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【絵本レビュー】 『にげてさがして』

作者/絵:ヨシタケシンスケ
出版社:赤ちゃんとママ社
発行日:2021年2月

『にげてさがして』のあらすじ:

私たちが生きる世界にはいろいろな人がいて、それぞれが違う感情や言葉をもっています。それらは自分だけのものなのに、大きな流れや「みんな」に飲み込まれて、自分を大切にできなくなってしまう。
「逃げちゃダメ」と言われることが多い世の中ですが、どうするかは自分で決めていいし、自分で決めること。

『にげてさがして』を読んだ感想:

「にげるために、さがすために、きみのあしは、ついている。」

ハッとしました。「にげるため」に特にドキッとしました。「逃げるな、立ち向かえ」って言われて育った身には解放への扉でもあります。この言葉を見た瞬間「購入」をクリックしていました。

ある時友人の紹介で部屋を見に行きました。街の中心部で、アパートのドアを開けると観光客が常に行き来している場所でしたが、家は二人で住むにはかなり大きいものでした。家を借りているのはコンテンポラリーダンサーの女性で、私と同い年くらいか、1、2歳年上くらいの人でした。その人がフラットメイト(アパートの同居人)をさがしていたのです。私は結局そのアパートには入らないことにしたのですが、彼女とは友達になってそのあとも時々会ってお茶を飲んだりしました。彼女との交友関係を続けた理由は、私が書道をしていたため、彼女のダンスと何かコラボができると彼女が考えたからでした。私も何か新しいことがしたかったし、舞台で書道ができたら面白いだろうと思ったので、週に1度会って案を練ったり練習をしたりしました。

「何か違う」と感じ始めたのは、それからしばらくしてからでした。私は書に集中していればいい、という最初の同意とは裏腹に、彼女から色々とパフォーマンスの要求が出て来ました。それはだんだん書とはかけ離れていったので、舞台女優になるつもりもなかった私の興味は薄れ始めたのですが、それとは反対に彼女の情熱にはどんどん火がついて行きます。ホームページも作ろうとか、ブログもしようと彼女の中では徐々に大規模なプロジェクトとして形成されていくのが見えたので、私は手遅れにならないうちにその旨を伝えようと思いました。その代わり、私は何週かのミーティングを適当な理由をつけてキャンセルしたのです。彼女からのメッセージも何回に一回かは無視していたら、ある日買い物先の靴屋に彼女が飛び込んで来ました。「どうして連絡くれないの?」彼女は挨拶もそこそこに聞いてきます。「何か問題でもあるの?」そりゃあそうですよね。でも私はちゃんと答える代わりに「他の仕事が忙しくて連絡できなかった」と応えました。すると彼女は「病気かと思ってびっくりした。じゃあ落ち着いたらまた始められるよね。その仕事はいつ終わるの?」質問ぜめにあい私はまたも適当なことを言ってその場しのぎをしました。たった10分にも満たない会話だったのに、なんだか身体中のエネルギーが一気に吸い取られたように感じました。一緒にいた友達もあっけにとられていたので簡単に状況を説明すると、「なんでもうしたくないってはっきり言わないの?」もっともなご意見です。わかっているんだけどできないのです。彼女に会うたびにエネルギータンクが空っぽになって帰ってくるのに、なんで毎回それをかわすばかりなんでしょう。プロボクサーのパンチをかわしてばかりいるだけでは、いつかパンチされてしまいますよね。一番いいのは「もうやりたくない」と言ってその場からさることなんです。そのための足なんだから。

「仕事が終了する(はず)」の期日が迫って来ました。彼女から連絡がある前に意を決してメッセージを送ります。「締め切り日の後散歩しよう、話したいこともあるし」返事は思いっきりウキウキのスマイリーマーク付き。「ああああ、超勘違いだよ〜」と私のエネルギータンクは空からマイナスになってくようでした。

そしてやって来た当日。満面の笑顔を浮かべた彼女は開口一番「この間色々アイデアを練ってね!」と、またも彼女のペースになってしまいそうです。私は小舟で激流の中を川上に登っていくような気分でしたが、まずはオールを水中に突っ込みました。
「そのことについてなんだけど。。。」
「ああ、ごめんごめん、私時々盛り上がりすぎちゃって。気をつけるからね!」
「いや、そうじゃなくて。。。」

私はポツリポツリとこれ以上続けたくない旨を伝えました。彼女はそれでも彼女の過剰な情熱ぶりを直すからと言って私を説得しようとしていましたが、私はなんだか別れ話を持ち出す男性の気分がわかったような気がしました。
最終的に彼女は「わかった。パフォーマンスはしなくても会ってお茶したりできるよね」と言って来ました。私は生まれて初めて「天を仰いで神にお願いする」という意味が理解できたような気がしました。水中のオールは力不足でグラグラです。

今や彼女の元彼と化した私は「しばらく会わないほうがいいと思う」と言ったのですが、彼女の応えは「しばらくってどのくらい?」チーン。エネルギーのメモリはもう南極大陸並みのマイナスレベルです。その時の私にはもう彼女に対する申し訳なさも残っておらず、頭の中のチップが音を立てて替わりました。

「あのさ、普通”しばらく会わない”って言われたら、もう会いたくないって察すると思うんだけど」彼女はキョトンとしています。「そうなの?」はい、そうでございます。もちろん彼女に冗談が通用しないのはわかっていましたから、私はただ頷きました。「でもあなたは直接説明しないとわからないようだから言うけれど、私のしばらくは無制限で、あなたと話したくなったらこっちから連絡するよ。でもそれは来年かもしれないし5年先かもしれない。ごめんね」

他にもっといい言い方が会ったのかもしれない、と今でも時々考えます。彼女が傷ついたかどうかはわかりませんが、帰り道の私にはエネルギーが少しずつ戻り始め、スッキリしていました。それ以来彼女とは話していません。フェイスブックでその後繋がったので、元気にパフォーマンスをしていることは知っていますが、話すことはありません。私のメッセージは届いたようです。ただ、もっと早く逃げればよかったなとこの絵本を読んでいて、あの時の「別れ話」が心に蘇って来ました。せっかく足が生えてるんですからね。



『にげてさがしてゃ』の作者紹介:

ヨシタケシンスケ
1984年、京都生まれ、沖縄在住。2018年に岡谷市・イルフ童画館主催の第9回武井武雄記念 日本童画大賞という絵本コンペ(絵本部門)で大賞を受賞し、その共催をされているフレーベル館から『トカゲのともだち』で2019年2月にデビュー。『じごくのさんりんしゃ』(有田川町絵本コンクール2017年優秀賞)が4月に出版。最近では沖縄の地元紙琉球新報のweb版 琉球新報Style 本村ひろみの時代のアイコンにて紹介。


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