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沖縄離島ひとり旅 scene6 〜スマホをなくした無力な旅人〜

【3、4日目:黒島】

ひとり旅3日目の黒島で過ごす夜、この旅に来てはじめて人と一緒に食事をすることになる。少し緊張感があった。波照間の素泊まり宿や船を待っている時間など、ずっと1人で食事をしてきたので誰かと話す訳でもなくそれはそれでラクだった。
どこの席に座ろうか、誰か私に話しかけてくれるだろうか、自分から話しかける方が良いだろうか、そんなことを考え始めて妙な緊張感があった。

品のある東京からの旅人

食堂に入ると、座敷のテーブルの方はお子さん1人の3人家族が座って埋まっていた。
私は空いているダイニングテーブルの奥の席に座る。
間もなく私の正面に30代半ばくらいの若い夫婦が座る。奥さんの方が「おねぇさんは今日で何日目ですか?」とすぐに私に話しかけてくれて、そのひと言から私は一気に緊張感がほぐれていった。あとはもう旅人トークが自然に流れていくだけだ。

東京から来ているというその夫婦、奥さんは黒髪が綺麗で色白でとても品のある女性だった。言葉遣いや話し方もまるで皇室の人のように丁寧。旦那さんも真摯でとても柔らかい表情で笑う人だった。私の姉の旦那さん(義理の兄)と雰囲気がどこか似ている。
ただ、奥さんの雰囲気は私の姉とは重ならない。幼い頃、兄の友達から「おまえの妹はジャッキー・チェーンに似ている」と言われていた見た目が男っぽくて大雑把な姉だ。今目の前にいる女性とは住んでる次元がまるで違う。

私は「大阪から来た人」旅人同士に名前はいらない

私達はまだ旅人同士、相手の名前を知らない。こうして一緒の食卓を囲んで食事をしていても、お互いに名前を確認しあうこともない。みんな人の名前なぞに興味関心が無いのだろうか。この、旅ならではの不思議な距離感が面白いと感じた。

晩御飯の後、宿のお母さんが泡盛を振舞ってくれた。宿泊客のみんなで一つのテーブルを囲んで呑みながら団欒する。そう、私が今回の沖縄の旅で是非とも体験したかった「ゆんたく」だ。残念ながら今日は三線を弾いてくれるご主人が沖縄本島へ出張中らしく今夜は演奏が聴けなかった。その分、私達旅人はいろんなことを話せる時間を得た。

私の隣の席の50代くらいの男性も私と同様に一人で旅をしていて、あの島のこの宿が良いなど八重山エリアにはかなり精通しているようだ。その男性の話はとても分かりやすく端的で、頭の良い人だからできる話し方なのだろう。しかし、話の端々に突っ込みたくなる箇所が多々ある。こちらとしては、初対面の50代旅人男性に対して突っ込んで良いものか、ウズウズしてきて自分の唇あたりが気持ち悪くなってくる。

しかし、今回は年上だの初対面だの、そういう細かいことを気にしない旅にしたいのだ。途中から「もう言いたいことは言おう」と開き直る。その時から、大阪の仲の良い飲み仲間と一緒に飲んでいるときと同じテンションで接するようになった。

私がその50代男性に突っ込むたびに品のある夫婦は笑ってくれた。お子さんがいる家族も笑ってくれた。「やっぱりいいですね、関西のノリ!」とみんな言ってくれる。
そう、私は彼らにとっては「アシダ」ではなく「関西の人」「大阪から来た人」なのだ。
名前は覚えてもらわなくても構わない。ただ、彼らの中で「あの大阪から来てた1人旅の女性、面白かったね」「やっぱり関西の人と出会えると旅って楽しくなるね」と思ってもらえたら本望なのだ。私の名前がなんだったかなんて、あまり関係ない。
この日の夜、沖縄に来てはじめて人の前で本来の自分を出せた気がする。

スマホをなくした無力な旅人

黒島を経つ日、私と東京から来られた品のある夫婦は、宿のお母さんが運転する送迎車に乗せてもらい港まで向かった。
港に着くと既に船が来ていたので、私達3人はお母さんに別れの挨拶をして船に乗り込む。
夫婦2人が隣同士で座り、私はその夫婦から2列空けた前の席に座って距離を取る。この距離感が旅人同士の間では大事なのだ。

旅人には、初対面の人から離れてラクになれる時間が必要だ。
私もそうだったし、恐らく彼ら自身も同じことを思っているかもしれない。昨日の大山くんのことをふと思い出した。彼も私に対する距離の取り方がうまかった。

そうこうしているうちに、乗客がどんどん乗り込んできて席が埋まっていく。
船が出発する前の待ち時間は音楽でも聴いておこうか。自分のiPhoneを取ろうとズボンのポケットに手を突っ込んだ時に気付いた。

スマホが、無い。

ズボンのポケットに無い、カバンの横ポケットだろうか、いや、そこにも無い。
下に落ちているだろうか、いや、音で気付くはずだしやはり落ちていなかった。
リュックの中を探してみたが、中に入っているもの掻き出しても掻き出しても、それらしきものが出てこない。

一気に蒼白になった。

船は間も無く出発しようとしている。どこかに落としたのだろうか、宿か車に忘れてきたのだろうか。
いずれにせよ、私は今すぐこの船を降りなくてはならない。

私は、すぐにリュックを背負い直して席を立った。楽しそうにカメラの写真を見返す品のある夫婦の横を黙って通り過ぎる。
私は何も声をかけなかった。そんな余裕すら無いくらい動揺していた。

船乗り場のところで乗務員に「忘れ物をしたから船を降りたい」と伝え、先ほど預けたキャリーバッグと乗船チケットを返してもらった。チケットは後から来る船にも乗れるようだ。

送迎してくれたお母さんの車はもう見当たらない。
車に忘れたのか宿に忘れたのか、それとも自分が検討もつかない場所で落としてしまい誰かが拾ってくれてるか‥。
仮にもう戻ってこないとしよう。こちらに来てからたくさん撮ってきた写真が無くなるのはまだ諦めがつく。
この先、宿泊する宿との連絡手段はどうしようか、GoogleMapも無いから道に迷う可能性だってある。

あと、飛行機だ。帰りの飛行機の搭乗券を発券するにはスマホで受信しているメールの予約番号が必要だ。

完全に終わった。いや、むしろ帰れないので旅を終わらせられないかもしれない‥。

買ったばかりのiPhone、値段もそこそこ高かった。大阪に戻れたとしても、またiPhoneを購入しなければならない。フリーランスとしてこれから始動する私としては痛すぎる出費だ。一気にテンションが下がりはじめる。

乗る予定だった石垣島行きの船も港を離れて行ってしまった。
先ほどの夫婦、私がこんな事態になっているだなんて知るよしも無いだろうな。あの夫婦のことだから、自分達が船から降りてから私が後から降りてくるのを待っててくれそうだ。
ちゃんと挨拶をできないまま別れてしまった。慌てて船を出てきてしまったことに罪悪感を感じてテンションは更に下がりはじめる。

キャリーバッグから上に延びた持ち手に手をかけ、ただ呆然と港に佇んだ。

ようやく、暑いことを思い出しはじめた。

太陽に炙られているような気分だ。どんどん、思考が停止していく。

すると、「どしたー?迎えの車がこんのかー??」と、沖縄なまり声が聞こえてきた。
声が聞こえた方向に顔を向けると、黒く焼けた「長州小力」似のおじさんが私の方を見ていた。

「あの、スマホを忘れてきて、もしかしたら車かもしれないんですけど、でもその車も行ってしまって」
私は力なく事情を断片的に説明する。文章がうまく繋げられない。

「どこの宿さ?電話かけてやるよ」とそのおじさんは言ってくれた。
宿の名前を言うと、「あ〜、南来さんとこ?知り合いのとこだね」と早速お母さんに電話をかけてくれる。
その様子を私はソワソワしながら横で見ていた。

電話は繋がったようだ。 車を出してくれたお母さんは、宿に車を停めて今は別の場所にいるため車中を確認できないと言ったそうだ。

おじさんは「宿までうちの車で乗っけてってやるよ」と、私のくそ重いキャリーバッグを車の後部座席に乗せてくれた。
この長州小力おじさんはスーパーマンなのか?ヒーローなのか??

私は藁にもすがる思いで車に乗せてもらった。「ちょっと狭くて暑いけど、しんぼうしろよ?」と、なまった沖縄弁で車にエンジンをかける。車はすぐに走り出した。

どうかお願いだ、車にあって欲しい。もし無かったとしたら、、、。

一番最悪なのは、さっき乗り込んだ船にやっぱり落としていて、私が動揺しすぎて見つけられなかったというパターン。あの船はもう石垣島に向かっているため、後で石垣港に電話をしないといけない。
いや、誰かに電話をしてもらわないといけない。

頭の中が再びパニックになる。車が宿の前に着いた。

「宿の車のカギって、あいてるんですか?」とおじさんに聞くと、「カギ?そんなもんしめるわけねーよ」と笑いながら車を停めた。
私とおじさんは送迎車の方に向かい、私は緊張しながらガララっとドアをスライドさせる。

無い。やっぱり、無い。

終わりを感じた。

「あったかー?」とおじさんに聞かれ、「無かったです」とドアを閉めようと思ったが、念のため奥の座席とドアの隙間を覗いてみた。そこには、見慣れたiPhoneカバーのスマホがころんと一つ落ちていた。

「あった〜!!!!」と私は思わず叫ぶ。大泣きしそうになった。私は何度も何度もおじさんに頭を下げてお礼を言った。おじさんは「かまわんかまわん!」と手を振りながら車から私のキャリーバッグを降ろしてくれた。

「港は暑いし次の船まで2時間以上あっからよ、宿で休んでな?また母さんに港まで送ってもらったらええよ。」と、おじさんは自分の車を走らせて去っていった。

スーパーマンのようだった。おじさんの車に手を振りながら、島の人の心の温かさをしみじみと感じていた。

そしてスマホをなくすと旅人はいかに無力であるかを思い知らされた。

旅人になれても、盗人にはなれない

私は宿の食堂にキャリーバッグを移動させ、誰もいない座敷のテーブルに座り込んだ。
スマホが戻ってきてよかった。新たに買わずにすんでよかった。安心しきって、力が一気に抜ける。無性に喉が乾いた。

立ち上がって厨房のカウンターまで歩き、宿の無料アイスコーヒーをガラスコップに入れて遠慮なくゴクゴク飲んだ。
この遠慮のない図々しいところは、やはり私は紛れもなく「関西から来た人」であり、「大阪から来た人」なのだ。

喉が潤ってきたので甘いものが食べたくなった。テーブルの上には誰かが置いていったサーターアンダギーがあったが、流石にそれには手を出せなかった。
ここで盗人になってしまったら、バチが当たってまたスマホをなくしてしまうような気がした。

それにしても黒島で助けてくれた長州小力おじさんは、もうすっかり私のヒーローだ。
今回の旅で最も忘れられない人物となるに違いない。

またひとつ、ストーリーが増えた。
スマホ紛失から解放された私は、次の船が来る時間までブログを書いて時間をつぶすことにした。

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