明日ノ澪

物語を書いています はやく大丈夫になりたい

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  • 一分小説

    明日ノ澪の一分小説

  • スタエフ文藝部-綴-提出作品

    所属している文藝部 -綴- に提出した作品です。 stand.fmで講評配信や雑談配信をしています。 配信チャンネルURL https://stand.fm/channels/64d0fb26d4e2cbde26d3bb8d 公式 X URL https://x.com/fm_tuzuri?s=21

  • 【恋物語】蝉時雨

  • 三分小説

    明日ノ澪の三分小説

最近の記事

【一分小説】もっと触ってよ

「ねえ、もっと、」 騒がしい商店街の奥は妙に静か。 慣れないラブホテルに私と彼の二人。何故だか涙が溢れた。 「もっと触ってよ」 やっぱり恥ずかしくなって、黙った。 ああ。このまま今夜、これからもきっと、何もないんだ。 強気も弱気も、恋も悪寒も、このカビ臭い部屋へ勢いよく流れ込んでくる。 涙を誤魔化したくて、とりあえず右横を見る。 この大きな窓からは、街と山が重なった変な景色が見えるのだろう。今は何も無いけれど。 街頭も、月もない。 商店街はこの真裏。 月の裏側に来

    • スタエフ文藝部-綴-提出作品『ラスト・レター』

      彼女の話す言葉全てが詩であり、その全てが僕の文学だった。 「海ちゃん。僕はお酒に酔っていてね、」 地元、京都の山道を1時間以上歩いてやって来た此処からの帰り道は、わからない。 お金もない。 携帯電話もない。 光の方を見下ろすと、ちっぽけな街頭や、ちっぽけな家々が、隣合って突っ立っている。 僕の手元には、殆ど空になった缶ビールと、分厚い手紙の束。 去年の冬に彼女から届いた、薄いみずいろの封筒を開ける。 『誰かと一緒に読むのはやめてね。 わたしが消えたら、全部捨ててくださ

      • スタエフ文藝部-綴-提出作品『花の様な人』

        不意に訪れた小春日和。 開店十分前のパン屋に到着し、僕は焼けたパンを棚に並べる。 高校を卒業してから三年間ずっとこの生活。 朝と昼の慌ただしい空気から、ゆったりとした夕焼け色の時間の流れに変わっていった。 空いたトレーの片付けをしていると、花の香りがしたので振り向いた。 「あれ、木村くん?久しぶり」 「あ、え、ひなた先輩……!お久しぶりです……!」 「わたしが高校卒業してから一度も会ってなかったもんね」 ひなた先輩は部活で同じチームだったこともあり、同級生に友達が居なかっ

        • スタエフ文藝部-綴-提出作品 『サンセットシティ』

          憂鬱の波が穏やかになった。 火曜日の午後五時。 蒸し暑い部屋でやっと身体を起こした私は、昨日の代わりに適当にシャワーを浴びた。 綿の黒いワンピースを頭から適当に被り、適当に髪を一つに束ねて、アコースティックギターだけを背負って徒歩十五分の公園へ向かう。 その途中、 「お母さんはどうして、お父さんと結婚したの?」 早歩きの母親に連れられ、麦わら帽子を被った小さな男の子が、見上げて問いかけている所を見かけた。 「いいから急いで」 目を合わせずに手を引く母親。 私の中で黒い海がま

        【一分小説】もっと触ってよ

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        • 一分小説
          2本
        • スタエフ文藝部-綴-提出作品
          3本
        • 【恋物語】蝉時雨
          8本
        • 三分小説
          3本

        記事

          「小春ちゃん。大学の入学式で見た制服姿の君は、あの頃と変わっていなくて。それでいて、僕よりも大人びて見えた。色々な顔をする君の方に、僕はただ漂うしかなかったんだ。桜の花びらみたいに綺麗では無かったけれど。」

          「小春ちゃん。大学の入学式で見た制服姿の君は、あの頃と変わっていなくて。それでいて、僕よりも大人びて見えた。色々な顔をする君の方に、僕はただ漂うしかなかったんだ。桜の花びらみたいに綺麗では無かったけれど。」

          【恋物語】蝉時雨/第四章 -終-

          僕にはもう既に彼女の色がべったりと張り付いているのだろう。 真っ直ぐに見る瞳を失って、彼女の音の方に漂って、触れたら消えてしまう事も恐れず。 きっと恐れる脳味噌が溶けて無くなっていたのだ。 一方彼女は正反対で。馬鹿な僕の向こう岸で、真っ直ぐ澄んだ瞳でこちらを見ていたのだとしたら。 「よっちゃん……」 小春は僕を抱きしめて浅い息をする。 脳味噌の溶け出した後の僕を。 出会った時から今まで、ずっとみっともない僕を。 「もう君とは居られない。」 涙を含む僕の言葉に、より一層強

          【恋物語】蝉時雨/第四章 -終-

          【恋物語】蝉時雨/第三章⑶椿色の花火

          僕を離れて行った彼女のことや、今までの気持ちを、この公園で溢れるままに小春に話した。 僕はできるだけ細やかに回想する。 高校の卒業式が終わり、当時の彼女との帰宅途中。 「写真撮ろうよ!」 白いマフラーを巻いた彼女が言い出した。 これが最後の写真になるなんて思ってもみなかった。 帰宅後、彼女からの連絡は一切無いまま。 一ヶ月後に入学式を迎えたのだが、音信不通だった彼女が急に会いに来た。本当に急だった。 満開の桜の木は、淡く柔らかい花びらが集まり、毎年咲いているとは思えない程

          【恋物語】蝉時雨/第三章⑶椿色の花火

          【恋物語】蝉時雨/第三章⑵ 火傷とシーグラス

          沈黙の後、今度は小春が話しはじめた。 「入学式のあの日、貴方と目が合って、思い出したの。 ずっと胸の奥の抽斗に了ってあった色が蘇ったように」 「それって、どんな色?」 彼女は左下に目線を落として少し沈黙した。 蝉時雨と雨が容赦なく降る。 「半透明の緑色。質感はシーグラスだった。」 「今はちがうの?」 「あんまり訊かないでよ」 金曜の夕方ということもあってか少々店内が混んできた。 ここはお酒の提供もしている、所謂"カフェバー"という種類の店で、僕の横を通り過ぎた男女からは夜

          【恋物語】蝉時雨/第三章⑵ 火傷とシーグラス

          【恋物語】蝉時雨/第三章⑴雨喫茶、追憶

          『キスは色恋だよ』 大学時代の友達の結婚祝いを渡しに行った帰り道。 十六時。助手席に小春を乗せて、車で雨の八月を走る。 先週のあの言葉はたまに僕の頭の中にふらりと現れる。ここ最近はずっとそんな感じだ。 「君との思い出で一番古い記憶があってさ」 「入学式でしょ? 職員室の前で目が合った話したよね」 「いや、それよりもっと、前なんだ。」 彼女はさっきコンビニで買ったアイスティーをひと口飲んでから、うっすらとため息をついたように見えた。 「忘れられないんだ。」 言葉を誤魔化す

          【恋物語】蝉時雨/第三章⑴雨喫茶、追憶

          【恋物語】蝉時雨/第二章⑶ 雪景色とあの夢の続きのような

          あの悪い夢の所為で中々落ち着かない。 胸の奥に夢の跡が残ったままぼんやりと寝室から出る。 僕は思わず目を細めた。 雪の光だ。 キッチンにある窓から小さな街を見下ろす。 空と地上の間は粉雪で煙っていた。 高台にあるが故に階段が面倒だが、景色だけは良かった。 街中の物件と比べれば利便性は劣れど、僕はこの家に一目惚れをしてしまったのだ。 このキッチンの窓は色々な景色を見せてくれる。 この窓から朝陽が登って、黄昏時の街灯が奇妙に輝き、沈む夕焼けを月が追いかけていく。 一枚の動く

          【恋物語】蝉時雨/第二章⑶ 雪景色とあの夢の続きのような

          【一分小説】蜘蛛

          近所の商店街で出会った蜘蛛に声をかけた。 「きみ、家でよく会うわね」 蜘蛛は驚いた様子ですこし後退りしてから私を見てこう言った。 「ごめん。よく覚えていないんだ。人間はみんな同じような顔をしていて、見分けがつかなくて。」 私は軽率に共感した。 「たしかに私の方も、絶対にきみだって確証がないまま声を掛けたかもしれない。」 蜘蛛は微笑んだみたいに足をカタカタと動かす。 「でも今日こうして会ったから、良いよね。思い出せないけれど、きみも、ぼくも、何でもない人と蜘蛛だもの。 悲しむの

          【一分小説】蜘蛛

          【恋物語】蝉時雨/第二章⑵ 悪い夢

          春一番が吹いた今年二月。 嫌な夢を見た。 その夢の世界で、小春は夜中、酷く泣いていた。 車で猫を轢いたらしい。 珍しく電話が掛かってきたかと思ったらそのような内容で、電話越しに話を聞く僕の心臓も嫌な跳ね上がり方をして、彼女の元へ向かう途中にも動悸が止まなかった。 事故があってすぐに取り敢えず停めたというコンビニの駐車場に僕も車を停めて、彼女の車のドアを開けた。 彼女は靴を脱ぎ、体育座りの様な体勢で顔を手で覆って泣いていた。 二月の夜はまだ冬の静けさを引き摺っている。小春

          【恋物語】蝉時雨/第二章⑵ 悪い夢

          【恋物語】蝉時雨/第二章 ⑴小春日和

          昨年の十一月頃。僕と彼女が二人で会うようになって三ヶ月が経っていた。 この頃僕は、一度も彼女の名前を呼んだことが無かった。名前を呼ぶと、何だか、あの子の柔らかい部分に触れてしまう様な気がしたから。 紅葉が終わりかけ、落ち葉を踏む音と同じくらい小さく、季節を言い訳にしてその柔らかい名前を呼んでみた。 「小春ちゃん」 すると彼女は、小春は、しゃがんだまま表情ひとつ変えずに、一瞬だけこちらを見て返事をした。 「よっちゃん(僕の大学時代からのあだ名)。 私と貴方は三つも歳が違うけ

          【恋物語】蝉時雨/第二章 ⑴小春日和

          【恋物語】蝉時雨/第一章 色恋

          駅の裏にある公園の前で、僕は車を停めた。 もう終電は終わっているし、此処は田舎の古い町。 道は細くて辺りの街灯はほとんど無い。 彼女の話が途切れる度に、蝉時雨がタイミングよく降り始めるような、妙な感覚が今日一日付き纏っていた。 窓を開け、運転席で煙草に火を着ける僕の左腕に、彼女の背中がもたれかかった。 「あとちょっと」 文庫本の左側が大分薄くなっているので、 きっとラストシーンを読んでいるところなのだろう。 僕は返事をして、窓の外に煙を吐いた。 向こうには赤い煙突が死ん

          【恋物語】蝉時雨/第一章 色恋

          【三分小説】眠れる夜の声

          物語はいつも浮かんでいる。 目を閉じる前には、 この様にして、 頼りない程度の灯りでこの紙を照らし、 持ち前の温かな気持ちを呼び起こす事が 何よりも良い夢を見せるのです。 "夜には星が輝き、月は微笑んでいる。" そう思い込む猫が、居る。 正確にはハクビシンという。 ハクビシンは、夜がだいすきだった。 彼は夜行性で 「ぼくは電線を渡るのがとっても早い。 流れ星よりも早く 向こうの電柱まで行く事ができるんだよ」 と、毎晩、周りに自慢しているようだった。 "周り"というのは

          【三分小説】眠れる夜の声

          【三分小説】命綱

          僕はね、今も昔も、はっきり言って生きづらいんだ。 今から話すのは過去にあったできごとの、ひとつ。 辛かったら、途中で読むのをやめてもいいからね。 靄のかかった冬の薄明かり。 芳醇な香りが辺りに漂っていると錯覚するくらいに濃い夕方。 中学3年生の僕はひとり、下校途中の高校生たちが行き交うのを、橋の上から眺めていた。 彼らは未成年という名の下、支配され、みんなどのように息をしているのだろうか。と考えてもう2時間が経つ。 ふと自分の足元に目をやると、カラシイロの首輪をつけた

          【三分小説】命綱