勝手にルーンナイツストーリー 『Chase! Chase! Chase!』

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 マナ・サリージア法王国の都市、ベスティリス。
 ミレルバ諸島連邦との国境にほど近く、平時にはポートサイドから流入する物資や人を送り出す中継地点となり、戦時には首都ザイの東の守りを固める重要拠点となる。
 人の入れ替わりも激しいが、留まる者もまた多く、常に賑わいを見せる大都市――その裏道を、一人の男が必死の形相で走っていた。

「はぁっ、はぁっ……くそッ! どうしてオレがこんな目に!」

 男の名はフィンラル。
 齢三十を数えるが、髭のない顔にはどこか幼さが残っている。
 彼は、ひどく怯えた表情で、たびたび後ろを振り返った。
 まるで、死神に追われているとでもいうように……


 フィンラルがルーンの騎士の力に目覚めたのは成人後のことだ。
 貴族の息子として生を受けたが、家が没落してからは、その力を負の方向に利用して食いつないできた。
 端的にいえば、詐欺である。
 もっとも多用した手口は、盗賊や魔物退治の依頼で前金を受け取ったところで姿を消すというものだ。
 元貴族ということもあり、きちんとした身なりをして、優雅な物言いと所作を見せてやれば、相手はコロッと騙される。
 生来の身軽さを活かした盗みもお手の物だし、悪所での用心棒もいい小遣い稼ぎになった。
 ただの草を薬草と偽って売ったこともある。
 そうするうちに、裏社会でのツテも広がっていく。
 ある日、知り合いのヤクザ者から、とある大商人の邸宅に護衛として潜り込んで欲しいと持ちかけられた。

「潜り込めってこたァ、本当の目的はべつにあるのか?」
「ああ。実はな……」

 邸のどこかにある隠し金庫。そこにしまわれているお宝が真の狙いだと、男は語った。

「金庫の鍵は夫人が管理してる。ところが、この女が浮気性でな。出入りの業者や使用人に気に入った男がいると、旦那の留守に……」
「ははァ、なるほどなァ」

 フィンラルは髭のないあごを撫でた。
 数日後、予定通り護衛として雇われ、邸に入った。
 夫人は、フィンラルよりふた回りほど年上である。
 若い頃は美人だったのだろうが、長年の放埓と不摂生で、いまではギガースとグレムリンを足して二で割ったような姿に変貌していた。
 うやうやしく挨拶するフィンラルを見て、さっそく舌なめずりせんばかりの表情をする。
 これも仕事――と、フィンラルはそっと、感情の扉をいくつか閉ざした。
 そんな調子だったから、懇ろになるのに時間はかからなかった。
 それなりにやることもやり、金庫の在り処も突き止めて、中身を手に入れたまではよかった。
 どうやらそれが、とんでもなくヤバい品だったらしいのだ。



「へへ……ご苦労」

 依頼人に箱に入ったブツを渡し、引き換えに報酬を受け取る。
 革袋のずっしりとした手応え。しばらく遊んで暮らせるだけの金貨が詰まっているとわかった。

「いちおう訊いとくが、中身は見ちゃあいないよな?」
「もちろん」

 嘘だった。
 依頼人のいいつけよりも、間違った品を持ち帰ってはまずいという気持ちと、ほんの少しの好奇心が勝り、箱の中を確認した。
 入っていたのは、とてもお宝には見えない書類の束だった。
 どうやらなにかの帳簿や取引の記録らしいが、隠語と思われる単語が多く、しかもあちこち黒塗りになっていた。
 なんとなくキナ臭いものを感じたところへ、覚えのある村の名前が目に入ってきた。
 首都ザイからほど近い場所にある小さな村だったが、つい最近、盗賊の焼き討ちに遭って全滅したと聞いている。
 法王のお膝元で起こった悲劇に、ちょっとした話題になっていた。
 一方で、その村では少し前から、住人の多くがモハナ派に改宗していたという噂もあった。

「いやはや、どうにもキナ臭いネェ……」

 ロマヌフ法王でも抑えきれない過激派が、無茶をしたのではないかという連想が用意に浮かぶ。
 とはいえ、フィンラルには関係のない話だ。
 飲んですべてを忘れてしまおうと、酒場に繰り出した。
 奮発してふだんより良い酒を頼む。つまみも豪勢にして、ちょっとした宴を気取ってみる。
 しばらくいい気分で飲んでいたが、ふいに首の後ろの毛が逆立つような感覚をおぼえ、一気に酔いが醒めた。
 便所を探すていで席を立つと、案の定ついてくる気配がある。
 角を曲がったところで立ち止まり、懐へ手を忍ばせた。

「おい」

 どすの効いた声を発し、ナイフを突きつける。

「なんのつもりだ、テメェ」

 相手は答えない。
 その顔に、フィンラルは見覚えがあった。
 髭面で左目を眼帯で覆い、腰には片刃刀を差している。
 例の依頼人が用心棒として雇っている男で、名はたしか、アブリルとかいったか。
 いつも影のように佇んでいるだけで、喋っているところさえ見たことがない。
 まさか、懐の温かくなったフィンラルの相伴に預かりたい、などという可愛げのある理由ではあるまい。

「き、消えな。そんで、テメェの親分に伝えるんだ。俺はなにも見ちゃいねえって――」

 いい終わらぬうちにアブリルが抜刀した。
 目にもとまらぬ早業。ナイフが弾かれ、くるくると回りながらどこかへ飛んでいった。
 とっさに腕を引かなかったら、手首ごと落とされていた。
 瞬間、フィンラルは踵を返し、全力で逃げ出した。
 いまの一瞬のやりとりだけで、とても敵わぬと悟った。
 ここは逃げの一手。幸いにして土地勘もある。
 曲がりくねった狭い路地を抜け、壁を蹴って塀を乗り越え、生け垣のわずかな隙間を抜ける。

「へへっ。どうよ?」

 背後を振り返り、フィンラルは目を剥いた。
 振り切れていない。
 ひと息で追いつかれそうなほどわずかな距離。
 風のような足取りで、アブリルはぴったりとついてきている。
 信じられなかった。
 これまでフィンラルが本気で逃げようとして、まくことのできなかった者はひとりもいない。

「なんて奴だ、畜生ッ!」

 フィンラルは、わざと障害物の多い道を選んで飛び込んだ。
 無造作に置いてある台車、壁に立てかけられた木材、目につきにくい段差。
 それらを巧みにかわしつつ、動かせそうなものは倒したり道に撒いたりと、追っ手を妨害するのも忘れない。

「だはァッ!」

 山積みになっている荷物を伝って、建物の屋根によじ登った。
 後方確認。まだ追ってきている。

「くっそおおぉぉぉぉぉ!!」

 屋根の上を全力疾走するなど、はじめての経験だった。
 カチャカチャと瓦を踏む音。くそう、ついてきてやがる。
 飛び降りた。
 これまででいちばん雑然とした通り。
 目につくものを手あたり次第ひっつかみ、後ろに投げる。
 アブリルは刀を左右に振り、それらすべてを払いのけた。 
 なおも投げる。切り払われる。諦めずに続ける。

「むっ」

 はじめてアブリルが声を発した。
 フィンラルが投げたものの中には、小さな布袋が混じっていた。
 それは、こんなふうに追われた場合を想定し、あらかじめ懐に忍ばせておいたものだった。
 中身はただの小麦粉。
 だが、中身がぶちまけられれば、目くらましになる。
 フィンラルは足音を殺し、かつなるべく速度を落とさないようにしつつ、その場を離れた。
 しばらく走り続け、ようやく追ってくる気配がなくなったのをたしかめると、大きく息をついた。
 苦しい。何度深呼吸しても、なかなか動悸がおさまらなかった。
 両脚はパンパンだし、なぜかあごが痛い。
 フィンラルが立っているのは橋の上だった。
 すぐ下には運河が流れている。
 自分が乗る船を確保した上で他を全部流してやれば、もう追ってこれまい。
 そう考え、船着き場へ降りようとしたところで、影が目の前を遮った。

「あ……」

 アブリル――すでに抜刀の体勢に入っている。
 フィンラルは身体の向きを変えようとしたが、疲労のせいで足がもつれた。
 白刃が一閃し、フィンラルの胸を斜めに切り裂いた。
 のけぞった姿勢のまま後方へよろめく。
 胸の傷口からは、血が勢いよく噴き出していた。
 背中にあたる感触。橋の欄干だと気づく間もなく、天地がひっくり返る。
 派手な水飛沫が起こり、フィンラルの身体は水底へと沈んでいった。


 それからどれくらい過ぎただろう。
 しばらく流れに身を任せていたフィンラルは、適当な浅瀬を見つけて岸にあがった。
 胸の傷の痛みに顔をしかめる。
 逃走中に手に入れた布を服の下に詰めていたとはいえ、浅手とはいいがたかった。
 アブリルが追ってこないところを見ると、どうやら血糊に騙されてくれたらしい。

「へへ……日頃から備えはしとくもんだぜ」

 しかし、今回は危なかった。
 たまたま運よく助かったものの、しばらくはベスティリスを離れたほうがいいかもしれない。
 そう思ったのも束の間――

「おい、そこのお前!」

 突然の誰何に顔をあげると、幾つもの松明が掲げられ、フィンラルを取り囲んでいた。

「ル、ルーン警察……」

 フィンラルは喉の奥で呻いた。
 どうやら、岸にあがるところを見られていたらしい。

「怪しい奴め。一緒に来てもらおう」
「へ、へへ……ご随意に」

 もはや逃げる気力もない。
 観念し、フィンラルは諸手をあげた。


 過去の悪事の数々は、当然ながら被害者からの訴えが出されていた。
 罪状はいくつかの詐欺行為に窃盗。
 フィンラルはすべてを認めた。
 理由は、一つひとつの罪はさほど重いものではなかったこと。
 もうひとつは、裁きが長引けば、例の依頼人が勘づいて手をまわしてくる恐れがあったためだ。
 取り調べには素直に応じ、さらには自分の知っている裏の人間に関する情報を明かしたおかげで、罰金と国外追放で済んだ。
 実際には、ルーン警察がまだつかんでいない余罪がまだまだあったのだが、それらについてはひと言もふれなかった。
 ベスティリスを後にし、街道を北へ進みながら、フィンラルは天を仰いだ。
 後ろ暗い生き方は、やはりそれ相応のリスクがあるのだ。

「ちくしょう。もうこりごりだぜ」

 まっとうに暮らしたい。
 だが、いまさら出来るだろうか。
 自問したところで、答えが出るはずもない。

 彼が皇帝ティムと出会い、グスタファ神聖帝国に仕官するのは、まだ先の話である。



※解説
 今回の主人公はフィンラル。
 典型的な小悪党キャラで、初期レベルは10でクラスはビショップ。
 統魔力成長は、なんと全キャラ中最低のE!
 しかし、AGIは95と極めて高く、育成次第では活躍する可能性を秘めています。
 もうひとりのアブリルはマナ・サリージア所属のソードマン。初期レベルは14です。
 統魔力成長はCと低めなものの、本人の性能は悪くなく、安定した活躍が見込めます。
 かの法王国では数少ない常識枠なのですが、今回は彼が荒れていた時期を描いてみました。



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