Z1307 教科教育法1(第2設題)

【第2設題】中学三年生の伝統的言語文化の教材として取り上げられている「平泉」(『奥の細道』,松尾芭蕉)の構造と特質について指摘しつつ教材分析を行った上で、学習指導の方向性について言及し、リポートすること。

 中学生にとって古典の意味を正しく理解させ、魅力ある授業をするのは非常に難しい。以下のとおり教材分析を行い、学習指導の方向性についてリポートする。
 「平泉」の教材研究ならびに授業を行ううえでは、中学校学習指導要領(平成20年3月、平成22年11月一部改正)の目的に沿うことはもとより、受講生たる中学生の知的好奇心を湧き立たせる工夫が随所に必要である。それは、「奥の細道」のとりわけ「平泉」だけを取り上げるのみでは十分に生徒に意味が伝わるのではなく、「奥の細道」とは、いつの時代でどんな政治、いかなる世の中の状況の中で編纂されたのか、あるいは想像するにかなり過酷な旅程であるから「松尾芭蕉とはどんな人物なのか」「どのような行程を歩んだのか」という分析や検討、あるいは想像が必要であり、そのうえで「平泉」は全行程のどの部分の話なのか。そこにどのような意味があるのか、という全体像の解説、すなわち「概観」が予め必要であると考える。
 これらの全体像の解説は、教師によって学習プリントや写真、ときにはパワーポイント等を使ってコンパクトにかつスピーディーに行われることが望まれる。そうすることで、生徒は物語の全体像を捉えることができる。すると、知的好奇心が満たされるようになると思われる(なぜなら、生徒が授業に対して興味を持たなくなる理由として「わからない」の負の連鎖がある。少しでもわかる事項や興味のあるキーワードを増やすことで、これは最小限に食い止められる)。
 この概観を行ったうえで、少しずつ授業は「深化」していく。
 第1に、基本的な読解力を習得させる指導を行う。つまり、本文を音読させ、書き下し文で読めるように努める。読み、語句の不明点はこの時点で解決させる。そのうえで、似たようなリズムを持った作品や同じ時代の作品も紹介する(あくまで紹介する程度であり、興味があれば個人学習を進める方向性を示す。)。
 これは、学習指導要領の「話すこと・聞くこと」として、「伝統的な言語文化に関する事項」「言葉の特徴やきまりに関する事項」を指導することに当てはまる。
 第2に、現代語訳を進める。この時に先に行った概観が役に立つ。現代語訳をするうえで重要なのは、機械的かつ辞書的に言葉を現代語訳にするのではなく、自分のイメージを膨らませたうえで訳を進める方が記憶に残るばかりでなく、前述のとおり「わからない→興味がなくなる→つまらない→国語嫌い」という負の連鎖を断ち切る一助となる。つまり、「わかる→興味がある」という正しい知的好奇心を生み出す仕組み、仕掛けを作ることにウエイトを占める必要があろう。
 第3に、全体をグループ分けし、いくつかのテーマに基づく研究をしてもらう。つまり、歴史的背景や作者の当時の状況にしていくつかのテーマを与え、各自で調べ、検討する時間を設ける。興味を持つことについて主体的に学習をさせる。
 具体的なテーマとしては、
(1) 地理的観点からの研究:芭蕉が辿った道(平泉前後の3つの章などを見る)をたどり、どんな光景を見てこの文章を書いたのか想像する。また、夏草や 兵どもが 夢の跡 はどんな意味があり、芭蕉はどのようなイメージを持ってその句を詠んだのか想像してみる。
(2) 松尾芭蕉に関する研究:芭蕉はなぜ長い旅程に出ようと決心したのか。仮説を立てて調べてみる。仮説→検証のプロセスを意識させる。
(3) 曾良についての研究:芭蕉と曾良はどのような関係であったのか、調べてみる。
(4) 奥の細道を参考に記した古典などを調べる。
 第4に発表と共感の機会をもつことが大切であろう。発表は「話すこと」のみならず、自分の意見を持ち、他者にわかるように説明することが大切であろう。どのような資料や写真、ノートが必要なのかを考えさせ、適切かつ的確な資料をもって、自分の意見を伝える力を養う。また、聞く側としては、単に聞くだけではなく、質問を考えたり、共感をしたりなどできる部分があると良いだろう。
 全体としては上述のような流れで進めたいが、各時限は50分程度とかなり時間がタイトであるため、じっくり考えたり、生徒自身が研究する時間は確保しづらい状況にあるであろう。
 そこで、次のように教師がイニシアティブをとり、適宜支援・援助することで、理解を深められるようにしたい。
(1) 各時限のはじまりは必ず「オープニング=具体的な課題を共有し確認する」時間を設ける。
(2) 学習課題に向かう時間は、生徒が答えやすい質問から入り、フリーディスカッションのように進める。発言が少なかったり、理解が追いついていない場合には、教師の側から発言を求めたり、質問を換えたりして答えやすい雰囲気、環境を作る。
(3) 生徒にはわかること、わからないことを明確にさせるよう工夫をする。わからないことがあるのは当たり前で、できること、わかることを増やしていくように声をかける。適宜プリント等教材を用いて、生徒自身が理解できた点やそうでない点に気づけるようにする。
(4) グループで作業する際には、ルールとして
① 自分の考えを言う。
② 他人の考えを聞く。
③ 共通しているところ、違うところを共有し、疑問点を話し合う。
この枠組みが大切であろう。それを実践するツールとして、場合によっては、ブレスト(ブレーンストーミング)の手法を用いることが有効であると思われる。
具体的には、付箋などに自分の考えや思いつく事がらを、すべて1枚1つの付箋に書きだす。次に、一人一人意見を言う中で、同じような意見をグループ化してまとめる。異なる意見であれば、それを理解するのが簡単となる。
(5) 本時の学習をまとめる時間を設ける「エンディング=できたこと、わかったこと、できなかったこと、わからないこと」を確認する。全体として対話しながら確認することが楽であるが、個々の理解を高める重要な場面では、プリントにコメントさせる方法が有効であると思われる。紙上対話を図ることが理解していないSOSやその信号に教師が気づくチャンスであると考える。
 奥の細道は研究教材として多数用いられており、多くの教師が苦心をしながら授業をされていることが感じられる。教師としてくれぐれも留意しなければならないのは、中学3年の最高学年に当たる時期にこの教材があるという意識のもと、奥の細道の理解をすることに心血を注いでしまっては、本末転倒であろう。すなわち、今後高校に進学し、さらには大学、あるいは専門学校等を経て社会人になった際、日々の仕事の中で「文章を読むことだけでなく、その作者(書面であれば作成者の意図を汲み取るなど)行間を読むこと」や「自分の意見を言う」ということ、さらには「他の意見を聞き、自分の意見との違いを伝える」ということが強く求められる。他方で、進学校であれば古典は基礎から積み上げることになる。中学の時限数で高校に入って即座に役立つ理解まで深めるのは困難であって、古典を学ぶことを通して、それら社会人として生きていく術の基本的な部分を学んでほしいと考える。
 他方で、古典を楽しむという考え方も捨ててはならないだろう。有名な作品に触れ、何度も繰り返し音読することで、その独特なリズム感を感じることは教養を深めることになる。
古典を学ぶことは人生のなかですぐに役立つことではないだろうが、生きていくうえで、岐路や壁に悩んだときに、選択の一助となるパワーを持っているのも確かだ。
 古の旅人がなぜそのように考えたのだろうという理解を深めることで、著名な文章、古典などに触れることや知識として知っていることで、自分自身の考え方や持論を広げる一助となることがあるだろう。
 よって、本教材を取り扱う時には、目先の文章の理解を追うだけでなく、中学卒業後、高校卒業後、将来にわたって役立つ教材であるという観点も、我々としては決して忘れてはならないと考える。

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