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鉛筆✍

書いているという実感。
私は今その言葉を書いているという実感が、1番強く感じられる筆記具が鉛筆です。
何か悩み事があってそれをめいいっぱいに書き出す時に、その文字に感情がうまく乗っているという風な気がします。

言葉なんていくら並べてみても、伝えたい思いのほんの少ししか伝えられない。言葉は所詮は道具なので、過信は禁物。「思ったこと書いてください」思ったこと、なんてものは、言葉で100%伝えられるものではないのです。思ったことを感情を言葉にするのは、言葉に置き換えた時点で既に別の、誰かその伝える相手目的対象のために尽くした創作物に変わってしまう。言葉を使うには技術が必要。例えば「これは青い」と私がいえば相手も同じく、「私の描く青い」として受け取れている、ならば、それは言葉の道具としての機能は果たせており、伝達に成功している。
これに比べて、感情というのは難しい。「私はこの作品に感動した」と、相手の「私も感動した」は、果たして「同じ感動」した、であるのか。感情が動いた。感情が動いたことはたしかなのか。

↑だいぶ前の編集途中文章。

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