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西武多摩川線の旅

朝起きて、まだ空が暗いうちから音声配信を聴くのが日課になっている。

明るい声に耳を傾けながら、白湯を飲む。
部屋のカーテンを開け、室温を調整し、子ども部屋をチラリと覗く。
6時10分、トイレとお風呂を軽く掃除してから、朝食の準備に取り掛かる。

その日は朝から体調が良かったので(いまいちな日も多々ある)
「そうだ、今日、お墓参りに行こう。」
心にふわっと浮かんできた。


決めた後は朝の家事を全速力でこなす。
子ども達を送り出し、布団をたたみ、洗濯物を干す。
夫の昼食を作り、屋上の植物に水遣りをする。

10時過ぎには中央線に乗り、「武蔵境」駅へと向かっている車内にいた。
向かう先は西武多摩川線「多磨」駅。


電車の窓の外をぼんやりと見ながら、思いが、浮かんでは消えていく。

お墓参り。

私の父と、夫の父のお墓は同じ墓地の中にある。

母の実家がお寺で、その寺の所有する小さな小さな墓地。
私の父のお墓があったのが先で、そのずいぶん後、今から5、6年前に夫が我が家のお墓を建てた。
墓地に空きがあったので、そこに建てることになった。
今、夫の父がいるところ。

私もいずれそこに入ることになる。おそらく、このままいけば。


西武多摩川線は「武蔵境」駅から「是政これまさ」駅間を走る4両の電車。
「昔は2両だった。」と母から教えてもらった。
母は西武多摩川線に乗って小学校に通っていたと聞いた。
ランドセルを背負った母を想像する。

◇◇◇◇◇◇

誰かと行くお墓参りとひとりで行くお墓参りは、ちがう。

子ども達が今より小さかった頃は、一泊旅行か?というほどの荷物を持っての移動だった。
電車は好きだけれど乗り物酔いする長男に話しかけながら、「スース―食べる?」とフリスクを数粒手のひらに。
「ボクにもちょーだい。」
次男の小さな手のひらにも乗せる。

夫の母が一緒のときは、聞き役に徹するよう心がける。
楽しかったこと、嫌だったこと、聞いて欲しいこと。
おそらく本当は、息子に聞いて欲しいのではないか?と思いながらも、私が聞く。
テキトーに相づちをうてばいいものを真剣に受け止めてしまい、さらには熱く語り過ぎてしまう癖がいつになっても治らない。
夫の母と話すと、後から湧き出る反省点でいっぱいだ。

私はどうも話過ぎてしまう。
仲の良い人から「普段、あまり人と話してないでしょ?そんなしゃべり方だよ。」と言われ、ごもっとも、と思った。

今日は同行者がいないので、自分と心のなかでたくさん話した。

お墓の父たちのこと。
母たちのこと。
家族のこと。
子ども達のこと。
noteで読んだ記事のこと。
noteで出逢った人達のこと。

◇◇◇◇◇◇

お墓参りは、リアルだと思う。

リアルというのは、そのひとが亡くなったことを今一度確認すること。

私はそのひとのお墓を見ると、見た瞬間、無性に悲しくなる。
ここにいるのだと思う。もう動かない。
何十回行っても、墓地で父たちのお墓を見ると、毎回ドキッとしてしまい、慣れることがない。
線香の煙で落ち着いてきて、お墓のなかのひとに話しかける。
ほとんどが願い事ですまない、お父さん達よ。

帰り道は、お参りに来れたという安堵感と、最期のときの悲しさで半分半分になる。

墓地から多磨駅まで続く緑道は、うっすら浮かんでいる涙が引っ込むまでにはちょうどいい距離なのだ。

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緑道で深呼吸し、気持ちを整えて駅に向かう。

多磨駅は最近新しくなって、以前の駅とはずいぶん異なる造りになった。

前はこんな風に線路が見える場所はなかった。

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晴れた空の下、まっすぐ伸びていく線路。

また来るねという思いで、武蔵境行きの電車をホームで待つ。

多磨駅は、以前は「多磨墓地前」という駅名だった。
2001年に「多磨」に改称された。
イメージだろうか。
墓地、私はきらいじゃない。






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