藤原道長と摂関政 研究者と学ぶ日本史

清和天皇の摂政藤原良房、光孝天皇の関白藤原基経から摂関政治が始まり、藤原忠平が摂政から引き続き関白に就任する前例を作り、摂政・関白の職務が確立されていきます。摂関政のもとで天皇・摂関はどのように政治に関わったのかを学びます。

一家三后が実現した夜、藤原道長は即興で「この世をば我が世とぞ思う望月の欠けたることもなしと思えば」という和歌を詠みました。この歌は道長の御堂関白記ではなく、道長に批判的であった藤原実資の小右記によって後世に伝えられています。

「この世をば我が世とぞ思う」と詠んだ藤原道長。道長は彰子を入内させ外戚の地位をねらいます。道長の兄、道隆の死去によって定子は後ろ盾を失い悲劇の幕が開きます。道長は栄華を極めるものの、道隆・定子への後ろめたさが。枕草子・源氏物語をからめながら、摂関政治を学びます。

藤原道長は一条天皇に彰子を入内させ、後一条天皇の外祖父として権力を確立します。三后を立て「この世をば、我が世とぞ思ふ・・」と詠んだ藤原道長の時代の皇位継承を追います。

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K.Matsumoto

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