勝手にルーンナイツストーリー 『灰よりふたたび』

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 ため息が出る。
 キャンバスを前に、朝から座り続けていたが、いっこうに筆が動く気配はなかった。
 まっさらな、乾いた布地。
 まるで私の心のようだ――ティルダは口許に自嘲の笑みを浮かべた。
 布地ごしに見えるのは、失った輝き。
 いまはもう手の届かない、愛した獣たちと過ごした日々。
 あの頃は、なにもかもが美しいと思えていたのに。


 おなじ姿勢を続けていたので、身体のあちこちがこわばっていた。
 森を散策するために、ティルダはアトリエに使っている小屋を後にした。
 ここは気候も故郷と似ており、植生も近い。
 郷愁でも事故憐憫でもいい。
 そうした場所にいれば、なにがしか感情を刺激し、創作意欲も湧くのではと期待したのだが、うまくいかないものだ。
 あてどなくふらふらしていると、いつのまにか森の奥に踏み込んでいた。
 そろそろ戻ろうか。そう思ったところで足が止まる。
 生き物の気配。それも、かなり近い。
 振り返ると、繁みの中からふたつの影が飛び出してきた。

「お前たち……」

 ティルダは息を呑んだ。
 風を受けた草原のようになびく灰色の毛並み。
 しなやかに伸びた四肢は音もなく土を踏み、豊かな尾は気品さえ湛えつつ打ち振られる。
 まるで、我が子とも思い慈しんだあの二頭が、眼前に蘇ったかのようだった。
 ハイドッグたちは、かすかな唸り声を発してはいるものの、敵意は抱いていないように見えた。
 その証拠に、ティルダが近づいても逃げようとはしない。
 思わず手を伸ばしたところで、鋭い声が響いた。

「なにをしている!」

 現れた人物に、ティルダは見覚えがあった。
 軽装に毛皮のマント。青い髪を後ろで束ね、険しい表情でティルダを睨んでいる。
 薄緑色の瞳は肉食獣めいた攻撃性を伺わせ、手にした弓はいつでもこちらに向けられる位置にあった。
 ユイリ――つい最近、陣営に加わったばかりのルーンの騎士である。

「すまない。あんたの犬だったか」

 ティルダが両手を広げて悪意のないことを示すと、ユイリもこちらに気づき、弓を持つ手を降ろした。



「世界は広い。そう思いました」

 腕にはいささか覚えのあったというユイリだが、仕官して思い知ったのは、世の中には自分では足元にも及ばぬほど強い騎士がゴロゴロいるということだった。

「母を助けてもらった恩には報いたいものの、このままではそれも難しい。だから、訓練も兼ねて狩りをしていたのです」

 ティルダの隣に座り、とつとつと話す彼女からは、これまで抱いていたのとはずいぶんちがう印象を受けた。
 凛々しい顔つきや冷徹な言動から近づきがたいと思われがちだが、根は素朴な村娘といったところだ。
 ただ、大家族をほとんどひとりで支えていただけあり、芯はしっかりとしてブレることがない。

「モンスターが好きなのですか?」

 話を聞いているあいだじゅう、ティルダがハイドッグを撫でているのを見て、ユイリは訊ねた。

「ああ、特にハイドッグはな。とても美しい生き物だと思う」
「あなたの絵も、とても美しいと聞いています」
「誰から?」

 ユイリは、ティルダを推挙した騎士の名を告げた。

「ぜひ、見てみたい」
「うぅむ……そうだな……」

 歯切れの悪いティルダを、ユイリは怪訝そうに見つめた。

「描けんのだ」

 戦乱を終わらせるべく仕官したまではよかったが、愛するものを失った痛手は大きく、鬱々として何事にも身が入らない。
 このままでは戦場で命を落とすかもしれないとわかっていても、一度消えた心の火を、ふたたび燃え上がらせるのは容易ではなかった。

「私が死ねば、あの人の顔を潰すことにもなる。なにより、死んだあの子たちに申し訳がたたん」

 強くなりたい。
 だが、どうすればいいのか。
 またしてもため息をつきそうになったティルダの腕を、ユイリがつかんだ。
 何事かと思っているうちに立ちあがらさた。
 どうやら、いずこかへ連れていこうとしているらしい。

「お、おい。どこへいくんだ?」

 問いただしても、ユイリは無言のまま歩を進める。
 しかたなく引っ張られていくと、やがて森を抜けた。
 そこは、大地が隆起し、切り立った崖になっている場所だった。
 崖の縁に立てば、遥か地平まで見渡せる。

 緑の平野。
 ぼんやりとした都市の影。
 幾筋もの街道。
 そこを行き交う豆粒のような人々。

 それらすべてが、いま、沈みゆく夕陽によって、真っ赤に染まっていた。

「私は」

 ティルダの腕をつかんでいたユイリの握力が緩み、するりと抜ける。

「私は、口下手な人間です。だから、あなたにかけるべき言葉が見つからない。でも……見てください。人の世がどうあろうと、朝が来て、夜が来る。この世界は、変わらずに在り続ける」

 ティルダは思わず噴き出した。

「ちょっと、なにをいってるのかわからんが」
「む……しかたないでしょう」
「はいはい。口下手なんだものな」

 それでも、彼女が自分を励まそうとしてくれたことだけはわかる。
 ティルダはふと、この景色をたったひとりで見ていたらどうだったろうと考えた。
 こんなに心は動いただろうか。
 泣きたい気持ちになっただろうか。
 夕陽に照らされたユイリの横顔は、ティルダが至上と思い続けてきたモンスターたちに劣らぬほど輝いて見えた。

「……また、筆をとってみるかな」
「それはよかった。なんなら、うちの子たちを貸しましょうか?」

 いや――ティルダは首を横に振った。

「私が描きたいのは、あんただ。ユイリ」


※解説
「勝手にルーンナイツストーリー」第三弾は、在野騎士二名のお話です。
 在野騎士はクエストでランダムに仕官するため、所属国はぼかしてあります。
 ティルダは絵描きとの二足の草鞋を履く女魔法使い。
 初期レベルが低いため、育成のし甲斐があります。
 彼女の仕官イベントは、犬好きにはなかなか堪えるものがある模様。
 ユイリについてはプレイ日記の最終回を参照してください。
 仕官イベントを読んでみると、男口調のクールキャラと思いきや、ちゃんと敬語も仕える人なんですよね。
 格好はワイルドでも、どことなく気品が感じられます。


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