インタビュー「カルチャーから見るタイと日本」 ブンシリ(タレント)
「ドラえもん」から学んだこと
―― 訪日外国人旅行者の中でもタイ人は増えています。コロナ禍の直前は地方の空港へのチャーター直行便も数多くありました。
ブンシリ タイ人にとって日本は〝一度は訪ねなければならない国〟なんだろうと思っています。僕もそうでしたが、「ドラえもん」などのアニメを通して日本の文化に触れてきているので、日本という国の存在をみんな幼い頃から認識しているんです。
僕自身も「ドラえもん」から学んだことはいっぱいあります。のび太とドラえもん、そしてジャイアンたちの友情とか、〝あきらめない〟ことの大切さとか、完璧でないのび太が肯定的に描かれていることとか、大人になった今でも感動します。
訪日タイ人は、いつも日本に来る前にSNSから情報を得ていて、日本で20年以上暮らしている僕でさえ知らないような店をたくさん知っています。こうした店に行ってみると「なるほど! これが外国人観光客が望んでた日本の美味しさを反映している店なんだ」ってうなずけます。
日本の皆さんもぜひSNSで外国人が使っているハッシュタグを検索してみて下さい。きっと、目新しい有益な情報が見つかるはずです。ちなみにタイ語だと #ร้านอาหารญี่ปุ่น(日本料理店)、#รีวิวญี่ปุ่น (日本レビュ一)などがあります。
互いに影響し合うタイと日本
―― 居酒屋、定食、ラーメン、鮨、トンカツ、たこ焼きなどは、今やタイの人たちの日常に根付いていますね。少し前の2000年代とはずいぶん様変わりした気がします。
ブンシリ タイに限らず、若い世代を中心に新しいものを積極的に探しにいく〝好奇心〟が溢れています。そうしたなかでタイの日本食文化も発展していったんでしょうね。
日本でも同じことが起きていますよね。タイカレーやガパオライスといったタイフードはすっかり馴染みましたね。以前はパクチーの香りが苦手という人が多かったのに、最近はパクチーがブームにさえなっています。
タイでは健康に気をつかう人が増えています。タイ人は食事の時に刺激のある炭酸飲料を好むので、最近はカロリーゼロのコーラが人気です。タイ人が日本に来て困るのは、飲食店にカロリーゼロのコーラがなかなかないことです。
―― 主要な観光地だけでなく、かなりローカルな場所でもタイ人旅行者を多く見かけます。
ブンシリ 日本は四季があるし国土も多様で、何度も楽しめる国なんです。タイは雪が降らないから、冬の北海道は人気ですね。乳製品やチョコレートも美味しいし、じゃがポックルも人気です。ともかくSNSで情報が広がるので、みんなよく知っています。
日本からタイへの影響で言うと、最近の「声優」ブームです。日本では声優がカルチャーとしてすっかり広がって、中には人気アイドルのように活躍している人もいます。
これがタイでも知られるようになって、タイ社会での声優の立ち位置が変わってきたんです。もちろんタイでも声優の仕事をしている人はいたわけですが、声優という仕事がタイでもひとつの「職業」として認知を得たと思います。声優の人たちもプライドを持つようになったし、声優をめざす若い人も増えています。
LGBTQ+への理解が進んだ社会
―― 逆にタイのカルチャーで日本に影響を与えているものはありますか。
ブンシリ なんと言っても「ボーイズラブ(BL)」でしょうね。タイでは今、BLドラマの制作が盛んです。
日本に比べるとタイでははるかにLGBTQ+への理解が進んでいます。以前から特にトランスジェンダー女性で社会的に成功した人の例が多くあったことも大きいです。そうした人がロールモデルとなって、ありのままの自分でもいいのだと思える社会になっているんですね。
BLドラマがタイでたくさん制作されている背景にも、そうしたタイ社会の肯定的な空気があります。タイでもBLドラマは人気なんです。今、タイで人気の俳優って、BLドラマでブレイクした人も多いんですよ。
驚くことにタイ政府観光庁が積極的にBLドラマを対外的に推しています。たとえば韓国が戦略としてドラマやアイドルを世界に発信しているように、国がBLドラマを推しているんです。どういう部分でアピールすれば〝自分たちの強み〟になるのか、ちゃんと理解しているんでしょう。
こうしたLGBTQ+への肯定的な認識が、日本にももっと広がっていくといいなと思います。
若い世代の信仰心の変化
―― 日本とタイは、仏教が文化の基盤のひとつになっているという点でも共通していますね。大乗仏教と上座部仏教という違いはありますが。タイでは路傍の祠の前を通りがかると立ち止まって礼拝する人の姿もよく見かけます。
ブンシリ そうですね。一般的にそういう文化が根づいていますね。仏教の教えが社会のモラルになっている面はあります。自分が徳を積めば父母への孝養になると信じて形式的に出家する人もいます。出家期間は1週間という人もいれば、3カ月とか半年という人もいます。もちろん出家しなくてもいい。そこは自由なんです。
一方で、最近の若い人の間では〝仏教離れ〟も起きているように感じます。背景のひとつはライフスタイルの変化ですね。日本も同じですが、昔は父親が働きに出て、母親は専業主婦の家庭が多かった。母親たちはしょっちゅう、子どもを連れてお寺に行くわけですね。今は共働きでないと生活できない時代です。すると、お寺に行く余裕もありません。親がお寺に行かないから、子どももお寺に行かない。
もうひとつはメディアの発達で、僧侶の不祥事などがニュースになることです。タイでは僧侶は妻帯どころか女性と触れることも禁じられています。ところが、なかには有名な高僧でも女性と不適切な関係を持ったり、お寺に寄せられた浄財を自分のポケットに入れてしまったりする人もいます。
昔と違ってこうしたことがあっという間に社会に伝わりますから、人々の信頼が下がってきているのだと思います。
タイの緩さと日本の厳格さ
―― タイは観光立国という点では日本よりも先を行っているように見えます。タイの人たちは寛容というか、外国人との共存のしかたも慣れているなと感じます。
ブンシリ 生きていくために一生懸命だという事情もあります。英語ができれば働き口も増えますから、頑張って身につける。あとは「マイペンライ(気にしない)」というタイ社会特有の緩さでしょうね。適当というか、融通が利くわけです。
日本はその点で規則に厳格ですよね。個人商店でさえ、お客が来てても営業時間にならないとモノを売らなかったりする。また、訪日外国人旅行者を増やそうとしているなかで、いまだにプールや公衆浴場でタトゥーを禁止しています。
多くの国では〝お守り〟やファッションとしてのタトゥーが広く存在しています。一部の反社会的な人の刺青と、文化や信仰、ファッションとしてのそれを、全部同じに見なして一律に禁止するのは、いかにも日本的な感じがします。
かと言って、現場で融通を利かせていると〝きりがない〟となってしまうんでしょう。ここは、やっぱり国が新しいルールを設けていかないと、いつまでも社会は変わらないんじゃないかと思います。
―― ようやく海外渡航も自由になってきました。これからタイを旅行する人にブンシリさんのおすすめポイントはありますか。
ブンシリ ひとつはアンダマン海に浮かぶピピ島です。ここの海は本当に美しいのでダイビングを楽しんでほしいと思います。もうひとつは、カンチャナブリ―県のエラワン国立公園にある「エラワンの滝」です。タイで最も美しい滝と言われています。7段の滝があって、しかも滝壺の浅いところでは観光客が滝の真下で泳げるんです。日本だと考えられないでしょ(笑)。
そして、タイの魅力はなんといっても「食の美味しさ」ですね。タイを訪れた世界中の人が虜になるのは、ここだと思います。タイ料理はもちろん、各国の料理も美味しい。ぜひタイに足を運んで、自分の五感で体験してほしいと思います。
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取材・文)東晋平
写真)Yoko Mizushima
取材協力:パシフィックスタジオ
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