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はじめました

ずっとエッセイが書いてみたくて、書くなら「子供のいない生活」という今の自分のことにしようと決めていました。

自分振り返りではないのですが、どうして「子供のいない生活」となったのか、そしてそのことを後悔していないのか?と自分なりに不思議だったからです。

答えは出ているのかもしれませんが、こうやってどこかに表すときっと自分の中で折り合いがつくだろうと勝手に思っています。

20歳から働き始めて、30歳を過ぎて結婚。ここまではそれほど変わったところはないかもしれません。

30歳を過ぎてからの結婚なんてざらだし、それから子供を授かることもざらにありました。
「高齢出産」という言葉を聞き始めたのも、このころだったかもしれません。「不妊治療」という言葉も結婚する前から知っていました。
意外と身近にいたからです。
そして、周りには「子供のいる家庭」しかなかった。

だから、私は自分も勝手に「子供を産む」とイメージしていたのかもしれません。でも、現実は違いました。

まず、結婚してすぐにきめたことが「子供を作るのを少し後にしよう」ということでした。
というのも、義父は10年以上も病院に入院しており、結婚する前後には、義母も倒れるというアクシデントがありました。
ありがたいことに、義父も義母も同じ病院に入院してもらったため、面会などは楽ではありましたが、自分たちのライフサイクルを作れる余裕はありませんでした。

働いていることもあり、仕事と生活だけで精一杯の毎日。
そこに子供ができることで、自分たちに負担が一層かかることは目に見えていました。

仕方ないことではありましたが、義母は孫を望んでいたようです。
ただ、あのタイミングで子供を作ろうなんてことを考えたりする余裕はありませんでした。
後々で、あの時できなかったのは、めぐりあわせが悪かったのだと思うのですが、その時はその期間をしのがなくてはという思いが強かったのか、子供を授かることを拒否していたのか、子供ができる気配がありませんでした。

結婚して2年がたち、家も建てたことで、ようやく落ち着き始めたころ、子供を作ってもいいかなぁという空気が私と夫の間に流れました。
もちろん、二人とも実績があるわけではないので、普通にしていればできるであろうと考えていました。

「不妊治療」なんて頭に浮かぶことなく、2年がたちました。
「気長にまとう」と夫に言われて、私もそれに賛同し、2年がたちました。
アラフォーと呼ばれる年齢に差し掛かり、ようやく「あれ?」と思ったのですが、やはり「不妊治療」を考えることはなく、2年がたちました。

「不妊治療」する? しない?

ここら辺が最後の決断だったのかもしれませんが、夫からは「病院へ行こう」という言葉は一度もありませんでした。

「子供が欲しいか?」と聞けば、「出来ればいいけど」とそこまで欲していない感じもする。
と考えると、私が独身時代の周りの友達は子供がいたけれど、夫と結婚した環境下では、逆に子供のいない夫婦のほうが多かったのです。

上司も、周囲も「子供のいない夫婦」。

もちろん、子供のいる夫婦もいましたが、身近にいないとあまり気にならないものなのでしょう。

結局、アラフィフになる今、子供はいない。

一度だけ、たった一度だけ「離婚したほうがいい?」と聞いたことがあります。夫が子供が欲しいのに、私のほうに原因があると考えていたからです。
夫にも原因があるかもしれないのだけれど、その時は頑なに自分に原因があると思い込んでいました。

でも「そんなこと考えたことない」と夫に言われて、少しほっとしたのを覚えています。

30代の時に無理してでも作るようにすればよかったのか?

病院にいき、私に原因があるのかを知っていればよかったのか?

少しだけ風向きが変わったのは、私の父のいとこが「不妊治療」をしていて、結果、旦那さんに原因があったということが分かったという話になったときからかもしれません。

やみくもに女性だけが悪いと言われていたけれど、「夫」にだって原因があるという事実が身近なところにあったのです。

それでも離婚はしていない。二人で暮らしている。
それでいいんだ。と思いました。

もちろん、子供はかわいいと思うし、いたらいたでいいのだけれど、「不妊治療」をしてまでも、無理をしてまでも欲しいのかと言われると、やはり心が動かない。

今度は自分の心が人と違うのではないかと思うようになりました。
姪、甥はかわいい。でも自分の子供ではない。
そんな距離感でしか、子供と接したことがない私は、子供のいる相手に対し、とても鈍感なヤツなんだと思います。現にそういわれたこともあります。
「お子さんのいないあなたには分からない」・・・

確かに、分からないわ・・・と思ったけれど、共感したわけではなく、事実を言われただけだなぁと思っただけでした。

だったら教えてよ・・・

そう言えたら良かったのでしょうが、そんな間柄でもなく、自分には分からない環境のことを想像するのはとても難しいと感じました。
そんな姿も相手にはイラッとしたことでしょう。
でも私には相手を思いやる気持ちがなかったのかもしれません。

今日はここまで。

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