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【How we innovate】01:半導体はなぜ微細な構造を必要とするのか?

こんにちは、エーエスエムエル・ジャパンです。

「世界で最も精密な機械」と言われている半導体露光装置。私たちは、その製造を業界に先駆けて取り組み、トップメーカーとして歩みを進めてきました。

この記事では、ASMLに興味を持ってくださった読者のみなさまへ、

「私たちが生み出してきた”イノベーション”を知っていただきたい。」
「より深くASMLのことを理解いただきたい。」

そういった思いから、半導体の歴史や私たちが作る”露光装置”について、解説する内容となっています。半導体がどのような仕組みで、どんな工程で作られているのか。そしてASMLは半導体業界にどのようなイノベーションを起こしてきたのかについて、3部に分けてご紹介していきたいと思います。

まず第1回は「半導体はなぜ微細な構造を必要とするのか?」についてです。ASMLは半導体の微細化に大きく貢献してきた会社であり、半導体の進化を支えています。ではなぜ”微細化”が半導体の進化に繋がるのか、技術的な視点を交えてご紹介していきます。

今回の記事は、ご自身も半導体業界でご活躍されながら、半導体関連の著書『「半導体」のことが一冊でまるごとわかる』(共著、ベレ出版)も出版されている蔵本貴文氏に執筆いただきました。



半導体は人類が製造するもので、最も微細なものであると言えます。最先端の半導体になると最小加工寸法が10nm程度と言われています。水素原子の半径が0.1nmですから、加工レベルは原子を一個一個動かす、というレベルに近くなっています。

AppleのiPhone15Proに搭載されたA17 Bionicという半導体は、2023年の最先端の加工技術を用いており、1㎠にも満たない領域に”約190億個”という数のMOSFETと呼ばれる素子が搭載されています。最先端の加工技術とは、これほど微細なのです。(MOSFETについては、後ほどご説明します。)

この記事では半導体とは何か?という疑問に答えることに始まり、半導体を使って「考える」仕組み、そして半導体がなぜここまで微細さを追い求めるのか、その理由をご理解いただきたいと思います。

半導体とは何か?

半導体が使われる分野はとても広く、現代社会は半導体なしでは成り立ちません。実際のところ、電気があるところには全て半導体があるといっても過言ではありません。ですから、半導体がなくなることは、「現代社会から電気がなくなる」ということとほぼ等しいのです。

半導体の基本性質

「半導体」という言葉は、「半分は導体」ということを示しています。導体(電気を通す物体)と絶縁体(電気を通さない物体)はご存知のことでしょう。ですので、半導体は半分。つまり少しだけ電気を通すのか、と思われるかもしれません。しかし、今回の記事では「半導体は、条件により電気を通す状態と、通さない状態を切り替えられるもの」という認識を持っていただければと思います。

半導体の導電性は、外部の電圧や温度、ドーピング(不純物の添加)によって変化します。その特性を利用して、必要な時に電気を通し、不必要な時には止めておくスイッチとして活用できるわけです。

半導体の用途には、大きくアナログ用途とデジタル用途が存在します。ここから、これら2つの用途について詳しく説明します。

アナログ用途の半導体

アナログ用途の半導体の役割は大きく3つあります。1つ目はスイッチ、2つ目は変換、3つ目は増幅です。

1つ目のスイッチは名前の通り、電流を流したり止めたりする役割です。小学生の時に電池と豆電球で、電球を光らす実験をしたことがあるのではないでしょうか。この時は、機械的なスイッチを使っていたと思います。このスイッチと同じことを半導体でも行うことができます。

2つ目の変換は電気を他のものに変換する役割です。例えば、通信をするために電波を使うことはご存知でしょう。電波を電気信号に変換するのも半導体の役割です。またLEDという電球は半導体を光らせていますが、これは電気を光に変換する素子と言えます。

3つ目の増幅は電気信号を大きくする役割です。例えば、微弱な電波の信号を大きな電気信号に変換したり、スピーカーで大きな音を出すために音楽の電気信号を増幅するのも半導体の役割です。

この記事のテーマは「半導体はなぜ微細な構造を必要とするのか?」ですが、実はこれらアナログ半導体は、デジタル半導体ほど微細化を必要としません(それでも1ミクロンとか0.1ミクロンといったレベルの微細化はされています)。アナログ半導体の話はここまでにして、次にデジタル半導体について説明します。

デジタル用途の半導体

デジタル半導体は人間の頭脳の役割を持った半導体です。つまり、思考(計算)と記憶といった役割を果たすものです。機械を人間に例えるのであれば、半導体は頭脳と神経の役割を果たします。この例えからも半導体の重要性を理解いただけるでしょう。

CPUとかマイコンとかプロセッサという言葉を聞いたことがあるでしょうか。これらは半導体の「考える」機能を使った製品です。一方、「覚える」機能を使う製品はメモリと呼ばれます。

これから、この「考える」役割を果たす、デジタル半導体の動作について詳しく説明します

デジタル半導体の基本的な動作

デジタル半導体の「デジタル」は何を表すかご存知でしょうか。デジタルとは0と1という2つの数字で情報を扱う”信号”です。ここではデジタル信号を理解する上で必要な、半導体のスイッチとしての動作、キーデバイスであるMOSFETの構造、そしてインバーター回路の動作について詳しく解説します。少し複雑な話も入りますが、半導体の微細化の意味を知るために重要な話ですので、全体を通して流れをつかんで下さい。

半導体のスイッチとしての動作

デジタル半導体において重要とされるスイッチ動作は、キャリア(電流の元)の流れを制御することによって、ONとOFFを切り替えます。下図のように電流を流すか、流さないか。つまり豆電流を光らすか、光らさないかという動作で考えていただければよいと思います。

デジタル半導体は、電圧の低い状態を0、電圧の高い状態を1に対応させることで、スイッチとして動作しています。

MOSFETの構造

このスイッチとして動作する仕組みは、MOSFET(Metal-Oxide-Semiconductor Field-Effect Transistor)と呼ばれており、デジタル半導体の中心的な素子です。

MOSFETは物理的に複雑な動作をします。今回はスイッチの動作を簡単に説明するために、水門に例えて説明します。

MOSFETはゲート、ソース、ドレインという3つの主な端子をもちます。ソースからドレインに流れるキャリア(電流の元)の流れを、ゲートの電圧で制御します。

参考:トランジスタの動作原理はイメージで実感しよう|テクノシェルパ
https://techno-sherpa.com/blog/edu/699/

上図に示すようにMOSFETとゲートの開閉で水流を制御する水門を見比べてください。ゲート(水門)の動きにより、貯水池から排水へと流れる大きな電流を制御します。これと同様にMOSFETはゲートの電圧により、電流の流れを制御するスイッチとして動作するのです。

インバーター回路の動作

MOSFETにはnMOSとpMOSの2種類が存在します。nMOSはゲートが高電圧(1)の時に電流を流し、pMOSはゲートが低電圧(0)の時に電流を流します。

インバーター回路は、一般的にこの2つのMOSFET(nMOSとpMOS)によって構成されます。この回路はデジタル動作をする半導体の最も基本的な構造で、0(低電圧)を1(高電圧)に、1(高電圧)を0(低電圧)に反転させます。

こちらはインバーター回路を簡単に示したものです。インバーターはnMOSとpMOSのゲートそれぞれに入力、そしてnMOSとpMOSの間に出力の端子があります。

まず、入力が1(高電圧)の場合はnMOSがONとなりpMOSがOFFとなります。よって、出力端子は0(低電圧)と繋がって0となります。一方、入力が0(低電圧)の場合はpMOSがONとなり、nMOSがOFFとなります。その結果、出力は1(高電圧)と繋がって1となるわけです。

結局、入力が1だと出力は0、入力が0だと出力が1ということで、0と1を反転させる回路となります。これがインバーター回路です。

ここではMOSFETという半導体素子を使って、0と1を反転させる回路を紹介しました。単純な動作だと思いますが、この単純な動作が組み合わさって、「考える」という高度な動作を実現しています

半導体が考える原理

半導体の「考える」プロセスは、ONとOFFを切り替えるスイッチ(MOSFET)により実現されます。ここで、学問的な土台となるのがブール代数と呼ばれる数学の一分野です。ブール代数とは0と1の2値のみを土台として扱う数学で、これを半導体の中で実現して、計算(考える)を実現しているのです。

ここでは基本的な論理回路、AND、OR、NOTの3つの回路を紹介して、それをもとに2ビットの加算器が構成されることを紹介したいと思います。

AND回路
AND回路は、2つの入力が高電圧(1)である場合にのみ高電圧(1)を出力します。それ以外の場合は、出力は低電圧(0)となります。

AND回路

OR回路
OR回路は、少なくとも1つの入力が高電圧(1)である場合に高電圧(1)を出力します。すべての入力が低電圧(0)の場合にのみ、出力は低電圧(0)となります。

OR回路

NOT回路
NOT回路は、入力信号を反転させる回路です。高電圧(1)の入力に対しては低電圧(0)を、低電圧(0)の入力に対しては高電圧(1)を出力します。これは、先ほど紹介したインバーター回路に対応します。

NOT回路

2ビットの加算回路の形成例

これまで紹介した基本的な論理回路(AND、OR、NOT)を使って、下のように2ビットの加算回路を作ることができます。

この回路を考えてみるとA+Bという2進数の計算が、CDという結果となって出てきていることがわかります。例えば1+1は2進数で10となりますが、確かにその結果となっています。

ここではMOSFETで構成できる単純な論理回路(AND、OR、NOT)を基本として、2ビットの加算器が構成できることを示しました。

ここで紹介したものは単純です。一方、半導体技術の発展による、コンピュータの進化はすさまじいものがあります。人間のように物事を思考するAIが登場したり、人間だと何十年もかかる計算を1秒にも満たない時間で行えたりします。そんな複雑な処理の原理が、これほど単純であることを信じられないかもしれません。

しかし、そんな魔法のような処理も、基本はここで紹介している論理回路(AND、OR、NOT)を複雑に組み合わせたものにすぎません。そして進化が激しいITの分野において、この原理はコンピュータが使われ始めた1950年代から、何も変わっていないのです

なぜ微細化が必要とされているのか

ここまでで、半導体が「考える」原理はとても単純なものであることを理解していただけたと思います。しかし、「こんな単純な原理で、なぜあれほど複雑な動作ができるのか?」と疑問に思うと思います。

その答えが微細化です。一つ一つは確かに単純な構造です、しかしその数がものすごく多いのです。改めてAppleの最新のiPhoneに入っているCPUについて考えてみましょう。iPhone15Proに搭載されているA17ProのMOSFETの数は”約190億個”と言われています。

つまり、なるべくたくさんの素子を詰め込むことにより、半導体の性能は向上してきました。これが半導体に微細化が必要とされている理由となります。ここでは半導体の微細化について、掘り下げて説明していきます。

デジタル半導体の性能向上

半導体の微細化は、デジタル半導体の性能向上に不可欠です。微細化によって、同じ面積に搭載できるMOSFETの数が多くなります。これによりデバイスの処理能力が向上し、より複雑な計算とデータ処理が可能となります。

さらに素子のサイズが小さくなると、動作速度が向上します。電気信号は光の速度に近い速さで伝わります。しかし、半導体のように高速処理をすると、その電気信号の遅延すら問題になってくるのです。微細化すると、信号が伝わる距離が短くなり、遅延が小さくなります。よって、半導体がより高速に動作できるようになるわけです。

ムーアの法則による微細化の歴史

このように半導体の進化の歴史はまさに微細化の歴史だったといえます。その歴史を表すのが、インテル社の創業者の一人であるゴードン・ムーアによって1965年に提唱されたムーアの法則です。

ムーアの法則とは、「半導体のMOSFETの数が約2年ごとに倍増する」と予測したもので、半導体の進化はまさにこのムーアの法則に従って実現してきました。この法則は、過去数十年間にわたって半導体産業の技術革新の指針となってきています。

例として、上にインテル社のPC向けCPUのプロセスルールとトランジスタ数の進化について図示しました。

1971年に日本の電卓メーカーであるビジコン社と共同で開発した4004というCPUは、最小加工寸法が10μm(1μmは1mmの1000分の1)で製造されました。この10μmも十分微細に思えるかもしれませんが、現代の最小寸法10nm程度(1nmは1μmの1000分の1)に比べると、全く微細と言えないことがわかると思います。

また、微細化に伴い動作スピードも上昇しました。1971年の4004の動作周波数は1MHzに届きませんでしたが、2010年のXeonは2GHzを超えており、2000倍以上高速化されました。このように、ムーアの法則に従い、同面積に搭載されるMOSFETが2年で倍になりながら、デジタル半導体(CPU)は進化してきたのです。

ここに示したように、半導体技術の進歩は、微細化の歴史でした。それは記憶を担当するメモリ半導体も同じです。メモリ半導体の微細化は、データストレージ容量の増加をもたらし、デバイスがより多くの情報を処理できるようになりました。

微細化はデジタル半導体の性能向上の鍵であり、デジタル技術の持続的な成長と革新を支える基盤となっているのです。

半導体の微細化におけるASMLの役割

半導体の微細化においてASMLの果たす役割は非常に大きいです。
特に最先端品におけるプレゼンスは圧倒的です。2023年現在で最も微細化が進んだ半導体製品は、3nmノードと呼ばれています。もしASMLの装置がなくなると、5nmノード以下の先端製品は製造が不可能になってしまいます。

ASMLの先進的な露光技術

ASMLは、オランダに本社を置く世界有数の半導体製造装置メーカーです。同社は半導体産業におけるリーディングカンパニーとして、先進的な露光装置の開発と製造を行っています。

特に特筆すべきは、EUV露光(リソグラフィ)技術を実用化させた、世界で唯一の会社であることです。半導体の前工程向け量産用露光装置を製造する技術を持つメーカーは日本にも2社ありますが、現時点ではEUV露光装置はASMLしか製造できません。

ASMLがデジタル業界に与える影響力

ASMLの露光装置を使うことにより、半導体メーカーはより高密度で高性能なチップを製造できるようになりました。ASMLの技術は、半導体産業を超えて、スマホ、AIや自動運転といったデジタル産業全体に大きな影響を与えています。

ASMLの装置がなければ、現在の最先端の半導体デバイスの製造は困難となります。これが無くなると、コンピューター、スマートフォン、自動車などの進化が止まり、AIや自動運転などのデジタル技術の開発ができなくなるでしょう。具体的には、プロセッサの性能が低くなり、スマホやパソコンの処理速度が遅くなったり、ストレージ容量が減少し、保存できる量に制限が課されることになります。

このようにASMLは、半導体の微細化と性能向上における中心的な役割を果たしています。同社の技術革新と研究開発は、半導体産業の未来を形作る重要な要素となっており、その影響は社会全体に及んでいるのです。

<第2回の記事はこちら>

ライター:蔵本貴文
香川県丸亀市出身、1978年1月生まれ。関西学院大学理学部物理学科を卒業後、先端物理の実践と勉強の場を求め、大手半導体企業に就職。現在は微積分や三角関数、複素数などを駆使して、半導体素子の特性を数式で表現するモデリングという業務を専門に行っている。

さらに複業として、現役エンジニアのライター、エンジニアライターとしての一面も持つ。サイエンス・テクノロジーを中心とした書籍の執筆(自著)、ビジネス書や実用書のブックライティング(書籍の執筆協力)、電子書籍の編集・プロデュースなど、書籍のライティング中心に活動している。

著書に『数学大百科事典 仕事で使う公式・定理・ルール127』(翔泳社)、『解析学図鑑 ―微分・積分から微分方程式・数値解析まで― 』(オーム社)、『「半導体」のことが一冊でまるごとわかる』(共著、ベレ出版)、『意味と構造がわかる はじめての微分積分』(ベレ出版)、『学校では教えてくれない!これ1冊で高校数学のホントの使い方がわかる本 』(秀和システム)がある。

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