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MSCベリッシマ乗船記(2023南国薩摩と石垣島・那覇・台湾美ら海クルーズ 9日間)ヨットクラブ珍道中


はじめに

 今回、2023年GWに催行されたMSCベリッシマのクルーズに参加したので、クルーズ旅行記を初めて書くことにした。HIS社ほか旅行会社3社によるチャータークルーズ、日本初就航にして最大船のヨットクラブに乗船したのである。さぞかし優雅な旅と思うだろうが、まさかの珍道中であった。
 旅行の後に文章を書くなんて初めてだし、ましてやネットに公開したこともない。ただ、いつも旅行前はネットで諸先輩の旅行記を参考にさせてもらっていたし、今回の旅行に関しては、実にいろんなことを考えさせられた旅行であったので、これは書かねばならぬと思ったのである。
 ご笑覧いただければ幸いである。

我が家のクルーズ歴

 旅行記に先立って、まずは、我が家のクルーズ歴をご紹介しよう。
【2017年5月 にっぽん丸】
 地元鹿児島が誇るデパート山形屋の創立記念チャータークルーズであり、五島列島を巡る2泊の旅である。我々にとって初めての船旅であった。わずか2泊の船旅で一番下のランクの部屋であったが、これが誠に素晴らしく、これをきっかけに我が家のクルーズ歴が始まったのである。
【2017年9月 コスタネオロマンチカ】
 日本船はお高いし、ちょっと大きい船に乗ってみたい。そうなると外国船しかない。調べてみるとなにこれ安いじゃんということで参加した福岡発着の日本海ツアーである。事前のネット検索によればなかなかの悪評もあり、どんなに酷いのだろうと思って参加したら、普通に楽しめた。
 しかも、このクルーズでは素晴らしい出会いもあった。仲良くなったフィリピン人クルーと連絡先を交換し、鹿児島に船が寄港したときは、自宅に招待したり、観光案内したり、逆に我が家もマニラに遊びに行ったりと国際交流に発展した。
【2018年5月 ノルウェージャンジュエル】
 少し長めのクルーズを探していた我々にぴったりの企画であった。阪急交通社のチャーター企画であり、連休を利用した沖縄・台湾方面のクルーズである。
 この船は、部屋の清掃のお兄さんが毎回こったタオルアートを作ってくれて子供達は大喜び、そして幼い子供たちですら見入ってしまう素晴らしいショーが印象的であった。さすがアメリカ船。エンタメ方面の充実ぶりが印象的であった。
 予算の関係で内側の窓なし部屋だったが、十分に楽しめた。
【2018年8月 MSCスプレンディダ】
 今年はクルーズイヤーだ!ということで、わずか3ヶ月後に似たようなコースの旅行に参加した。夏休みを利用した沖縄・台湾方面のクルーズである。予算を若干アップして今度はバルコニー付部屋(眺望不良)である。
 やはり事前にネットで芳しくない評判を見て戦線恐々であったものの、バルコニーつきだったのと、ドリンクパッケージをつけたのもあり、かなり楽しめた。
 乗船前に、今回も出港見送りに来ただけと思って「お船のりたーい」と言いながら歩く3歳の娘と「今日は乗れるんだよ!」と教える5歳の息子の動画、スワロフスキー階段で「きれーい」と言いながらはしゃぐ子供達の動画は、私のお気に入りで、いまでもたまに見返している。死ぬ前に見たい動画の一つである。
【2022年11月 にっぽん丸】
 まだコロナ禍収まらない時期に開催された瀬戸内海をクルーズする旅である。乗船前にPCR検査を受け、結果が出るまで待機するというそこまでして船に乗りたいのかという企画である。
 聞くだけでも疲れそうなスケジュールであるが、素晴らしいオペレーションと気配りでノンストレスであった。
 少しランクアップして下から二番めのランクの部屋であったが、清潔で機能的な部屋であり、全く不満はなかった。
 このクルーズは客の視点から見ていても、コストのかけ方が半端なく、商船三井がコスト度外視で意地になってやっている企画ではないかとすら思えた。コロナごときでクルーズ文化は死なないんだよ!という心意気を感じた。あっぱれである。

そしてMSCベリッシマ!

 コロナ前年の2019年は、ヒルトンのダイヤモンドステータスをゲットした上で、ハワイやらマニラやらマレーシアやらで高級ホテルに泊まる企画にハマってしまい、しばしクルーズから遠ざかっていた。
 2020年にはまた乗ろうと思っていたら、コロナ禍である。MSCベリッシマも予約していたのだが、キャンセルになってしまい、若干クルーズ熱も下がっていたのだ。
 しかし、上記のにっぽん丸のすばらしい旅、そして息子のまた船乗りたい!との声もあり、今回の旅を予約したのである。子供達も小学生になったし、彼らなりに楽しめるだろう。
 しかもである。今回は、あのMSCヨットクラブを押さえたのだ。
 MSCヨットクラブとは、ホテルで言えばクラブフロアのようなものであり、ドリンクパッケージも当然付いているし、あらゆる場面でヨットクラブの客は優先される。バトラーという聞き慣れない専属スタッフが至れり尽くせりのサービスをしてくれるというのである。
 思えば2018年夏のMSCスプレンディダでは、宮古島からテンダーボードで船に戻る際、列に並ぶ我々を横目に、ヨットクラブの旗をもったバトラーに先導されて、さっさとテンダーボートに乗っていく乗客を見て、なんだあれは!かっこいい!と憧れたものである。あれに乗れるのである。
 今度は我が家が優先される番だ!かつては眺望不良がどの程度眺望不良なのかあらゆる角度のスプレンディダの外観写真とデッキプランを照らし合わせて確認していた我々が、遂にここまで来たのである。誠に感慨深い。
 どうかYouTubeでMSCヨットクラブの動画を見て欲しい。期待するなというほうが間違っている。大いなる期待を胸に、我が家はGWを迎えることとなった。

DAY0 鹿児島出発(前泊)

 せっかくのヨットクラブである。地方からの参加組がじっくりと船を満喫するには、やはり前日入りが必要であろう。念のため事前に旅行会社に問い合わせると、ヨットクラブのお客様は出港までに来ていただければいつでも乗船できるそうだ。
 船が豪華なのに前泊がみみっちいのはよろしくない、最初から飛ばしていくぞと、会員でもないハイアットリージェンシーのクラブフロアに前泊である。妻と娘はホテルでゆっくりして、私と息子は兼ねてから息子が行きたいと言っていた鎌倉観光を満喫した。
 鎌倉からの帰りも「パパ!なんで普通の電車にグリーン車があるの?」「そうか気になるか!よーしのっちゃおう!」と無駄な浪費をしてしまう。なんせパパはご機嫌なのだ。そう、あしたからヨットクラブだしね。
 ニュースでは、横浜に豪華客船集結ということで、その代表格扱いでクイーンエリザベスを差し置いてMSCベリッシマが写っており、気持ちはどうしても盛り上がってしまう。
 いやすいませんね。僕ら明日これに乗るんですわ。ヨットクラブなんですわ。僕の担当バトラーさんは今ころ準備に大忙しなんですわ。

DAY1 横浜出港

 いよいよ出航である。期待を胸に横浜港へ向かう。
 ヨットクラブの紹介動画では黒塗りの車で乗船口に乗り付けていたが、日本においては港湾行政の壁がある。船にタクシー横付けなどできまいし、シャトルバスのほうが荷物を先に預かってもらえる。それを見越してホテルもシャトルバス乗り場から徒歩圏内で予約したのである。完璧なプランである。あとはヨットクラブに足を踏み入れれば、MSCがなんとかしてくれるであろう。
 シャトルバスに乗り込もうとすると、「ヨットクラブのお客様ですね。このシールをお張りください」とヨットクラブマークのシールを渡され、目立つ場所に貼るように言われる。
 なるほど残念ながら我々はせいぜいバルコニー(眺望不良)に宿泊する一家にしか見えないので、バトラーも我々がよもやヨットクラブのお客様だとは気づかないであろう。目印は重要だ。既にヨットクラブの体験は始まっているのだ。
 意気揚々とターミナルに入ると、あこがれのヨットクラブ専用入り口が設けられているではありませんか。ヨットクラブエリアは衝立で囲まれていて外から中の様子を伺うことはできない。ちょっとついたてがチープだが、目隠しされると期待が高まる。
 迷うことなく青色の絨毯が敷かれた入り口に向かう。勢いがつきすぎて素通りしそうになり、慌ててもどって記念撮影もした。いささか優雅さにかけるが、記念撮影は大事である。
 そろそろバトラーが迎えにきても良さそうなものであるが、その気配がないので手荷物を抱えたまま、入り口を抜ける。さあ、バトラーはどこだ!

ヨットクラブ専用エリア(当時)

 悪夢の始まりである。
 ついたての裏側では、多数のヨットクラブの乗客がパイプ椅子に座らされて待機している。まるでコロナワクチンの集団接種会場である。今からモデルナ打たれるの?ヨットクラブのお客様も、一様に戸惑った、あるいは疲れた表情をしている。これは別に今からモデルナを打たれるからではない。そりゃそうである。優先エリアに行ったと思ったら、一般エリアより混んでいたのだ。
 ここで、事後的に明らかになった情報から、この場で起きていたことを先に説明してしまおう。
 (1)集合時間までに乗船に必要なクルーズカード(部屋の鍵やら身分証などになるクルーズの基本となるカードである)が出来上がっていなかった
 (2)その旨の案内は一切客にアナウンスされなかった
 (3)この事態にシステマチックな対応が全くなされず、とりあえず来た客のクルーズカードを急いで作って持ってきていた
 以上である。
 (1)の時点でどうかと思うであろう。君らはるばる横浜に来るのに何日あったと思ってるんだ。しかし、そんなことより、(2)(3)の状況が我々にとっては非常にストレスフルであった。
 まずもってパイプ椅子にどういう順番で座っているのかわからないのである。とりあえず、空いている席に座ったものの、どうみても順番待ちが生じている状況なのに、順番がわからない。キビキビと列を整理する職員のいる集団接種会場のほうがよほどマシである。
 スタッフが声をかけてくれるわけでもなく、我々の後に続くヨットクラブの乗客たちも戸惑いながら、しばらく立っていても放置されているので、とりあえず空いているパイプ椅子に座っていく。カウンターも埋まっていて、何やら忙しく作業をしていて声をかけるのも悪い。
 そのままどれだけの時間がたったのであろうか、あまりに何もおきない状況に痺れを切らした老年のご夫婦の旦那さんが、フリーになったスタッフを捕まえて「何も案内がないんだけど座っていたらいいの」と聞いている。いいぞ。いい質問だ。すると、スタッフは「申し訳ありません。部屋番号お伺いします」と部屋番号をメモして足早に立ち去っていくではないか。
 なるほど、確かに部屋番号を伝えなければカードはもらえまい。しかし、それならば入り口に一人立たせてきた順番に部屋番号をメモしてはどうだろうか。ラーメン屋みたいだが、滞留が生じているならば、この際雰囲気はどうでもよい。イタリアはどうだかしらないが、日本人は公平性を重視するのだ。
 しかし、その後もスタッフたちは、思いついたように自分が目についた乗客に声をかけ、部屋番号をメモしている様子である。うっかりカウンターから離れた席に座ってしまった我々は、永遠に放置されそうだ。ついに「これどういう順番なの?」「文句言ったひとから案内されてない?」とクレームが入り始める。
 ここで、隣に座っているご夫婦から、どうもクルーズカードができていないらしいという情報がもたらされる。そんなことがあるのか、と思いながらも、待たされている原因がわかったので、なんとなく落ち着く。まあカードがないんじゃ案内のしようもないか。カードができるのをまつか、と自分を納得させる。
 それにしても、その情報はもう少し早めにアナウンスすべきであろう。隣のご夫婦が教えてくれなければイライラしっぱなしである。
 ところがである。しばらくすると、最初にスタッフに声をかけたご夫婦が案内されて、申し訳なさそうに去っていった。これはどうも、クルーズカードができた順番に案内しているのではなく、スタッフが部屋番号を聞いたひとから優先してクルーズカードを作り、船から走って持ってきているようである。
 これはまずい、油断していた。生存競争はすでに始まっていたのである。もっと自己主張しないとワクチンを打ってもらえない、ちがう、我々のクルーズカードはプリントされないではないか。
 ヤキモキしていると、ようやく自分の番号を伝える機会を得た。そのあとカードがくるのは意外と早かった。我が家のためにめっちゃ走ってくれた人がいるのだろう。スタッフの会話によると黄色い服の人が頑張っているらしい。ありがとう黄色い服の人。ようやくお馴染みの顔登録の写真撮影である。 
 この時点で我々はヨットクラブに来たことをすっかり忘れていた。子供達の顔はすでに疲れている。聞いていた話と違うではないかと目で訴えている。家族全員真顔で写真を撮られ、ようやく出来立てのカードをゲットできた。しかし、今後ゲートを通る度にあの真顔の写真が表示されるのか。。。
 隣のカウンターでは、同じ部屋なのにカードが揃っていないご家族がいるようだ。旦那さんが「ここで待っていたらいいの?それとも行っていいの?」と尋ねると、「後からおもちしますので、先に乗船してください」と答えている。
 アンタがそう言ってもカードなしで本当に乗船できるのか?とヒヤヒヤしながら聞いていると、「仮に入れたとしても、僕はどこで待っていればいいの?カードをお持ちしますっていっても、僕がどこにいるかあなたはわかるの?部屋で待ってたらいいのかな?それともラウンジ?」と質問している。
 さすがはヨットクラブの乗客である。すでにオペレーションに見切りをつけ、次に生じうるトラブルを潰しにかかっている。富裕層はこうやって危機回避をしているのか。ようやく自分はヨットクラブにいるのだと実感できた瞬間である。
 カウンターを通りすぎようとすると部屋の隅っこのテーブルに飲み物が並んでいるのを見つける。そういえば喉が渇いた。あれはウエルカムドリンクだろうか。スタッフの休憩場所だろうか。喉を潤したいが、みなそれどころではなさそうだ。
 ドリンクを飲みながら優雅にチェックインするという話はどこへいったのか。疲れた表情で次のゾーンへ進む。相変わらず動線上に案内はない。いや正確には案内はいるのだが、進め進めしか言わない。
 ここまで来るのにどれくらい経過したのだろうか。かなり長く感じたのだが、浮かれて最初にヨットクラブエリアの入り口で撮った写真と、出る前に記念に撮ったパイプ椅子の写真のタイムスタンプを確認すると、少なくとも1時間はチェックインに要していた。
 ただ、上記の通り、全く状況の説明、案内もないため、体感的には3時間待たされた気分であった。時間というものは、本当に主観的に流れるものだ。たしかノルウェージャンでも1時間以上乗船にかかったが、ここまで疲れたことはなかった気がする。

かごしま県民交流センターに来たのかと思った

 ターミナルを出ようとすると、乗客のパスポートを回収しているカウンターがあった。相変わらず案内はないが、流れにのってパスポートを預けようとすると、私の胸元に光るヨットクラブシールを見たスタッフが「ヨットクラブの客はそのまま行って欲しい」と指示した。えっじゃあパスポートどうすんの?と、うろたえつつつ、パスポート4冊抱えたままターミナルを出された私は、MSCベリッシマの巨大な船体と間近で対面した。
 通常ならば一番テンションがあがってしかるべき場面であろうが、チェックインで疲れていたのと、パスポートどうすんの?台湾入れる?という不安の中、さらには案内もないので、そのまま乗客の流れに乗ることとした。早く部屋で休みたい。
 困惑したまま、船に乗り込むと、エレベーターホールがあり、長い通路の両面にずらっと客室のドアがならんでいる。スプレンディダでは、乗ったらすぐにスワロフスキー階段のある吹き抜けの場所に誘導され、ここで大いに盛り上がったのだが、今回はそういう機会は与えられないらしい。GoProの電源をそっと切る。
 とりあえず、部屋を探そう。パンフレットを熟読したので、部屋の場所が大体わかってしまうのが悲しい。手荷物を持ちながら船尾から船首の我々の部屋に向かう。繰り返しになるが私は船の構造を十分に予習したので、極めてスムーズに部屋に到着できた。バトラーになれそうである。そういえばバトラーはどこだ?
 部屋に到着した。奮発したメゾネットタイプの部屋である。階段のある部屋なんて子供達が喜ばないはずがない。ようやくたどり着いた。ここでようやく我が家は一応の盛り上がりを見せた。
 しかし、前振りがあまりに悪すぎる。みんな部屋を見て喜んでくれているようであるが、昨年の秋にのった奄美行きフェリー、クイーンコーラルクロスの個室のほうが明らかに盛り上がっている。奄美のときは、息子が大喜びで私が手に持つGoProを奪い取り、部屋紹介しまーすと言ってYouTuberになりきって実況を始めたのだが、そこまでテンションが上がりきっていない。なんなら気を遣って盛り上がってくれている気すらする。
 階段にたたずむ子供達に「ほら写真撮るよ!」というと笑顔でピースしてくれた。娘はちょっとおどけたポーズをとってくれた。なんだろう。普通はさ、子供達が階段を走り回って「こらー走らなーい!」とか行って写真を撮る余裕もないとかなるのではないのか。ほら二人とも!階段だよ!?子供達は、おとなしく2人ならんで笑顔を向けたまま、早く撮れと言いたそうなので、何枚か写真を撮った。
 一番の盛り上がりシーンで思っていた展開にならなかった私は、落ち込んできた。部屋に入ったテンションと下がったテンションが相殺された感じである。このもどかしい感じが伝わるだろうか。いかん。これはいかん。今回の旅行、一泊当たりいくら掛かっていると思っているんだ。もっと楽しまねばならない。
 そこでふと外をみると、ベランダに憧れのジャグジーがある!って、その手前の木製の外装が外れて倒れている。中の配管が丸見えではないか。ジャグジーに近づいてみると、中は何か火山灰のようなものが積もっている。もう鹿児島に着いたのだろうか。ジャグジーの外装をそっと立てかけてインスタ用の写真を撮ると、そそくさと部屋に戻った。
 子供達の部屋探索はもう終わったようだ。ちょっと早いが部屋のお披露目会はここまでとしよう。そうだ。ヨットクラブエリアへ行こう!バトラーはどこだ?

もっと盛り上がる予定だった階段付き部屋

 船内の構造に詳しい私が先導し、我々は迷うことなくヨットクラブエリアに進んだ。実は我々の客室は、構造の特殊さゆえか、ヨットクラブエリアとは少し離れており直結していない。それでも大丈夫。わたしはちゃんと予習したのだから。バトラーがいなくても大丈夫なんだけど、そろそろ会いたい。
 カードキーをかざすと、ヨットクラブエリアのドアが開く。ここから先はヨットクラブのお客様しか入れないのだ。実に感慨深い。しかし、私の手元にはパスポートが残っており、これを船側のしかるべき部署に渡さなければ、出国できないはずである。気が気でならない。
 しかし、ヨットクラブ用のカウンターもどうやらガヤガヤしている。なんだか忙しそうである。しかし、そのまま進んでラウンジで寛ぐわけにもいくまい。出国できなければおおごとだ。
 カウンター前できょどっていると、はたして我々は、間違ってヨットクラブエリアに迷い込んだ一家みたいになっていた。大丈夫なのだろうか。追い出されないだろうか。ようやくこちらを見てくれたカウンターの女性に「あのう、パスポートを・・・」とパスポートを差し出す。すると、カウンターの女性が、「ああ、わかりました」と言ってパスポートを受け取った。
 何がわかったのかよくわからないので、「パスポートはここで預けるんでしょうか」と聞くと「そうです。大丈夫です」と言っている。本当に大丈夫かな。あいつ無くさないよなと少し心配になる。部屋番号を聞いてくれなかったので、とりあえず大きめの声で二度伝えておいた。
 パスポート問題は解決したような気がしないでもないので、ラウンジとやらにいくことにする。首からかけたカードを掲げると、ソファーに座るように案内される。ふと回りを見渡すと、バトラーっぽい服を来た人に荷物を持ってもらってラウンジに案内されてきたお客様がちらほらいる。
 どうやら、どこかで我々はヨットクラブコースから外れていたようだ。胸に光るヨットクラブシールは役に立たなかったのだ。我々にエレガントさが足りなかったのか。胸に光るヨットクラブシールがなんだか惨めになってきた。
 妻が思い切って、担当のバトラーさんっているんですか?とカウンターに聞きにいった。いいぞ。さすが私の妻だ。しかし、妻は、バトラーに御用の方はカウンターに並んでくださいと言われて帰ってきた。そうかあの行列に並ばないといけないのか。ディズニーのキャラグリーティングみたいである。それにしても、カウンターに並ばせなくても、部屋番号聞いてソファーでお待ちくださいでよくないだろうか?めっちゃソファー空いているわけだし。
 まあ仕方あるまい。ミッキーに会うのはまた今度にしよう。ここで落ち着いて回りを見渡すと、なるほど素晴らしいラウンジではないか。飲み物もようやく出してもらえたし、うまい。
 しかし、ここで我々はもっと盛り上がるはずだったのにという思いがどうしても消えない。ここで息子がボソッと「にっぽん丸のほうがいい。にっぽん丸に乗りたい」とつぶやくではないか。ついに言われてしまったか。でも正直な感想だよね。パパもちょっと思ってたわ。
 さて、言われたくないことを言われたからといって、ここで私も不機嫌になるのは教育上よろしくない。親として人生の楽しみ方を教えてやらねばならない。大体、今回の旅行に一分あたりいくらかかっていると思っているのだ。イラついている余裕はない。
 ところが、妻までブツブツ文句を言い出すではないか。アンタは大人だろう。スポンサーの前でなんてことを言うんだ。今日は初日ですよ。
 とりあえずMSCの悪口を言ったら負けゲームを提案して場の空気の改善をはかるが、2分くらいで妻が負けてしまう。しかし、状況を笑いに昇華できたのだろうか、いささか空気が緩んだ。いつだって家族の仲がよければ人生は楽しいのだ。
 このタイミングで鉄板のやつを見に行こう。プールだ。プールへ行こう。当日は幸いなことに好天に恵まれた。気持ちに反してインスタ用の写真がやたらと映えてしまうのがなんだか悔しい。気持ちがスマホに映る写真に追いついていない。

プールへ向かう子供達

 まずは視察ということで、船の屋上のプールエリアを一周する。なるほどすごい施設だ。この船のハード面は確かに期待通りだ。今まで見たどの船より、新しく豪華である。しかし、それだけに何か盛り上がらないこの気持ちがもどかしい。
 しかし、プールやスライダーを見ると、きっと楽しい船旅になるに違いないと思えるようになってきた。そしてヨットクラブ専用のプールエリアもある。ここはそこまで混まないだろうし、快適そうだ。子供達も早く泳ぎたそうである。
 だが、その前に昼食である。ヨットクラブには専用のレストランが付いているのだ。来る時間を指定されることもなく、営業時間であればいつでも入ることができる。レストランに行くと、すぐに席に案内され、飲み物もすぐにサーブされる。
 いいぞ。ようやくらしくなってきた。クルーもキビキビしていていい感じだ。この船に入って初めて流れるように仕事をしている人を見た気がする。メニューも充実しており、肝心の味もなかなか良い。コスタに比べればずっと日本人の口に合う。少なくとも食事は合格点である。
 食事を終えると、早速プールへ向かう。若干寒いが、どうせ航海中は混むだろうから、大きなプールやスライダーは先にやってしまおうと、我々は子供用ウエットスーツを持参しているのだ。準備が良すぎて怖いくらいだ。
 船のプールでウエットスーツをきているのはいささか奇妙だが、人の目を気にしていては人生を楽しめない。スライダーががらがらなのは今だけだろうし、免責文書にサインして腕に紙テープを巻くやつも、いずれ行列ができるのは必定である。
 行け!二人とも!今のうちだ!さすがはプールである。ようやく子供達が本格的にはしゃぎ始めた。これだよこれ。これを見るためにパパは日々働いているのだ。盛り上がり始めたのが部屋とかヨットクラブエリアでないのが残念だが、ハード面に間違いはなさそうである。

横浜ではスライダーすべり放題

 そうこうしているうちに避難訓練の時間となる。避難訓練では、かならず指定された避難場所に向かわねばならない。ところがここで問題が生じる。
 テレビでは部屋のドアに避難場所のアルファベットの記載があるので、そこへ行くように言っている。確認すると「A」と書いてある。Aというのはおそらく船首側であろうし、この部屋も船首にある。この部屋に割り当てられた避難場所はAのはずだ。
 しかし、カードの裏には「K」とあるのだ。これは船尾ではないか。避難するのに300メートル走れというのか。繰り返しになるが、私はこの船を十分に予習していてくわしいのだ。避難するには遠すぎる。
 疑問を解消すべく、ヨットクラブのフロントに電話をかけると、「カードに記載があるならKが正しいのではないですか?」言われる。なぜ疑問形なのだろう。カード作成の混乱からしてカード作成の際にミスが生じているのではいかと思われるが、やむを得ない。見解に従うことにしてK地点に向かう。
 下の階に降りてK地点に向かう途中、ごった返す人並みの先にようやくスワロフスキー階段が見えてきた。上をみると天井がスクリーンになっている。おおこれが有名なプロムナードか!と思っていると、スクリーンにはアルファベットが大きく記載されて、Aから始まっており、やっぱりK地点は船尾である。ゲンナリ。
 あとからツイッターをみると、このスクリーンには当初はイタリア国旗とかが投影されていたらしい。最初にそれを見たかった。
 妻はとりあえずA地点でスキャンしてもらえばいいのではないかというが、混雑の中を途中まできてしまったし、仮にカードに印字された情報がカード内に保存され、その情報に基づいてチェックしているとしたら、二度手間である。船の探検も兼ねて船尾まで行くことにする。
 しかし、非常時にここまで走るのはなかなか辛そうだ。タイタニック号の事故では、上流階級はみんな救命ボートに早々に乗せてもらって助かったそうだが、これでは我々は助かりそうにない。
 上流階級ではないのがバレているのであろうか。それとも上流階級はみんな非常時には300メートル疾走せねばならないのだろうか。そのような事態にならないことを祈るほかない。なお、後日、私のカードを再発行してもらったら、やっぱり「A」と記載してあった。非常時には、私と家族は離れ離れである。映画タイタニックを思い出したが、助かるのは私のほうか。頼む家族を乗せてくれ!

分かりやすいが遠かった避難場所

 そうこうしているうちに夕食の時間となる。やはり食事はなかなかうまい。担当の人も相変わらずいい感じだ。フォーマルナイトでもないのに娘はドレスを着ると言い出し、みんなに褒めてもらえてご機嫌そうである。娘のドレス姿を見て私もご機嫌である。本物のプリンセスにしかみえない。
 さて、次はショーの時間である。アプリの予約では多そうであったが、会場へ行ってみると空席がちらほらあり、なんとか座ることができた。肝心のショーの中身は、うーんといった感じ。ショーにあまり興味のない息子には厳しそうだ。これは有料ショーをみたほうが良さそうである。
 ところで。実は、ヨットクラブのお客様は予約など取る必要もなければ、並ぶ必要もないのである。そういう話はうっすら聞いていたのだが、詳しくは知らなかった。
 このことは、あとでスパのサウナで一緒になった方が教えてくれたのである。「なんで並んでるんですか。カードみせればいいんですよ」と親切に教えてくれた。そういう情報は先に教えて欲しい。残りの席が少ない!どっちの時間にする?と一生懸命調整したのはなんだったのだろう。
 ただし、ヨットクラブが優先されるとはいえ、入り口に、そのことがわかるようなプライオリティーレーンは存在しない。長蛇の列ができているのに、その横から割り込んでヨットクラブのカードを見せると門番のお兄さんが予約なしでも通してくれるのだ。
 しかし、割り込みをするのはどうにも気が引ける。客観的にみる限り、ただの強引な人にしかみえないのだ。全然エレガントじゃない。入り口を作れとは言わないが、レーンを作って欲しかった。そうでなければ門番のみならず、行列にもカードをアピールしながら入場する羽目になる。
 なお、席はきちんとヨットクラブ専用の席が確保されていた。ただ、ヨットクラブのスタッフは、開演前に専用席を一般に開放するので、早めに行くようにと言っていたのだが、専用席を守る門番のおっちゃんは開演中もずっと席を確保して、一般客をブロックしていた。空いてんだから開放すりゃいいのに、多分伝わっていないのだろう。こういった連携不足は、あらゆる場面で散見された。
 ちなみに、旅行会社の独自企画(落語とか)でシアターを使う際には、MSCの門番はいなかった。独自企画は自分でやれということだろう。ただ、カードをみるだけのMSCの門番とは違い、ちゃんと旅行会社のスタッフが列を整理し、「ヨットクラブのお客様はこちらからお入りくださーい」とアナウンスしてくれたので、気兼ねなく入ることができた。最低限あれくらいしてほしい。席もヨットクラブの無駄な空席ができるようなことはなかった。
 ショーがおわり、船尾の方向に向かうと、とんでもない行列ができている。そして手にシャンパングラスを持って並んでいる人もいる。
 何だこれは。何か楽しい企画をやっているのだろうか。妻は「どっかでシャンパンくばってるの??」とシャンパンを探している。シャンパンはいつでも飲めるのに、富裕層になりきれていない様子だ。
 しかし、それにしては様子がおかしい。よくよく確認してみると、なんと夕食の行列であった。いままで乗ったクルーズ船で食事が出てくるのがやたらと遅いという経験はしていたが、そもそも入場できないとはどういうことであろうか。酷い目にあっているのはどうやら我々だけではなさそうだ。
 ふとレセプションのカウンターを見ていると、かなりの行列ができている。どうも各所でトラブルが頻発している様子だ。恐る恐るツイッターを確認すると、クルーズカードにJCBカードが登録できないトラブルが発生しているようで、それで並んでいる人が多いらしい。
 しかも散々並んだ挙句カード会社に聞いてくれと言われているらしい。頻発するトラブル、それに対する説明や解決策の提示もない状況は、どうやら各所で発生していた。そういえば、私も「今機械が壊れているから明日やってください」と言われて、クレジットカード片手に部屋とラウンジを往復したばかりであった。
 しかし、それでもみな平静を保っている。一部キレ始めている人がいるのはご愛敬である。みんなえらい。私は妙な連帯感を覚え始めていた。この状況は、文字通りの乗り掛かった船である。
 我々はこれから9日間、この船に乗らねばならないのだ。ひさしぶりの家族旅行、大切な記念日、多くの家族がずっと楽しみにしていた旅行、その初日にキレては全て台無しだ。ここまできたら楽しまねばならない。雰囲気を壊してはだめだ。みんなそう思っているのではないか。そうだ。コロナ明けだしスタッフが慣れてないだけに違いない。
 その後、船内をうろつき、ラウンジでお酒を飲んで、激動の一日を終えた。どうにも気分が晴れない。疲れた。少しこれからの日程に不安を覚えるが、楽しんでいくしかない。

すごく疲れた1日目の疲れをラウンジで癒す

DAY2 終日航海日

 前日の疲れのせいであろうか。起きたらもうラジオ体操の時間は終わっていた。まあいいや。皆勤賞の賞品が欲しかったのだが、いきなり挫折してしまった。しばらくすると息子も目を覚ました。さすがにこの船のハード面はすばらしく、目を覚ますと大きな窓から船首越しに海が見える。
 しかし、息子の表情が異様に暗い。一体どうしたんだと思って色々聞くと妻の実家に預けてきた犬に会いたいと言うではないか。ひょっとしてもう帰りたくなったのか?私に気を遣って遠回しに言っているのであろうか。私も犬に会いたくなってきた。

実家で留守番中の我が家のアイドル

 いずれにせよ2日目に帰りたいと言われるのは、異常事態である。親のテンションの低さが伝わってしまったのか、これはよくない。反省せねば。この船ではみな初日のトラブルを乗り越えるべく、皆気持ちを切り替えているはずなのだ。みんなで頑張ろう。
 終日航海日ということで、何かイベントに参加してはどうか。しかし、思っていたほど手頃なイベントがない。ノルウェージャンみたいにひたすら風船を配るおっさんとかいないのか、チープなイベントを至る所でやってほしいのだが。こうなると息子が大好きなビンゴ大会に参加するほかない。有料なのだがやむを得ない。もう乗っちゃった船である、多少の出費で子供の笑顔が得られるなら安いものだ。
 ところが、会場に向かうと長蛇の列ができている。まさかと思って先頭に行ってみると、ビンゴのカードを購入する列であった。ビンゴ!しかも、会場に入ってみると、だいたい席は埋まっているし、ビンゴの時間も迫っている。あの列はどうみても捌けるはずはない、悲しむ息子の手を引いて早々引き返した。
 ビンゴがダメとなると、次はジュニアクラブだ。以前、MSCに乗ったとき、船内で知り合った子供達がとても楽しそうにまた明日ねーと言いながらジュニアクラブから出てくるのを見て、子供達が大きくなったらぜひ参加させたいと思っていたのだ。子供達も楽しみにしていた。
 ところが、やっぱりとんでもない行列ができている。前日に登録だけはしておいたのだが、入場するのに延々と並んでいる。これも早々に諦めることにした。
 ジュニアクラブについては、午後になって入ることができたのであるが、子供達は結局すぐに自分で帰ってきた。少しレゴで遊んだだけで、基本的に放置されていたらしく、先生に話かけたら無視されたとしょんぼりしていた。ゲーム機が一台だけおいてあったらしい。まああの人数の面倒をすべて見きれるわけもないであろう。二度と行かないというので、結局クラブにいくことはもうなかった。
 なお、その後の航海では、ジュニアクラブで楽しそうに過ごしている子供達もいた。おそらく、多くの子供達は全く楽しくなくて「もういかない」となってしまい、運良く最初で楽しく遊べた子供達だけがくるようになって均衡が生まれたのであろう。
 このクルーズ、一事が万事その調子である。それで回っているのだから良いではないかと思っている節がある。まあ、ジュニアクラブについては、GW中は仕方ない気もするが、それならもっと子供向けのイベントをちょこちょこやってほしかった。着ぐるみ着てハイタッチして回るだけでもいいんだよ。
 仕方がないので、ゲームセンターへ向かう。さすがにこの船のハード面は良い。ソンビのゲームで怯えながら出てくる子供達を見て親は楽しめたし、VRのゲームは子供達も楽しそうにやっていた。ボーリングは妻に却下されてできなかったのが残念だったが、いい感じになってきた。
 ようやく掃除してもらった外装が外れたままのベランダのジャグジーで子供達を遊ばせた後、有料ショーを見せることにした。予約の仕方がよくわからないので、ヨットクラブのバトラー長的な人にお願いすると、ちゃんと取ってくれた。うんいい感じだ。ショーは流石に有料だけあって見応えがあった。

航海中に一度は見ておきたい有料ショー

 ショーを見た後はフォーマルナイトの食事の時間である。エレベーターホールで、ビシッとタキシードを決めた紳士とすれ違う。いいねいいね。やはりクルーズ船ではちょっとやり過ぎなくらい決めるのがよい。みんなが華やかに決めてくれると雰囲気も盛り上がる。みんなで作り上げる船旅ならではの良さである。これが本来の船旅の連帯感である。私も息子とおそろいの蝶ネクタイをつけて会場へ向かう。
 食事会場では、隣の紳士から「娘さんお綺麗ですね」と話しかけられ、そこから話が弾んだ。これぞクルーズ旅である。さすがにヨットクラブのお客さんだけあって、海外にいた話やら他のクルーズ船の話やら、話題も楽しい。実に気分よく、過ごすことができた。富裕層の仲間入りができた気がした。ヨットクラブレストランだけは裏切らない。

クルーズ定番の高級食材ロブスター

 その後はせっかくドレスアップしたので、各所でカメラを持って待ち構えるカメラマンに写真を取ってもらう。ポーズを取る娘もなれたものだ。どこから見ても本物のプリンセスにしか見えない。通りすがるお客さんも「あらかわいい」と言ってくれる。ありがとう!かわいいでしょ!

モデル気分の子供達

 その後は、夜の航海中の甲板を歩き、ビールバーでビールをいただいた。プロムナードではダンス大会が盛り上がっている。ようやく求めていた状況になってきた。
 明日は鹿児島である。我らがホームタウン。ぜひ雄大な桜島を見て欲しい。晴れてくれ、できれば絶妙なタイミングでちょびっと噴火してくれと願いつつ、眠りについた。なお、明日のパパの予定は、洗濯物の自宅への運搬と仕事である。

夜の甲板を歩くと心地よい

DAY3 鹿児島

 目が覚めると、すでにマリンポートかごしまに着岸していた。しまった、また寝過ごした。朝焼けの錦江湾をみたかったのだが。外にでるといつも船を見上げている場所を船上から見ることができる。天気もよく、桜島もくっきり見える。
 地元贔屓で恐縮だが、素晴らしいロケーションである。みんな桜島をバシャバシャ撮影している。いいでしょ。あれ僕の地元の山なんですわ。この辺は何もないけど、景色だけでもいいでしょ?こと自然に関しては、やはり鹿児島は見どころが多いと思う。ちょっと滞在時間が短すぎるのではないか。2泊くらいしてほしい。

桜島を望みつつ朝食

 下船して、旅行会社の手配したシャトルバスで中心部に向かう。荷物を置き、必要な仕事を終えて昼過ぎには船に戻ることにする。出航時間が3時なのだが、マリンポートかごしまのあたりはちょっとしたイベントがあるとすぐに混雑する。嫌な予感がして早めに帰ることにしたのだ。
 シャトルバスの乗り場にいくと、なかなかの行列だ。とはいえ、流れていないわけではない。しばし並んで無事バスに乗り込んだ。
 しかし、やはりマリンポートかごしまに近づくと渋滞が発生していた。私が乗っているバスは十分時間に余裕があるのだが、最終のバスは大丈夫だろうか。しかも、どうも渋滞の具合がいつもより酷い。どうやらMSCベリッシマを見にきた地元民の車で渋滞がおきているらしい。確かに私だって、乗ってなきゃ見に行ってたと思う。
 実はこのマリンポートかごしまは、埋め立て島になっており、アクセス道路が片側1車線の橋しかない。しかし、ボトルネックになっているのは、橋そのものではなく、島から出た先の道路との交差部分であり、常日頃から出口では渋滞が起きているのである。
 それでも、通常は、島に入る分には問題は起きないのだが、この日は、島の出口から始まった地元民の車の渋滞が、ぐるっと一周して島の入り口まで続いており、島に入るのも困難になっていたのだ。
 そのせいか、シャトルバスが大幅に遅延してしまい、出航そのものがだいぶ遅れてしまった。マリンポートかごしまのアクセスに関しては、別ルートのアクセス道路を建設中であるが、それまでの間、毎回こんなことが起きては観光に響くかもしれない。ただでさえ滞在時間が短いのだ。受け入れ側も対応を考えたほうが良い。
 ところで、この日、ヨットクラブラウンジの上にあるデッキではしゃいでいると、バーのスタッフから妻が声をかけられた。彼いわく、2018年ころに自分はスプレンディダで働いていたのだが、あなた達はそのころに乗船していなかったか?というのである。確かに乗っていた。良くぞ覚えていてくれた。どんなに美味しそうにビールを飲んでいたら、そんなに記憶に残るのだろうか。悪いことはできないものだ。再会を祝して一緒に記念撮影をした。
 なお、出航の際には、多くの地元民が見送りに来てくれていた。渋滞を起こした原因でもあるのだが、そこは大目に見て欲しい。乗ってなきゃ多分私も見に行ってオレンジの旗を振っていたと思う。
 それにしても、お見送り隊でマイクを握ったおっちゃんのマイクパフォーマンスはよかった。出航が遅れているので、手持ち時間が大幅に増えていた様子であったが、めっちゃ頑張っていた。遅れてきたバスの乗客に「あわてて怪我をしないでくださいねー。ゆっくりいきましょー。」と声をかけ続けていた。鹿児島市民代表としてふさわしい奮闘ぶりであった。今度お会いできたら、この感動をぜひ直接伝えたい。

感動の出航シーン。クルーズは鹿児島発着にすべきだ。

 出航すると錦江湾をしばらく航行する。普段フェリーでよく通る場所を巨大客船で航行するというのは悪くない。いやとても良い。桜島が遠くなると、今度は右手に開聞岳が見えてきて、これまた美しい。持参してきた双眼鏡でしばしイルカの群れを探すと、2つほど群れを発見できた。残念ながら船にそって泳いではくれず、すぐに見失ってしまった。
 錦江湾のイルカといえば、初めてのったにっぽん丸を思い出す。錦江湾を航行中「ただいまイルカの大きな群れを発見いたしました。本船はしばらく群れに沿って航行いたしますので、よろしければデッキにおこしください」と船内アナウンスがあり、海面をみると100匹以上のイルカが船の周りを泳いでいたのである。
 今回もそれくらいの歓迎をイルカ達にしてもらい、鹿児島の自然の豊かさを演出してほしかったのだが、よく考えたら船がデカすぎて近くからは見れなかったかもしれないし、この船はイルカがいても乗客にアナウンスなんてしないだろう。

桜島フェリーでもよくやっているイルカ探索

 雄大な景色に見惚れていると、夕食の時間となった。安心安全のヨットクラブレストランに向かう。夕食時はちょうど夕日が綺麗であった。佐多岬を過ぎたあたりで外洋に出ると、船が少し揺れ始める。このサイズの船が揺れるというのは、それなりに荒れている様子である。
 しかし、種子島・奄美航路のフェリーで鍛えられた我々にとって、この程度の揺れは揺れているうちに入らない。本来であれば立っていられないくらいの揺れなのだろうが、さすがは最新型の大型客船である。
 明日は沖縄だ。苦労して車も確保したし、体調を整え、沖縄を満喫しよう!そう思って早めに就寝した。

レストランから開聞岳を望む
夕日を眺めながらラウンジで優雅にくつろぐ

DAY4 沖縄(那覇市)

 いよいよ沖縄である。今日を乗り切ればしばらく仕事の電話もメールも来ない。おのずとテンションがあがる。さすがに沖縄は遠いので着くのは昼である。予定では、降りてすぐに車を借り、城めぐりをすることになっている。勝連城跡地と首里城が目的地である。息子の要望を聞いていたら随分渋いチョイスになってしまった。車は事前にカーシェアで確保しており、準備は万端である。
 着岸まで時間がありそうなので、スパのサーマルエリアを体験することにした。ヨットクラブの会員なら出入り自由のサウナがあるのだ。確かにこの船のハードは素晴らしい。じっくりとサウナに入ってくつろぐことができた。
 周りのお客さんも慣れた感じでサウナを満喫している。こう言った場所でゆっくり過ごすのが本来のヨットクラブの在り方なのかもしれない。しかし富裕層になりきれない我々としては貪欲にいかざるを得ない。午後は沖縄だ!まもなく那覇港着岸である。
 もともと余裕のあるスケジュールのつもりだったので、急いで降りるつもりはなかったのだが、着岸してしばらくたつと、妻からヨットクラブラウンジでは降りる乗客で人だかりができているという情報がもたらされた。
 ヨットクラブでは優先下船ができるはずだが、随分みんなせっかちなのねと思うが、立たされた乗客から「いつになったら降りれるの?」という声もあったということで、我々も早めに降りることにする。
 そろそろ整理券配るとか、ラーメン屋方式の記帳台を作って欲しいものだ。雰囲気はもう期待していない。
 準備を整えるとヨットクラブラウンジからちょうど最後のグループが出発するところであった。どうもヨットクラブでもグループごとに下船誘導しているようだ。それ自体は合理的だ。まあみんな降りたいのだろう。せっかくの沖縄だしね。

みんな降りたい沖縄の街

 エレベーターでプロムナードに降りると、驚いた。とんでもない混雑である。みんな降りれずに待っているのだ。これは大変だ。しかも、ところどころで行列があるのだが、行列が整理されておらず、どこに並べばいいのかもよくわからない感じである。我々ヨットクラブの一団は、その間を縫うように移動していく。
 このあたりからちょっと不安になってくる。
 優先下船というのだから、動線を分けてくれるのかと思ったら、どうもそういうわけではない。先導するスタッフは、ヨットクラブの旗を持っているわけでも、バトラーの格好をしているわけでもなく、その辺のバーの店員みたいなおばちゃんであり、そのおばちゃんが人混みをかき分けてどんどん出口に向かって進んでいくのである。その後に続く我々は、一体どう見えているのであろうか。
 混雑の中をどんどん進んでいくので、ヨットクラブ集団の列もどんどん細長くなっていく。後ろの方はちゃんと付いてこれているのか。そして、全く動線が分離されていない上に、下船待ちの行列も整理されていないなか、細長い列がどんどん進んでいると、下船待ちの一団が、別のルートが開いたのと勘違いしたらしく、我々に着いてくるようになった。混んでるから、船側が別ルートを作ったと勘違いしたようである。そりゃそうだ。
 こうなっては仕方がない。いっそのことそのまま黙って付いてきてくれればよかったのだが、後ろに続こうとした一団の先頭にいたおばちゃんが「こっち空いてるからおいで」と後続を呼び始めた。
 さすがに後ろにいた人が申し訳なさそうに「すみません。これはヨットクラブの列なんです」と教えていた。おばちゃんが慌てて、「これ優先の人たちなんだって!」と後部に伝えると、後ろから「なんだよ金払えってか!」と声があがる。どうやらだいぶ空気が悪くなっているようである。
 お金を払ったせいですっかり居心地が悪くなったヨットクラブの一団であるが、その間も先導するおばちゃんはどんどん渋滞をかき分けて進んでいく。頼むからせめて旗を持って欲しい。これでは我々はただの強引な人たちだ。たまに後ろを振り向いて「ついてこい!」と顔をクイっとするのだが、ヨットクラブのエスコートとはこういうものなのか。あまりに居心地が悪すぎる。
 だいぶ並んだであろう乗客の皆さんの顰蹙の眼差しを受けつつ、ようやくチンタラクルーズカードをチェックする出口まで辿り着いた。やっと出れた!と思うと、今度は検疫の大行列ができていた。ただ、ここは空港のようにポールで行列の管理がなされている。これならば、別レーンへの誘導も期待できそうだ。
 ところがである。先導のおばちゃんは、そのまま行列の横に突っ込んでいくではないか。せっかく並んでいるのに押しのけられた乗客はみな怪訝な顔をしている。遅れまいと後ろに続く我々は大顰蹙である。
 必死で追いかけてきた私も、遠慮しがちに進んでいると遅れてきて、先にいる妻との距離が空き始めてきた。子供がはぐれそうである。「すみません!」必死に列をかき分けようとすると、後ろから「なにあれ。はぐれた振りして見苦しいよね」とボソッと言われてしまった。おっしゃる通りである。私はおばちゃんに着いて行くのを諦めて、その方に謝罪し事情を説明することとした。
 ヨットクラブの優先下船とはこんなにハードなものなのだろうか。というか下船というのはそんなに辛いものなのだろうか。エレガントどころか大顰蹙を買いながら降りる羽目になるとは想定外もいいところである。ただでさえ、我が家は人に覚えられやすいというのに。5年前にビール頼んだだけで覚えられていたんだぞ。今後船内で「あ!あの強引な割り込みした家族だ!」と指をさされる可能性が高い。何百人の顰蹙を買ったと思っているのだ。
 思い返せば5年前のMSCスプレンディダはこうではなかった。宮古島はテンダーボートでの乗下船で、船に戻る際には長蛇の列ができていたのだが、ちゃんと列は整理されていたし、各所に給水所もあった。大道芸みたいなことができるクルーが子供達の気を紛らわしていた。待つ方も落ち着いていたのだ。そしてその横の専用レーンを優雅に進むバトラーに先導されたヨットクラブの乗客達。あれは幻覚だったのだろうか。
 悲しい気持ちになりながら、沖縄の地に降り立つと、気持ちを切り替えることにした。どうもこういう場面が多い。なんの修行なのだろうか。
 予定よりかなり遅れて車を借りると、この時点ですでに勝連城跡地を往復するだけでギリギリと思われた。呑気に首里城に行っている場合ではない。美ら海水族館のツアーの人は大丈夫だろうか。大分遠いぞ。
 とりあえず、急ぎ勝連城跡地に向かう。息子の謎のリサーチにより訪問が決定した勝連城跡地であるが、これはなかなか楽しめた。城壁のある丘まで登るのに、EVカートによる送迎もあった。頼めば解説もしてくれるし、帰りの案内も抜かりがない。ヨットクラブよりよほど優雅である。勝連城跡地を堪能し、すこしばかりドライブをして那覇市内へ戻った。

結構よかった勝連城

 その後は信頼と実績のヨットクラブレストランとラウンジで過ごす。明日は石垣なのだが大丈夫だろうか。念の為ヨットクラブのカウンターに下船はどうなりそうか聞くと、「テンダーボードで云々」と言い出した。
 しかし、石垣港はすでに大型クルーズ船が着岸できる岸壁が整備されているはずであるし、テンダーボート利用ならばその旨の記載が必ず日程表にあるはずである。全く知識がアップデートされていないし、日程表すら読んでいないようである。聞くだけ無駄な気がしてきた。
 そういえばカウンターで問い合わせている客も大分少なくなってきた。みんな何も解決しないから諦めたのだろう。
 まあ明日の予定は、着岸からかなり余裕があるので大丈夫だろう。気持ちを切り替えて寝ることとする。

DAY5 沖縄(石垣島)

 石垣島である。ここでは我々は自分たちでシュノーケリングツアーを手配した。船に乗せてもらっておすすめポイントでシュノーケリングをするのだ。期待のイベントである。

部屋から見える海だけでもテンションが上がる

 そして石垣島は我々の期待に見事答えてくれた。自然は裏切らない!業者の方はすごく良くしてくれたし、一緒にツアーに参加したご夫婦もとても感じがよく、話がはずんだ。
 しかもその旦那さんは何やらすごい撮影機材をお持ちで、我々が海で遊ぶ様子をその機材で撮影してくれた上に、後でデータをプレゼントしてくれた。いい人すぎる。ホスピタリティの塊だ。ホスピタリティに飢えていた我々は、ようやく生気を取り戻した。
 そしてやっぱり自然はいい。本当に生き返った。海の透明度は十分だったのだが、条件がよければもっとすごいらしい。石垣島を舐めていた。これは再訪せねばなるまい。
 なお、業者の方やご夫婦に「いいですねえ。クルーズの旅。いつか乗ってみたい!」と言ってもらえたのだが、正直なんと返せばよいのか困った。ここは素直に「ありがとうございます。ぜひ乗ってみてください」と答えておいた。でも本当に乗るんだったら、事前に私に相談してほしい。色々と伝えたいことがあるんだ。

石垣の海は最高だった

 港に戻ると、旗をもったバトラーの格好した人が我々を船にエスコートしてくれた。しかし、今はガラガラである。必要のない時にしかこの人たちは見たことがないのだが、普段はどこにいるのだろう。人が足りないのであれば、しつこいようだが、別レーンをつくって要所要所で立って案内してほしい。人が足りないのに個別に案内しようとするから足りなくなるのだ。
 あまり意味のないエスコートを受け、部屋に戻るとこの前使ってから全然掃除してもらえなかったバルコニーのジャグジーが綺麗になっている。やっぱり外装は外れているし、思いついたように掃除されるのはなんなんだろう。
 ともあれ天気もいいし、みんなでジャグジーでゆっくりと過ごす。なお、ジャグジーが掃除されたのは、この時が最後であった。その後はまだ行ったことのない店の開拓である。写真も色々撮る。この船はハード面は素晴らしい。どこをとっても映え映えである。いいことなのだが、なんかムカつく。
 明日は久しぶりの海外、台湾である。

どうしても映えてしまう妻

DAY6 台湾(基隆)

 久しぶりに台湾である。コロナ後初の海外でもある。私と息子は故宮博物館へ、妻と娘は寄港地である基隆の散策へと二手に分かれることとした。下船エリアが混んでいないことを確認の上で、基隆の地を踏んだ。もちろんバトラーのエスコート付である。ガラガラだけど。
 故宮博物館は初訪問であったが、実に見応えがあった。有名な白菜がなかったのは残念だったが、肉の石やら象牙の彫刻品を見て、白菜のキーホルダーを買ってもらった息子はご機嫌である。
 そういえば男子小学生というのは、無駄に石とかが好きである。私も黒曜石を集めていた。いうなればその方面で世界最高峰を見せることができたのだから、息子が興奮するのは当然である。というか私も興奮していた。良い経験ができたと言えよう。
 そういえば前回台湾オプショナルツアーから帰ってきた父も満足げに白菜のキーホルダーを買ってきて携帯に付けていた。血は争えないものだ。ここは白菜を見に再訪せねばなるまい。

見るまで「肉の石って何なの?」と言ってた息子

 一方の妻は、娘が欲しがったぬいぐるみを買うために両替所を求めて基隆の街をさまようことになり、なかなか大変だったようだ。もちろん下船すればすぐに両替所があるのだが、手数料が高いし、カードで払えば良いと言って使わなかったのだ。
 ところが、カードを使える場所は決めて限られており、しかもカードはほとんどビザしか使えない。キャッシングもうまくできない。私もタクシーでカードが使えず、台北駅で結局両替するハメになった。
 ここはやはりヨットクラブらしく手数料を気にせず最初から両替すべきだった。というかいつもそうしていたのだが、妻が余計なこというからだ。彼女はどうも富裕層になりきれていない。基隆に寄港される皆さんは、気をつけてほしい。
 最後の寄港地を後にする。ミッションクリアである。なんか疲れたが、まだあと2日ある。頑張ろう。

両側に広がる基隆の街に別れを告げる

DAY7/8 終日航海日

 色々学習してきたので、大分ストレスなく過ごせるようになってきた。多少のトラブルについては見なかったことにするのがよい。相変わらずベランダのジャグジーの外壁は外れているが、撮影時には立てているので問題はない。
 別のところも外れかけているが、次のお客さんが指摘してくれるだろう。実は、初日からシャワールームのバスタブが全く清掃されていないのである。お湯をためるとなんか浮いている。おそらくベットメイクとタオルの交換くらいしかしていない。そのタオルの枚数も毎回バラバラなのだ。冷蔵庫のドリンクの補充も思いついたように行われ、そもそも全部補充されたことがない。しかし細かいことはもうよい。細かいことではない気もするが、いちいちクレームを言うのも大変なのだ。

余計なことは考えずにヨットクラブ専用プールで快適に過ごす

 なお、風の噂に聞くところによれば、2日目くらいに船、あるいは旅行会社から謝罪があったようだ。いわくコロナ開けでスタッフが慣れていないという話らしい。チョコレートと謝罪カードを配ったらしいが、我々には届いていない。どうもヨットクラブの運営はうまく行っているという認識らしい。
 それに、コロナ明けの言い訳は、これまで散々自分の中で怒りを抑えるのに使ったネタなので、正直ひびかない。落ち着くには、最初から期待しないようにするほかない。スルーするのがよいのだ。
 そう思いながら、ヨットクラブのカウンターの前を通ると、乗客の一人が「さっきトイレットペーパー持ってきてもらうよう頼んだんですが、まだですか?ちょっと急ぎたいので、トイレットペーパーください」とスタッフに頼んでいる。
 さすがにトイレットペーパーがないのは、スルーできまい。そういえば、我が家の部屋のトイレットペーパーも残り少ない。
 するとスタッフは「今係の者に連絡しておりますので、お待ちください」と答えた。一事が万事この調子である。
 カウンターに4人くらい並んでいるのだから、突っ立ってないで誰か一人くらい背後の10メートル先にあるトイレに走ってトイレットペーパーをとってきてはどうだろうか。私が走ろうかとよほど思ったのだが、ひょっとしたら既に周辺のトイレットペーパーは捜索済なのかもしれないし、余計なことはするまい。
 その前に我が家の部屋のトイレットペーパーを確保しておく必要がある。生存競争は初日から始まっていたではないか。
 なお、トイレットペーパー不足問題は我が家の客室はもちろん、パブリックスペースの至るところで生じていたようである。目の前でシャンパン片手にポーズを決めて写真を撮っている妻も、さっきまでトイレで中腰になってトイレットペーパー難民になっていたと思うとなかなか味わい深い。映え写真の闇である。
 なんでトイレットペーパーがないのだろう。やっぱり日本人は普段ウォシュレットになれているから、トイレットペーパーを効率的に使えないのだろうか。便利さの陰で失われた技術があるのだ。

オメガはあってもトイレットペーパーはない

 ふとツイッターを検索すると、毎朝のラジオ体操の皆勤賞の景品(バンダナ)は、全然数が足りなくてあっという間になくなったらしい。寝坊して正解であった。
 それにしても、毎回どれくらい人がきてるか把握していなかったのであろうか。足りなかったのでうまい棒を配ったらしい。本当だろうか?未確認情報なのだが、事実だとすると面白過ぎる。
 終日航海日は、旅行会社主催の落語を見たり、色んなショーを見たりして過ごす。落語をはじめて聞いた息子は楽しかったようだ。ただ、落語やショーの合間、船のエアコンが壊れてしまい、ムンムンの熱気の中で観賞することとなった。
 珍しく、船内アナウンスがあり、湿気が多すぎてエアコンを再起動しましたという、よくわからない説明が入った。説明があっただけで相当の進歩であるが、説明自体は良く分からない。エアコンというのは湿気を取る機器ではないのか。いずれにせよ、要するに一番切れていけない時にエアコンが壊れたということである。
 しかも、悪いことに我々の客室のエアコンも効いていない。先に子供達だけを部屋に帰したら、二人が汗だくになってぐったりしていた。事故一歩手間である。さすがに文句を言おうと思ったが、念の為にヨットクラブのカウンターに尋ねる前に周囲の乗客に状況を尋ねると、どうやらほとんどの客室のエアコンは稼働しているようだ。
 こうなると、カウンターに行って、暑いと文句を言っても「部屋のエアコンは稼働してますので、部屋でお過ごしください」と言われることは確定的である。余計暑くなりそうだ。デッキに避難することとした。海の風は心地よい。自然は裏切らない。
 でも終日航海日に長時間部屋に戻れないのは辛かった。ヨットクラブレストランもラウンジも暑く、我々の数少ないオアシスがどんどん枯れてしまったのだ。結局、部屋のエアコンが回復したのは、夜8時頃であった。一応部屋の件の報告はしたのだが、やっぱり謝罪はなかった。

船尾のデッキで海の風を感じる息子

 そういえば初日は微妙だったショーだが、最後のショーはよかった。やればできんじゃん!また、最終日の夜は、ホワイトナイトのパーティがあった。みんな白い服を着てデッキで踊るのだ。これは盛り上がった。世界各国の音楽でみんな思い思いに踊る。適当なステップでも、下手でもよいのだ。
 年配のご夫婦や子連れのファミリー、普段であれば絶対人前で踊らなそうな日本人の集団がノリノリで踊り狂うのだ。実に素晴らしい。みんなありがとう!みんなのおかげで良い旅だった!

ちょっと感動してしまった最後のショー
日本人の集団とは思えないノリの良さ

DAY9 下船日

 ようやく下船日である。日程表によれば、8時までに部屋を出ろとあるが、我々ヨットクラブのお客様は9時までは部屋にいて良いらしい。これは助かる。昨夜は遅くまで踊って、その後せっせと荷物を詰めていたのだ。
 ところがである。珍しくバトラーが訪ねてきたかと思うと、「次の客を乗せるために掃除をするから8時までに部屋を出て欲しい」と言う。「上のラウンジにGO!」だって。それはおかしい。やむを得ずヨットクラブのフロントに聞きに行くと、そんなはずはないという。
 それは分かったからどうすればよいのか聞くと、ドアをロックして「Don't Disturb」のランプを付けておけとのこと。最後までずいぶん力業である。もう少しエレガントにできないのだろうか。
 そういえばこの時が一番バトラーとよく喋った気がする。なんだったんだろうあいつ。
 なんとか荷物をまとめラウンジに行くと、みんなほとんど下船してしまっていた。みんなお疲れ様でした。我々も早いところ下船したほうが良さそうだ。
 いつものようにひんしゅくを買いながら下船口へ向かい、最後に乗客のおばさまににらまれながらゲートに横入りして下船である。入国手続きを行うが、この際に初めてヨットクラブ専用レーンを見ることができた。やればできんじゃん!少しだけ優先され、無事に帰国である。

横浜港には憧れのにっぽん丸も帰ってきた

 それにしても、8時に部屋を出ろと言われて、我々より後に下船する人達はいったいどうやって過ごしたのであろうか。その辺で待ってろという感じだったが、大丈夫だろうか。ふと見ると今日から乗船するジャパネットのチャータークルーズの乗客が集まり始めている。そりゃ8時に出ろと言われるはずだ。
 しかし、こんなにせわしかったかなと思って過去の写真を見てみると、2018年のMSCスプレンディダでは、部屋を出た後にレストランで昼ご飯食べたり、プールで泳いでいた。確かにそうであった。最後まで船を堪能して名残惜しく下船したのだ。下船が遅くてラッキーだねとか言っていた気がする。なんでこんなことになっているのだろう。
 お世話になった船を見上げると部屋の窓が並んでいる。それぞれの部屋に家族やご夫婦・友人同士で泊まったのだろう。久しぶりの家族旅行だったかもしれない、何かの記念日だったかもしれない、楽しみにしてた旅行を、ちゃんとみんな楽しめただろうか。心配でならない。
 そしてこれから乗船するジャパネットのお客さん達の行く末も心配である。普通は「今から乗船かー、いいなー」となるはずだが、ただただ心配である。
 荷物をピックアップして、タクシーの列に並ぶ。しかし、我々の荷物は多すぎて普通のセダンタイプでは乗り切らない。ワゴンタイプが必要なのだが、タクシーの列はセダンタイプがならんでおり、ワゴンタイプは奥のほうにいる。
 いつもの癖でしばらく待つのかと待機する準備をしていたら、整理バイトの兄ちゃんがワゴンタイプのタクシーの元へ走り、ワゴンタイプをわざわざ呼んでくれているではないか。ここはヨットクラブなのだろうか。素晴らしいホスピタリティである。MSCは彼をバトラーに採用すべきだ。
 船を下りてからは順調であった。GW最終日なので、割と空港は混んでいたが、さすがはANAである。見事な行列さばきで、何分ならんでいてもノンストレスである。我々は鍛えられ方が違うのだ。ふとみると、ANAの上級メンバーは優雅に専用入口に消えていく。
 お昼ご飯を食べようとレストラン街に行く。イタリアンばかりだったのでカレーうどんをチョイスするが、まあまあ並んでいる。しかし、この程度の列は我々にとって問題はない。鍛えられ方が違うのだ。店員のおっちゃんの動きも良い。隙のない動きで、全力でホールを回している。見事だ。MSCは彼をバトラーに採用すべきだ。
 保安検査場もすんなり通過。GW最終日なのにじゃんじゃん客をさばいている。どうして日本の経済成長率は低いのだろうか。この日は東京も鹿児島もあいにくの天候であり、飛行機が飛ぶかどうか、着陸するかどうかも微妙らしい。しかし、逐一説明があり、不安がない。
 カードラウンジに行くと、混雑して空席待ちだが、これまたスタッフがキビキビと動き、インカムを活用した連携で空いた席に見事に誘導してゆく。素晴らしい。MSCはバトラーにインカムを装備すべきだ。
 日本の空港のホスピタリティに感動していると、悪天候による機材到着遅れの案内がある。まあこの雨なら仕方ない。しかし、なんとクレームを付けている輩がいるではないか。なんということであろう。ちゃんと案内してもらえるだけありがたいということが分かっていないようである。しかも悪天候が理由なのだから仕方があるまい。
 私が「あの人ベリッシマに乗せてあげようよ」とボソッとつぶやくと、妻が吹き出した。

留守番させられた我が家のアイドルは少し怒っていた

まとめ

 以上がヨットクラブ珍道中である。私のインスタは映え映えなのだが、まことに珍道中であった。いいねを押してくれたパパ友にはなんて説明しようか。さぞかし優雅な旅をしたと思われているだろうが、珍道中だったんですよ。
 実は航行中、夜になると、インスタで映え映え写真を投稿し、天井を見つめ、どうしてこんなに気分が晴れないのだろうと思い、考えをまとめている内に、少しつづ旅行記の下書きを考えていた。旅行中にこんなことを考えたのは初めてである。頭の中で推敲していただけに、筆が進む。一気に書き上げてしまった。

複雑な心境のカクテルパーティー

 どうして珍道中になったのかは、正直よくわからない。ただ、MSCのオペレーションに相当な問題があるのは明らかである。
 私の理解では、チャータークルーズというのは、船の日程をまるっと買い上げて、集客のリスクを旅行会社が全て負うというだけの話であり、結局のところオペレーションはほぼMSCサイドが行うはずである。
 そうであるならば、歩哨のようにたくさん立っていた旅行会社のスタッフがほとんど何の役にたっていなかったのも頷ける。彼らはMSCサイドと乗客の間を繋ぐのが与えられた役割であり、MSC側のオペレーションが破綻すると、彼らできることはほぼ何もない。
 私の想像が事実であれば、旅行会社側にも被害者という側面がある。あんなポンコツのフォローをしろと言われたら、私だって御免被りたい。他方で主催しているのだから、最終的な責任を負うのは旅行会社なのではないか。
 いうなれば下請けが十分な質を提供できていないのだから、それなりの対応をすべきなのだが、のんきに次のチャータークルーズの予約を勧めていたのは、どうなのかと思う。社長!部屋埋めちゃダメですって!

次はうまくやります!

考察

 ここまで書いてふと気づいたのだが、私の気分がどうしても晴れないのは、まあ最初だからゴタゴタしても仕方ないよねという空気を、MSCや旅行会社から感じたからではないだろうか。
 客を失望させたくないという必死さを全く感じなかった。自分が乗っている船では乗客をがっかりさせまいという心意気を見せて欲しかった。旅行会社の皆さんにも、自分達の作り上げた企画でお客さんをがっかりさせたくないという思いはないのだろうか。
 今回のゴタゴタ続きで誰よりもがっかりしていなければならないのは、乗客ではなく彼らである。やっと催行できたクルーズがあんなんだったんですよ。一人くらい悔し涙を流していて欲しかったくらいだ。
 実際、トラブル自体は仕方の無いことなのである。仲良くなったコスタのクルーもコロナ禍の間にクルーズ船を降りて今はフィリピンで別の仕事をしている。練度の高いスタッフを集めるのは大変なのだろう。ましてや日本初就航の船である。だからトラブルはいいのだ。
 でも、乗せちゃった船なんだから、なんとか頑張ろうぜ。突っ立ってないで自分達が何かできないか動いてほしかった。絶対にみんなを笑顔で下船させるんだという気概はないのか。今回のクルーズでは、乗客がみな自分なりに解決策を見いだして過ごしていた。極論を言えば、乗客の自助努力によって成り立っているように思えた。

エアコン故障に対して自助努力中の子供達

 乗客の中には、結構クルーズ慣れしている人も多かったように思う。デッキでただひたすら読書していた方とか、極めて正しいあの船の過ごし方である。しかし、初めてのクルーズでアレはきつい。クルーズなんて懲り懲りだという人が増えるだけだ。
 それなのに船や旅行会社側が何とかやり切ったと思ってそうなのが怖い。違う。頑張ったのは乗客である。楽しませてもらったのではない。楽しんだのだ。
 もちろん素晴らしいスタッフはいた。今回のMVPは、レストランで私達のテーブルを担当してくれたクルーである。サービス精神満点で、彼らに救われたと言っても過言ではない。
 ショー部門、ダンス部門、バー部門、みんな自分の仕事をちゃんとしていいる人たちがいた。残念ながら我が家の担当ではなかったが毎朝挨拶してくれた客室清掃のお兄さんもよかった。我が家の部屋も担当してほしかった。本当にありがとう。
 こうしてMSCの悪口を書いている間も、彼らの笑顔が浮かんできて正直辛い。君たちは悪くない。
 長々と文句をたれたわけであるが、思い返せばなんだかんだで今回も楽しかった。頑張ったもん。文章にしてみて消化できた気もする。トラブル続きだったが、旅行とはそんなものだ。
 しかし、度々感じられたMSCや旅行会社のプロ意識の欠如だけは許しがたい。
 次の鹿児島寄港時は、責任者は全員船を下りていただきたい。私がオレンジの旗を持って鹿児島の誇るホスピタリティ焼き肉レストラン、焼き肉なべしま本店へ連れて行き、カルビランチ(米国産牛)を全員にごちそうしてあげよう。
 人気でいつも混んでいるが、ここのスタッフは焼き肉をおいしく食べて欲しいという思いにあふれている。ここで鹿児島黒牛を振る舞ったコスタのクルーには大絶賛で、二回目は自分達だけで行っていた。ここで、ホスピタリティの基礎を学ぶべきである。
 ヨットクラブの感想であるが、ヨットクラブじゃなければもっと酷い目にあったんだろうなという一言につきる。高い買い物をしたものだ。いやヨットクラブだからこそ酷い目にあったのか。実は夏のクルーズも予約していたのだが、予算がなくて内側客室であった。むしろ内側客室なら余計な不満がでないのかもしれないが、さすがに昨日キャンセルしてしまった。夏の予定は練り直しである。
 家に帰ると、娘が「バトラーさんいなかったねー」と言って何やら紙を捨てていた。なんだと思って見てみると、出発前にバトラーさんに質問することリストを書いていたようだ。なんかごめん。
 最初の質問は「おなまえはなに?」とあるが、あの人の名前はなんだったんだろう。3日目くらいに名刺が置いてあった気がするけど見てないや。ふと壁をみると、4月のカレンダーが貼っており、乗船日までのカウントダウンがしてあった。
 今回の旅行、子供達の期待に応えられただろうか。我々夫婦は頑張った。ほかのパパ・ママも頑張っていたに違いない。同士達の奮闘に敬意を表したい。

最後に

 散々悪口を書いたが、オペレーションの問題については、徐々に改善すると思う。これを読んでそこまで心配しなくてもよい。腐ってもMSCである。なんとかするだろう。
 大きな期待をせず、予定を詰め込まず、プールサイドでだらだらしようと思って参加すれば、十分楽しめるだろう。たぶん。夏のチャータークルーズについても、時期的にはこなれてきた頃だろうと思う。たぶん。我々の屍を乗り越えて是非楽しんでもらいたい。
 なお、旅行会社にキャンセルの連絡をした妻は、少し文句を言ったら「カジュアル船ですし」と言われたそうだ。いやそうなんだけどさ。それアンタが言う?ちょっと不安が残る。
 こうなっては乗客サイドも意地である。舐められてはいけない。
 後に続く皆さんは、カジュアル船だろうが、是非、フォーマルナイトに最大限着飾って参加して欲しい。最低でも蝶ネクタイ、できれば全員タキシードにロングドレスだ。キュナードの船ですかというレベルで場を華やかにして、連中の背筋を伸ばしてもらいたい。
 グッドラック!幸運を祈る。

諸君の幸運を祈る!

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