見出し画像

19世紀フランス社交界でのブルクミュラー『25のエチュード』フランス音楽研究会

ブルクミュラー(1806-1874)の『25のエチュード(練習曲)』(1851年初版出版)は、今でも多くのピアノ学習者に愛されている曲集です。ブルクミュラーはドイツで生まれましたが、26歳ころにパリに移住し、ピアノ教師や作曲の仕事をしました。当時のパリの貴族や富裕なブルジョワの人々は、オペラやバレエを着飾って観劇し、サロン、夜会、舞踏会等でダンスや音楽を楽しみました。ブルクミュラーはバレエ作品の作曲家としても知られていますが、彼のお洒落でエレガントな音楽作品、特に「社交界用の舞踏曲」は、上流階級の人々に人気があったようです。

ファッション雑誌「ラ・シルフィード」(1846年)より


ファッション雑誌「ラ・シルフィード」(1845年)より

上記の衣装からも判るように、当時の社交界での舞踏は、バレエや民族舞踏とも異なり、ステップはバロック舞踊よりは平易で、エレガントで軽快なものでした。19世紀半ば頃のフランスの舞踏会文化からブルクミュラーの『25のエチュード』を眺めてみましょう。14曲目の”La styrienne”は、[スティリア風の]という意味ですが、民族舞踏の音楽ではありません。当時の舞踏会で流行っていた”pas styrien”「スティリア風ステップ」(民族舞踏を軽快にアレンジしたステップ)を織り交ぜた優雅で軽快なワルツなのです。楽譜にもgraziosoと記されています。20曲目の「タランテラ」も同様に、社交界用のタランテラの振り付けがありました。

アンリ・ボールマン作曲 「騎士風カドリーユ」の表紙 1853年

25曲目の"La chevaleresque"は、[騎士風な(曲)]という意味です。上記の楽譜の表紙のように、「騎士風なカドリーユ(5曲~6曲からなる舞踏組曲)」が当時の舞踏会や夜会で流行っていました。"La chevaleresque"(騎士風な)という言葉そのものが当時の社交界で流行っていたようです。当時の舞踏会や夜会のメインの踊りは、ワルツとカドリーユでした。カドリーユの終曲は、19世紀半ば以降、ギャロップのステップとシェーヌ・アングレーズ(鎖のような形で歩く)で踊りました。ブルクミュラーのこの曲も、ギャロップのステップとシェーヌ・アングレーズを組み合わせて踊ることができます。

"Petite réunion de famille"(親類の小さな集まり)
「飲み物なしで、5時間の歌と音楽」 
アンリ・モ二エ (1799-1877)

3曲目の”La petite réunion”は、この版画のような貴族やブルジョワの人達の「小規模な集まり(パーティー)」なのかもしれません。曲の最初に記されたIntroduzioneは音楽用語では「序奏」ですが、[人の紹介、引き合わせ]の意味もあります。音楽もブルジョワの人達が挨拶を交わしながら、パーティーでおしゃべりを楽しんでいる様子が表現されているように思えてきます。このように眺めてみると、『25のエチュード』は社交界デビュー前の良家の子女の為の「ピアノ教本」であることが分かってきます。(ちなみに『25のエチュード』は、今のお金に換算すると当時は12000円もしました。)音楽は、作曲当時の価値観を離れながら、時を越えて引き継がれてゆくので、表現方法も変化してゆきます。でも、時には、作曲家の視線に立ち返って、音楽や曲に付けられたタイトルを眺めてみると、新たな面白さを見つけることができるかもしれません。
(文責)フランス音楽研究会 阿部理香
《フランス音楽研究会》
2003年の結成以来、音楽だけでなく、演劇・美術・文学・服飾・料理などそれぞれの分野の専門家とジャンルの垣根を超えた「異分野融合型」の研究&公演を行ってきました。
2020年から始めた「ブルクミュラー研究」は、ピアノ音楽だけでなく、他の器楽曲、声楽曲、社交界舞踏、文学、美術、服飾などから多角的に考察しています。
 

参考文献&サイト
☆Gallica(フランス国立図書館 電子図書館)より
・添付画像
・Le Ménestrel (1833-1855 音楽情報誌), 
☆Ricard Powers,“Les danses de société au 19ème siècle”(Social Dance at Stanford), 2012http://socialdance.stanford.edu/syllabi/19th_century.htm
☆“Le Quadrille français”
https://www.carnetdebals.com/danse-quadrille-francais.html (from Carnet de Bals)
☆Eugène Coulon, The Ball-room Polka, Polka cotillon and Valse à deux temps 1844
https://www.libraryofdance.org/manuals/1844-Coulon-Polka_(Powers).pdf
☆P.H.Gawlikowski, La Napolitaine nouvelle tarentelle Heugel,1846.  
☆“Les bals du Théâtre de la Monnaie au 19e siècle” (19世紀モネ劇場での舞踏会), from Histoire de bal
https://www.histoiredebal.com/2021/09/23/le-bal-de-la-monnaie-au-19e-siecle/


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?