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【絵本レビュー】 『もしも...』

作者:神沢利子
絵:太田大八
出版社:童心社
発行日:1993年6月

『もしも...』のあらすじ:

弟ができて、両親の関心は弟にばかり…。
孤独を感じた少女は、「もしも…私が○○だったら」と空想の世界へと遊ぶのですが、誰にも計り知れないほど豊かにふくらみはじめて…。

『もしも...』を読んだ感想:

「たら、ればは意味ないよ」
母がよく言う言葉です。
あの時ああしていれば、もし現実がこうだったら、などと過去を後悔したり現状を嘆いたりすることはよくあります。
「でも今の状況って私が決めたことじゃないよね」
母に言われるたびに、私はそう思っていました。

ある時期私は漢字辞書を見ながら「こんな名前だったらいいな」と考えるのが好きでした。漢字の意味と音の響きを選びながら、ノートのページいっぱいに色々な名前を書き出すのが、私の自由時間の過ごし方になっていました。当時私は名前についてからかわれることがよくあったし、病院へ行っても大抵間違えて呼ばれました。自分の名前が嫌いで仕方がなく、本気で変えたいと思っていたのです。だって、私が決めた名前じゃないから。

またある時期は、父との関係があまりに悪いので、「あの時こう言っていればうまく切り抜けられたのかもしれないのに」とか「あの時こう対応していれば、明日の友達とのお出かけをキャンセルさせられなかったのに」などと取り返しのつかないことを考えて一日を過ごすことが多くなっていました。

でもそんな状況でも母の言っている意味が本当にわかっていたとは思えません。そしてそのあと何年も。

ある年私は休みで日本に二週間ほど帰国しました。当時住んでいたロンドンに帰り、渡英しばらくお世話になったホストマザーのところにお茶に呼ばれて行きました。

紅茶の用意をしながら、「お父さんとはどうだったの?」と彼女は聞いてきました。実は仲介役をしようとしていた母の努力もむなしく、実家への滞在はあまり気持ちのいいものではありませんでした。その時の状況なども軽く含めて彼女に話しました。すると彼女は手を止めて言ったんです。

「それはあなたのお父さんの問題であって、あなたにはどうすることもできないことなんじゃない?」

さらっと出た言葉でしたが、私はショックを受けました。十年以上私は「私に何かできうることがあった」と考えていたのです。父が私を責める理由を探していただけだったとしたら、私がいくら従順な態度を取っていたとしても、結果には何の変わりもなかったのです。その日のお出かけはできたかもしれないけれど、次のお出かけはなかったかもしれません。「こうしていれば」と考えることは全く無駄なのです。

母の言っていた「たら、ればは意味がない」というのは、過ぎてしまったこと、変えられない現状、そしてまだ起きていない未来に関してあれこれ考えをこねくり回すより、今何ができるのか、今どうしたいのかを考えた方がいいのではないか、ということなのだと私は理解します。

それでも、「もしも」時間が戻せるのなら、十代の私にこのことを教えてあげたいです。そうしたらもっと早く「たら、れば」の呪縛から解き放たれて、楽しい時間を過ごせたことでしょう。


『もしも...』の作者紹介:


神沢利子
1924年福岡県生まれ。文化学院文学部卒業。詩人・児童文学者。少女時代を樺太(今のサハリン)ですごす。日本児童文学者協会賞、日本童謡賞、路傍の石文学賞、モービル児童文化大賞などを受賞。作品に、代表作「ちびっこカムのぼうけん」(理論社)ほか「あひるのバーバちゃん」「はけたよはけたよ」(以上偕成社)「くまの子ウーフ」(ポプラ社)「ふらいぱんじいさん」(あかね書房)「くまのまこちゃん」(のら書店)など作品多数。


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