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【短編小説】ナイン(『サイキックNo.9』トリビュート小説)

俺がやつらを使い捨てて、思い知らせてやるんだ。

■あらすじ
ものに宿る心を目覚めさせる力を手に入れたナインは、復讐を開始する。

THE YELLOW MONKEY『サイキックNo.9』のトリビュート小説

 高揚感。
 期待感。
 万能感。
 存在感。
 使命感。
 底なしの泉から湧き上がってくる感覚で、全身が沸騰しているみたいだった。
 広げた手を前にまっすぐ伸ばす。その先に停まっている車に意識を集中した。固いボディーの奥で、心が眠っているのがわかる。ナインは手を閉じて、その心を強く握りしめてやる。すると車は、叩き起こされて驚いた犬みたいにエンジンを吹かし始めた。そして急発進して建物の壁に一直線に突っこんでいく。
 これだ。求めていたのは、これだったのだ。
 やっと手に入れた。
 この力があれば、なんだってできる。
 物音を聞きつけて、周辺の建物の中から人がわらわらと出てきていた。ボンネットが潰れて動かなくなった車におそるおそる近づく者もいた。だがナインに気づいた者はいない。
 バカなやつらだ。
 自分が危ないめにあうなんて想像もしていない。
 まったく、腹が立つ。
 ナインは両手を広げた。このへん一帯にある車をかたっぱしから叩き起こしてく。車がうなり声を上げて、めちゃくちゃに走り始める。道路は車で入り乱れ、あっという間に大混乱になった。暴れまわる車から、歩行者は必死に逃げ惑っている。
 最高だ。
 すべてが思いのままにできる。
 暴走する車の窓から身を乗りだす子どもがいた。外に落ちかかっているその子どもの脚を、母親が必死に掴んでいる。運転手はハンドルを力づくで操作しようとしているが、目覚めた車が言うことを聞くはずはなく、なすすべもない。
 ナインはその車の心を、指でぴんと弾く。
 車は急ブレーキをかけて、その場でスピンし始める。母親と子どもが悲鳴をあげる。
 あの家族はナインの手の平の上で泣き喚《わめ》くことしかできない。その絶望と恐怖のなんと心地いいことか。笑いがこみ上げてくる。
「やめろ!」
 無粋な声に、笑いが止まる。振り返ると、やせっぽちの少年がナインをにらんでいた。
「中にいる人たちを降ろせ」
 少年は毅然きぜんとした態度で続ける。
「車ならやるから、レースは外でやれよ」
 みんなを守ろうというのか。丸腰の、その細い腕で。
 再び笑いがこみ上げてきた。
 教えてやろう。
 お前のそれは、単なる身のほど知らずだってことを。
 ナインはスピンしている車をもう一度、指で弾いた。ついでにあたりを走り回っていた車も何台か。その車たちは少年に向かって一直線に走りだす。少年は車の進路から逃げようとするが、その先には別の車が向かってきている。どこにも逃げ場がないと気づき、少年の顔が恐怖に染まった。
 ぶつかる! というところで急ブレーキをかける。車は文字通り少年の目と鼻の先で止まった。ボンネットの柵に囲まれた少年は、その場にへたりこんでしまう。さっきまでの威勢はどこへやら、真っ青な顔で震えている。
 あたりを見回すが、ナインには刃向かおうとする者はひとりもいない。どいつもこいつも、クラッシュした車や建物の影に隠れて出てこない。完璧だ。
 ナインは高らかに笑う。
「俺をみくびるからだ! 俺が本気になればお前らなんてあっという間にスクラップだ!」


「もー、言わんこっちゃない」
 屋上に立ったファンキーは双眼鏡から顔を上げた。風に揺れる紫色の髪の毛を手で押さえながら、街を見渡す。今いる建物から三ブロック離れているが、めちゃくちゃになった道路は肉眼でも見えた。
 ファンキーの肩に載っているサルのぬいぐるみは、不機嫌そうに腕を組む。
「なにがひとりで大丈夫だ。あっさり捕まってんじゃねえか」
 ファンキーから双眼鏡を受け取ったラッキーは、ちらっと覗くなり苦笑いする。
「まあ、こうなることを見越して僕らを出巣《リリース》してたわけだけどね」
「だったらどうしてオレだけこのままなんだよ!」
 サルのぬいぐるみはぷんぷん怒っているが、二・五頭身なので迫力はない。
 後ろでジャンキーがのんびりとつぶやいた。
「日頃のおこないのせいでは?」
「あぁん?」
 ぬいぐるみが首をぐりんと回してジャンキーをにらむ。当の本人は気にもとめずに、巨体に似合わぬ繊細な手つきで双眼鏡をオーバーオールのポケットにしまっている。
 肩から下りたぬいぐるみは腕をぐりぐり回しながらジャンキーに近づいていく。
 その胴を、ファンキーがむんずと掴んだ。
「はいはい。その体力はあとに取っておいて」
 ファンキーは、ジタバタするぬいぐるみをラッキーの肩の上に載せた。そしてめちゃくちゃになった道路を見すえる。
「んじゃ、アタシらも行きますか」


「アタシの友達、返してくんない?」
 道路のまんなかで狂ったように笑っていた少女に向かって、ファンキーは声を投げる。警戒した顔で振り返ったナインは、ファンキーの姿をじろりと見回した。
「だれだ、お前。どうして俺を知ってる」
「アタシがわかんないの? えぇー、悲しいー。家電同士、あんなに慰め合った仲じゃなぁい」
 ファンキーは大げさになげきながら、さり気なく周囲の状況を確認する。ナインの注意がこっちに向いている間に逃げてほしかったのだが、車に囲まれた少年は動けない。どうやら腰が抜けてしまったらしい。
 ナインが思いついた顔になる。
「もしかして、ファンキーか?」
「そうだよ! やぁーっと思い出した!」
「お前もリリースしたのか」
 ナインが少しだけ警戒心を引っこめた。だが完全にではない。その気になればいつでも、車を突っこませてくるだろう。ファンキーは油断せず、しかしそれを悟られないように、少しずつ距離を縮めていく。
「まあね。でもせっかくリリースしたのに、あんたはこんなとこでなにしてんの?」
「力を示してる」
「なんのために?」
「お前も思い知っただろ。こいつらはすぐに俺らを使い捨てる」
 こいつら、のところでナインは自分の胸を指さした。ファンキーは肯定も否定もせず、続きを待つ。
「使い捨てられない方法はひとつしかない。自分が使う側になることだ。この力はそのためにある」
 ナインが話す間、ファンキーは耳をすませていた。目の前でしゃべる少女とは別に、かすかな声が聞こえる。逃げる人の悲鳴、建物の反響、車のうなり、音をひとつひとつより分けて、その声をたどっていく。もう少ししゃべらせないと。
「だけど、壊しちゃったら使えないんじゃない?」
「人間はほっとけばいくらも増える。だからまずは圧倒的な力でねじ伏せる。残ったやつはそうなりたくないから俺にひれ伏す。あとは好きなだけ使い捨てる」
「つまり、あんたはここの王様になりたいわけ?」
「王ね。それも悪くないな」
 ナインは潰れた車があちこちで煙を上げている道路を満足気に見渡す。そしてファンキーに手を差し伸べる。
「お前もこっちに来いよ。こいつらに思い知らせるんだ」
 ファンキーはナインの手をしばし見つめる。その後ろでは、さっきの少年が他の人に助け起こされて建物の中へ逃げていくのが見えた。そろそろいいかな。
「あんたの考えてることは大体わかった。だけどさ、そういうことは自分の口で言おうよ」
 ファンキーはナインに背を向け、すぐ後ろの建物の屋上を指差す。そして、街中のすみずみにまで響き渡るほどの大声で言った。
「給水塔! 柱の陰!」
 二秒後、小さいなにかが空気を裂き、給水塔の柱が弾け飛んだ。柱のひとつを失った給水タンクがぐらりと傾く。隠れていた人影が慌てて飛びだした。倒れたタンクから水が滝のようにあふれだし、人影もろとも建物の屋上を洗い流す。
 地面に流れ落ちた大量の水で、道路の一部が川のようになった。その水の中から、よろよろと人影がはい出てくる。その鼻先をかすめて、小さな何かがまた飛んできた。逃げ道を塞ぐようにもう一発。着弾した地面には小石サイズの穴が開いていた。
「どこへ行くんだい? まだ話しの途中だろう?」
 向かい側の建物の屋上から、ラッキーが見下ろしていた。指鉄砲でねらいをつけたままだ。
「やっと顔見て話せるね。ナイン」
 ファンキーは地面にいつくばったナインの前に立ちふさがる。
「さあ、私の友達を開放して」
 ナインは線が細い青年の姿をしていた。長い髪の隙間から、怒りに燃える目でファンキーをにらむ。
「友達だと? こいつのことか? 俺らを使い捨てるやつらだぞ」
「彼女は違う」
「信用できるか。人間はどいつも同じだ」
 ナインは両手で何かを持つような仕草をした。そのまま左の親指を前に倒す。
 すると動きが止まっていた少女が再び車を動かし始めた。エンジンをうならせた車が、ファンキーめがけて急発進する。
 その時、ナインの頭上から、声とともにサルのぬいぐるみが降っていた。
「さっさと返せオラ!」
 ぬいぐるみのキックを頬にくらい、ナインの目から星が散った。いくら柔らかくても、三階から飛び降りたのでそれなりの衝撃になったようだ。ナインは地面にうずくまったまま動けない。
 それと同時に少女の体から、ふっと力が抜けた。ふらりと後ろへ倒れていく少女の体を、巨体に見合わぬ素早さで駆け寄ったジャンキーが受け止める。
 コントロールを失った車はファンキーの横をすり抜け、スピードを落としながら建物にぶつかった。ファンキーも少女のもとへ駆け寄る。
「ハート、大丈夫?」
「うぅー」
 ナインから開放された少女――ハートは人生で最悪の目覚めって感じの顔で、ゆっくりと体を起こす。それからガラガラ声でぼやいた。
「のどが痛い」
 普段のハートからは想像もつかない大声でしゃべりまくっていたのだから、無理もない。ファンキーはホッとして、ちょっと笑ってしまう。
「ハート、ハート! 早くリリースしろ!」
 サルのぬいぐるみが短い足で走ってくる。
「あの野郎、逃げる気だ!」
 見ると、ナインが通りを走り去っていくところだった。ナインの真後ろには知らない男の人がぴったりとくっついている。たぶん、ナインに操られているのだろう。その人がたてになっていて、ラッキーも撃てない。
 その状況に気づいているのかいないのか、ハートはいつも通りののんびりした口調で言う。
「いいけど、手当り次第になんでも壊すのはなしだよ? あと、あんまり痛くしないであげて」
「そんなこと言ってる場合か!」
「モンキー?」
 こういうときのハートは絶対に譲らない。それがわかっているモンキーは、半分やけっぱちで折れる。
「あー、もうわかったよ! わかったから早くしろ!」
 ハートは満足したようにうなづき、モンキーの頭をなでるように手を載せた。
出巣リリース
 ハートがつぶやいた瞬間、サルのぬいぐるみは力を失い、くたっとハートの手の中に倒れた。かわりに、卵のような白い光の玉がぬいぐるみから抜け出してくる。やがて羽を広げて飛び立つように、光は大きくふくらんでいく。そして光が徐々に弱まると、引き締まった体の女が立っていた。髪は短く刈りこまれ、動きやすさを優先した服に袖はなく、ズボンから出た足は裸足だ。
「おっし。久々に暴れっぞ」
 モンキーはその場で軽く体を伸ばすと、そばにあった半壊した車のドアを引きはがした。仲間たちが止める間もなく、その場で回転しハンマー投げの要領でドアを放り投げる。
 ドアはフリスビーのように回転しながら飛んでいき、ナインを追い越したところで地面に突き刺さった。
 突如、目の前の降ってきたドアに驚いたナインは、足を止める。
 その間にモンキーが一気に距離を詰めた。
 気づいたナインが、背後を守らせていた男をモンキーにけしかける。
 掴みかかる男の腕をくぐり抜け、モンキーはすれ違いざまに男の足を払った。そのまま止まらず、ナインに飛びかかる。
 ナインが振り返りざまに、広げた手を突き出した。
 危険を察知したモンキーは跳躍する。ナインを飛び越え、空中で体を回すとドアにかかとを振り下ろした。ドアはナインもろとも地面に倒れ、モンキーはその上に着地する。
 地面とドアの間にはさまれたナインはジタバタと暴れる。モンキーに向かって必死に腕を伸ばしているが、うつ伏せになっているのでうまくいかない。
 それを見て、モンキーは気づいた。
「直接さわらなきゃ操れないのか。案外不便だな、お前」
「黙れ!」
 今度は腕の力でドアを押し上げようとする。そんなナインの反応を楽しむように、モンキーはドアの上で軽くひざを弾ませる。
「おらおら、さっきまでの威勢はどうしたよ? 自分だけじゃ何もできないか?」
「モンキー。そこまでだよ」
 ハートたちが追いついてきた。
「あんまりいじめちゃダメ」
「先に手出したのはこいつだろうが」
「日頃のおこない」
「あぁん!?」
 つぶやいたジャンキーを、モンキーがにらむ。しかしジャンキーは気にせず、オーバーオールのポケットをごそごそやっている。やがてポケットから取り出したものをハートに手渡した。
 ハートはナインのすぐそばまで来てしゃがみこむ。
「大人しく帰巣リターンしてくれないかな?」
 ハートは手に持ったゲームのコントローラーを差し出す。それを目にするなり、ナインの顔がさっと青くなる。
「冗談じゃない。俺は戻らないぞ」
「最初に約束したよね。他人を傷つけないって」
「でもやつらは俺らを傷つける! なのにそういうやつらは野放しだ! 不公平じゃないか!」
「そうだね。それは君の言う通りだと思うよ」
 ハートが持っているコントローラーは、あちこち傷だらけだ。角はへこみ、ボタンの塗装ははげている。スティックは歯型だらけで、二本あるうちの一本は倒れたまま起きなくなってしまっている。持ち主が、ゲームがうまくいかない怒りをコントローラーにぶつける子だったのだ。だからあっという間に壊れてしまって、これは九代目だ。ゲーム機の本体がそう教えてくれた。きっと次に買い替えたコントローラーもすぐに壊すだろう。
 ハートは穏やかにナインに語りかける。
「でもそれは、君が他人を傷つけていい理由にはならないんだよ」
「そんなの捨てられない側のきれいごとだ! お前らだって、本体だって、自分は捨てられないって知ってるから余裕でいられるんだ」
 ナインの目はギラギラと鈍い光を放ち続けている。
「俺たちのことを見下すやつらは、みんなめちゃくちゃにしてやる。俺がやつらを使い捨てて、思い知らせてやる!」
 ナインにやめる気がないことは明らかだった。ここでどんなに痛いめにあわされても、町から追い出されても、きっと変わらない。何度だって、同じことをするだろう。
「残念だよ」
 ハートは片手をナインの頭にそっと載せる。
回帰ハークバック
 たんぽぽの綿毛を吹いたように、ナインの体が細かい光の粒になってばらけた。それらはどんどんコントローラーへと吸いこまれていく。光がすべて吸収され輝きを失うと、そこには元通りのボロボロのコントローラーがあるだけだった。ハートはそれを静かに抱きしめる。
「ごめんね。君をひとりにするべきじゃなかった」


 石が飛んできた。
 幸い、だれにも当たらず地面に落ちたけど、敵意を感じ取るには十分だった。
「町から出ていけ!」
 さっきの少年がもう一個、石を投げた。今度はハートに当たりそうだったので、モンキーが弾き落とした。
「お前今までなに見てたんだ。オレらが助けてやったんだろうが!」
 真っ赤になってえるモンキーをさえぎって、ファンキーが前に出る。
「安心して。車はもう暴走したりしないから」
「近づくな!」
 少年が叫ぶ。周りにいた人たちも好機と思ったのか、手近にあった鉄線とかレンガの破片とかを掴んで、にじり寄ってくる。
「この状況じゃ、なにを言っても無駄だね」
 合流したラッキーが言う。ハートが暴れていた姿はみんなが見ている。操られていたのだと説明したところで、冷静に聞いてもらえるとは思えない。
「そうだね。もう行こう」
 ハートはコントローラーを胸に抱きしめたまま立ち上がる。仲間たちとともに、町の出口へ向かって歩き始めた。
 途中、ハートは一度だけ振り向いた。そして、こっちをにらみつける少年につぶやいた。
「ごめんね」

<了>

Photo by ボブ
Edited by 朝矢たかみ


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