写真で紹介する。写真はモノクロであるが、自動カラー化している。

1946年6月29日、空母天城、陸側より撮影。

1946年11月15日、浮揚作業が始まった空母天城。艦橋が除却され、飛行甲板の後部も取り外されている。左舷に浮力を増すためのタンクが取り付けられて、傾斜が緩やかになっている。

1946年11月15日、浮揚作業が始まった空母天城の右舷。

1947年8月12日、浮揚に成功、造船所に曳航される空母天城。飛行甲板や艦橋は除却され、艦体だけになっている。浮かんでいる天城としては最後の写真か。

1947年8月30日、船渠で解体中の空母天城。飛行甲板が取り外され。エレベーターが見える。空母の構造がよくわかる。

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K.Matsumoto

播磨造船所で建造された船

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