貴方は何を望む

「消えてしまいたい」

「は?」

「って思う事、ありませんか?」


夕暮れ時の屋上には何もない。沈みかけた太陽の赤と、遠く侵食してくる夜の黒が交じるだけ。心地好い静寂と、少し不気味な閑散とした空気に包まれる。


「僕にあると思う?」

「雲雀さんには無いか」

「自殺願望でもあるの?」

「いいえ」


困ったように眉を八の字にした彼は、それでも「へらり」と笑っていた。笑っているけど、泣いているふうにも見えるから。器用なんだか不器用なんだか、よく解らない男だと思う。


「……死にたいとかじゃないんです」

「消えたい?」

「そうですね」


そんな感じです。と、呟く横顔は何処と無く影を帯びていて。いつもの気弱な子供っぽい顔が、妙に大人臭く見える。それなのに、何とも頼りない雰囲気が妙にそわそわさせる。


「リセット……って言うんですかね、最初から始め直すんですよ。だから今の自分を消したい」

「ふうん?」

「俺だけじゃなくて、俺に関わった全ての人達も最初に戻って欲しくて。獄寺君は家族と仲良くイタリアで、山本は腕を怪我しないで野球大好きで。ランボとイーピンには優しいママが居て。お兄さんは、ずっと京子ちゃんのお兄ちゃんで。ハルと京子ちゃんは、俺なんかが到底敵わないくらい良い男の子と恋をして。……骸やクローム達は、びっくりするくらいの普通で平凡な子供で。リボーンだって、人を殺さない」

「笹川は笹川のままなんだね」

「…あ、本当だ」


僕の指摘に笑いだした。元気はないけど、いつもの彼っぽい顔に安心する。何故僕が、彼の表情に安心するのかは解らない。だけど何だろう。今の沢田には、トンファーを振るう気にもなれない。


「解ってるんです。こんな考え、みんなに対する侮辱だって。こんな、情けない俺なのに。こんなに側に居てくれて、こんなになるまで一緒に戦ってくれて。なのにリセットしたいだなんて。今まで積み上げてきた絆を、なかった事にしたいとか。最低だって」

「だけど、それが君の求めるものなんだろ?」

「…たぶん」

「それで君は救われるの?」

「……さあ」

「さあって」

「でも、楽にはなれるのかなって」

「…………」


冷たい風が、僕と彼の前髪を揺らす。そう言えば、いつの間にか虫の音も消えた。秋が終わる。冷たい冬がやって来る準備を始めだした。今年も、もうすぐ終わる。早いもんだ。


「雲雀さん」

「なに」


「俺、イタリアに行くんです」


無機質で、淡白で。それでいて、どこか絶望が漂う声だった。


「知ってる」

「来年の春に」

「随分と急な話だよね」

「そうですね」

「全く、大人って奴はね」

「……俺も、」

「ん?」

「いつか、誰かを殺すのかなぁ」


一瞬、泣いているのかと思った。彼の声は震えていたから。


「マフィアのボスになるって、そういう覚悟も持たなきゃって事だと思うんです」

「君の周りの大人達は、君に新しいボンゴレを期待してるんじゃない?」

「でも、マフィアはマフィアじゃないですか。例えば俺じゃなくて別の誰かが、ボンゴレの為に命を失ったり。命を奪ったりする事もあるかも知れない。俺は、その命の重みを背負う覚悟がないと。ボスなんて……十代目なんて呼ばれる資格は無いって思うんです」

「………」

「でも、なんだろ。背負うって覚悟を決めたはずなんですよ。だけど。秋が終わって、冬が来て。そしたらあっという間に春じゃんって思ったら。なんか、……なんと言うか」

「なに?」

「嫌だなぁって。誰にも、死んで欲しくないなぁって」


段々と鼻声になる彼の声色に、同調するかのように夕焼けが暗くなる。冷たい風が、ぴゅうっと吹いて。なんだ、もうすっかり冬じゃないかと笑えた。


「甘ったれてるね」

「……ごめんなさい」

「沢田」

「はい」

「心は自由であっていいんじゃない?」

「中途半端っぽくないですか?」

「君らしくて、僕は嫌いじゃないけど」

「………」

「行っておいで。帰ってきたくなったら、また戻って来なよ。並盛は僕が守っておくから」


中途半端な癖に、背伸びした事を考えるから苦しむんだろうに。馬鹿が落ち込むと、本当にろくでもない。ひとりではドンクサイんだからさ、君の大好きな群れと素直に仲良くしてればいいじゃない。君の大好きな群れ達は、君に巻き込まれるのが嫌いじゃない。それに気づけよ、馬鹿沢田。


なんか段々腹が立ってきたので、沢田の低い鼻をきゅうっと摘まんでやる。寒空の下、赤くなっていた彼の鼻先は冷たかった。「…いはいはーん。いはいへすお」恐らく、雲雀さん痛いですよと言っている沢田はマヌケ面そのもので。お前みたいなチンチクリンに人が殺されてたまるか、と言ってやった。沢田はきょとんと顔を崩し、そして笑いだした。鼻を摘ままれて苦しいだろうに、関係ないと。腹を抱えて笑った。


呆れて指を離してやれば、沢田は自分の鼻を擦りながら「雲雀さん、ありがとうございます」とか意味解んない礼述べてきた。相変わらず、変な子。


「そう言えばさっきの、始めからやり直すって話。僕の名前が出なかったけど?」

「あっ、そこ気にします?」

「面白くなかったら咬み殺すから」

「雲雀さんは、俺の中では規格外なんです。だからかな、俺も雲雀さんなら割りと平気で巻き込めちゃえるって言うか。だから、雲雀さんだけは雲雀さんのまま。ずっとおっかない風紀委員長で、ずっと並盛牛耳ってて。上手く言えないけど、雲雀さんはどこから始めても。今の俺と雲雀さんの関係に落ち着くんだろうなって」

「……君、ちょっと図々しくない?」

「雲雀さんに言われたくないです」

「言うようにもなったね」


トンファーを、ちゃきっと取り出してみせれば「暴力反対!そんな事するなら俺帰っちゃいますからね‼️」とか言ってくるから「とっとと帰れ。最終下校時間なんだよ馬鹿」って言ってやった。


「もう!野蛮なんだから‼️」

「なんか言った?」

「帰ります帰ります」

「うん。帰れ帰れ」

「雲雀さん」

「ん?」

「さようなら」


屋上の扉の前。ドアの取っ手に手を掛けたまま、彼は振り向いて「さようなら」と言った。なんて事はない。ただの挨拶だ。明日になればまた、学校で顔を合わせる。

「おはようございます」「おはよう」それで1日が始まる。解っている。これはなんて事のない、いつもの。ただの挨拶なんだって。


だけど何故だろう。この子に「さようなら」と言われると、心臓に重石を乗っけたみたいに重い。息苦しくなるのは、僕の中で彼が。いつの間にか特別になっていたから、なのかも知れない。本当に、いつの間にか。


「また、明日」


自然と口が、そう言っていた。自分でも意外な事を言うなと思っていたら、沢田は驚いた顔をした。そう言えば、僕が明日を約束するなんて始めてかも知れない。らしくない。

だけど、それでも。今の彼にも、今の僕にも「明日」が必要な気がした。ただの便宜上の挨拶であったとしても、僕はきっと君に伝えなければならない。

家族でも、友達でもなんでもない。他人の僕にしか、たぶん意味の無い事だと思ったから。


沢田は暫し目を泳がして、明らかに動揺していて。それでも僕は、辛抱強く彼の返事を待った。僕の「明日」に対し、彼が応えなければ意味がない。そして、何を応えるかは彼の自由だ。風がまた吹く。冷たいね。


「……また、明日!」


夕闇の中、力弱く響いた応え。

沢田は笑っていて、そして泣き顔だった。

その顔どうやって作るの?

不器用なんだか器用なんだか、変な子だね。


「……おい。泣くなよな」

「泣いてませんよ」


涙を流さずに、沢田は泣いていた。


泣いていないと、下手くそな嘘をつく彼を見て


何故か僕は、心臓が痛くなった。


本当に、意味が解らない。


※家庭教師ヒットマンREBORN二次創作
雲雀と綱吉。


綱吉にとって雲雀は「規格外の赤の他人」であり。それはある意味で特別で。逆に雲雀の方が無意識に、綱吉に感情移入してそうだなって。「規格外の赤の他人」だから、思い切り弱くもなれる綱吉と。そんな綱吉に利用されても怒らない雲雀さんの話です。

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